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久しぶりに書くことに時間を使えるようになりました。 note初心者のため、失礼がありま…

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久しぶりに書くことに時間を使えるようになりました。 note初心者のため、失礼がありましたら申し訳ありません。 フォロー頂いた方、スキを押してくださった方、ありがとうございます。

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みつからない店を探して

酒を呑むと必ず思い出す店がある。行ったのは一度だけ。もう一度行ってみようとその場所を訪れたことがあるが、その店は見つからなかった。したたかに酔った後にたまたま見つけて訪れた店だったし、場所の記憶が曖昧なのか、閉店してしまったのか。新宿三丁目の裏路地で、連なった小さなビルの一階にあるバーだった。濃い茶色のスチールの扉からは中は見えず、扉の表に小さな看板が掲げてあった。店の名前は憶えていない。けれど銀色の小さなプレートに、黒い文字で店名が書かれていたのを覚えている。 それは、そ

    • 母親の経営していた画廊を売る契約も終わり、綾乃は少しずつ元気になっていく自分を感じていた。父はあいかわらず沈んでいるので、父の世話はかかせないが、住み慣れた実家で日常の繰り返しをしていることが、綾乃を落ち着かせたのだった。 あのタワーマンションは、夫の後輩の小林がいろいろと世話をやいてくれて、人手に渡ることに決まった。綾乃は、さまざまなものを処分し、自分のものを少しだけ実家に持ち帰った。父親にはまだ離婚の話はしていなかった。書類上は、綾乃はすでに自由の身だったが、離婚の話は

      • 悠希の両親は、息子がとつぜん、絵を描く道を進みたいと言い始めたことに、かなりとまどっていたが、最終的には、不安ながらもそれを承諾した。悠希は、極力、お金のことで迷惑をかけたくないのでと、在籍している大学から美大へ編入できる方法と、奨学金について両親に説明した。悠希の両親は、芸術とは縁のない人生を歩んでいた分、芸術にはあこがれももっていたので、息子が初めて自分から何かをやりたいと思うのだったら応援したいという気持ちになった。悠希は三人兄弟の末っ子で、手のかからない子だったが、今

        • 綾乃は、母の葬儀で忙しく、気がつくと2週間たっていた。突然のことだったので誰もが戸惑っていたし、何より父が気落ちして、呆然としたままだ。父がこのまま認知症になってしまうのではないかと、叔母たちは危ぶんだ。綾乃はそんな父を放っておけず、実家で寝泊まりしていた。 夫の哲也は、葬儀には参加してくれたが、綾乃の方から「仕事に」戻ってもらうようにお願いした。きっと遅れて北海道に行っているに違いない。けれど綾乃は、母の死に関するいろいろな手続きや、訪問者の対応に忙しくしており、哲也のこ

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        みつからない店を探して

          写真家の岩永は、画家の黒川が新しく経営するという画廊の打ち合わせに向かっていた。画廊近くの路上には、またあの若者がいた。岩永は彼に声をかけ、先日、被写体になってもらったお礼にコーヒーをご馳走するから、と、黒川の画廊に同行するよう誘ってみた。若者は少し首をかしげ考えているようだったが、スケッチブックを閉じて岩永についてきた。岩永は、「この前、僕が名刺を渡したときに君の名前を聞いたと思うけれど、忘れちゃってさ、申し訳ないけど名前をもう一度教えてくれる?」と笑顔できいた。彼は自分の

          悠希は綾乃と、2度横浜へ行ったことがある。2度目に立ち寄った横浜の商業ビルの1階に、花屋が営業しており、その前で綾乃はふと立ち止まった。店先には様々な花が所狭しと並べられていて、鉢植えから小さなブーケまで、初夏の光をあびて輝いていた。 綾乃は、華道をしている母親の影響で、自身も華道をしており、花を見かけると見入ることがよくあった。綾乃は、首を伸ばして店の奥の枝物を見ていた。綾乃がとつぜん立ち止まったため、悠希も立ち止まったが、彼は花に詳しいわけではなかったので、所在なく、店

          霧島哲也は、自宅ではいつもジャージを着ている。黒のジャージは着古してくたびれているが、自宅にいる時の服にお金をかけるのはバカらしいと考えているのだ。妻の綾乃が新しい部屋着を用意した時には、眉をひそめてこう言った。「買ってこいなんて言ってないだろ。勿体ないから返品してこいよ」そう高くもない服を、返品と言われて綾乃は驚き、2度と服のことを言わないことにした。 しかし彼は、外出時には、特にお金をかけた服装をする。ブランド店の店員に褒めそやされて買ったその服や腕時計は、品があるとは

          また、おるな。ハイヤーから降り、黒川は、スケッチブックに鉛筆を走らせている路上の若者を目に留め微笑んだ。先に降りていた孫の由衣が、黒川に杖を渡しながら言う。「またいるね。何描いてるのかな」若者に声をかけたそうな素振りの由衣に、黒川は「野村くんが待っておるぞ」と言い、目の前にあるビルの入り口に向かった。 エレベーターを最上階で降りると、義弟の経営する画廊がある。開いたままの画廊の扉から野村が顔を出し、大きな声で「先生、お元気そうで何よりです。由衣ちゃん、髪切ったんか。ベリーベ

          モネのひまわり 1

          進学も就職も、全てを捨てて僕は絵を描くことを決めた。それが、僕のたったひとつの彼女への贈り物。彼女が閉じ込められているその塔をスケッチするために、僕は今日も街に出かける。聳え立つ塔はどこにいても探すことができる。雑踏の片隅で、今日も僕はスケッチブックを広げる。 人が見ればそれはただの街の景色。中央に配置されたタワーマンション。でも僕が描いているのは、その塔に閉じ込められた彼女への想い。2人だけで過ごした短い時間の思い出なんだ。 先輩の紹介でアルバイトを始めた表参道のカフェ

          モネのひまわり 1

          「第一回タワマン文学大賞」へ投稿した私の作品の続きを掲載いたします

          Twitter「グリップ君/全宅ツイ」様主催の「第一回タワマン文学大賞」に投稿させていただいた私の作品を読んでくださった皆様、ありがとうございます。 もちろん私は、賞をいただいたわけではありませんが、実はあの作品には続きがありまして、長文ですので冒頭の部分のみ投稿いたしておりました。 このたび、「グリップ君/全宅ツイ」様のお許しをいただき、投稿した冒頭の部分も含めた全文を、こちらに掲載させていただくことにしました。 つたない作品ではございますが、お読みいただければ幸いです。

          「第一回タワマン文学大賞」へ投稿した私の作品の続きを掲載いたします