悠希の両親は、息子がとつぜん、絵を描く道を進みたいと言い始めたことに、かなりとまどっていたが、最終的には、不安ながらもそれを承諾した。悠希は、極力、お金のことで迷惑をかけたくないのでと、在籍している大学から美大へ編入できる方法と、奨学金について両親に説明した。悠希の両親は、芸術とは縁のない人生を歩んでいた分、芸術にはあこがれももっていたので、息子が初めて自分から何かをやりたいと思うのだったら応援したいという気持ちになった。悠希は三人兄弟の末っ子で、手のかからない子だったが、今まで何かを強く意思表示することがなかったので、少し好ましく感じたほどだった。

進む道が決まったことで、悠希は自分の中から生きる力が強くわいてくるのを感じた。綾乃のことは忘れずいつも心にあったが、それは苦しい気持ちではなかった。夢のような話だが、いつか自分が黒川や岩永のように本物の芸術家になれたら、そのときは綾乃にまた会えるかもしれないと思うと、自然に笑顔になった。もちろん、これからつらいことや、挫折することはたくさんあるだろう。けれど黒川の言うように、今やりたいことを優先して、先のことは先で考えればよいのだと思えた。かつて自分は特にやりたいと思うこともなく、進路はいつも無難で安定した道を選ぶのが賢いのだと考えていたが、綾乃、そして岩永や黒川と出会えたことで、自分の力をどこまでも試したいと思うことができた。それはなんと幸福なことだろう。

自分の決めた道を報告するために、悠希は黒川の画廊をたずねることにした。呼び出すのは申し訳ないと思い、簡単に手紙を書いてきた。不在だろうからそれを受付の女性にあずけるつもりだった。先輩に紹介された表参道のカフェのアルバイトは、とうに辞めていたので、新しいアルバイトも探した。最初の面接が今日の午後1時にある。その前に画廊に寄るつもりで、悠希は街を歩いていた。

道すがらにある花屋で、悠希はふと立ち止まった。目にとまったのはモネのひまわりだった。綾乃にもらったひまわりは、とうに枯れてしまった。店頭でしばらく考えたあげく、その花を3本だけ買って、画廊に持っていこうと思った。今の自分にはたくさんの花を買う経済力はないけれど、何か、気持ちを形で表したかった。

「その花を3本いただけますか?モネのひまわり」
悠希は笑顔で店員にそう依頼した。時間をとってしまったが、急いで画廊に寄ればアルバイトの面接にもまにあうだろう。そう考えながら。


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