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当たり前の不思議さ。


人生の主人公


幼い頃からずっと当たり前が一番不思議だと感じている。

「なんで生まれてきたんだろう。」

「なんで私は私なんだろう。」

「なんで涙が出るんだろう。」

「なんで空があるんだろう。」

「なんで雨が降るんだろう。」

言い出したらキリがない程、私の心の中は沢山の「なんで」で溢れていた。

車の中から月を見ると、ずっと月が付いてきているように見えるのも物凄く不思議だった。

そして私は小さい頃、この世は自分を中心に回っていると本気で思っていた。

今考えるとかなりヤヴァイ奴な気がするけど本気でそう見えていたし、そう思っていたヽ(´▽`)ノ

小学校に入学して間もない頃、1日の授業が終わり友達とバイバイする時、

「あの子はこの世で私の友達役をしてくれているけど、家に帰ったらどうするんだろう?私と同じようにお母さんが待っているのかな。」

「学校の先生は私の先生役でこの世に存在している。授業が終わったら一体どこに帰るのだろう。先生役をする時だけここに現れるのかな。」

両親に対してもそうだった。
物事つく前、この優しい人が私のお母さん役か〜という感じで。

周りの人を役柄で見ていた。

もし友達にも家族がいて、祖父母がいて、そしてまた別の友達にも家族があって、、と考え始めると登場人物が多すぎてわけわからん!と頭の中がぐるぐるして考えるのを辞めていた。私の人生に現れる登場人物とこの世の仕組みがどうリンクしているのか見当も付かなかった。

いつの日からか、みんなにも家族がいて帰る家があることを認識した。
また人にはそれぞれの欲があることを学校の中で感じ、私は他人を優先して自分は遠慮することが良いことだと思い込むようになった

小学一年生の時から今誰がどんな風に感じていて、どう思っているのかということに敏感で、周りの顔色や表情をよく見ていた。それに応じて自分の身の振り方を決めていた。(恐るべし6歳児w)

まあそれは置いといて、

最近思うのは幼き頃の「この世は自分を中心に回っている」というあのヤヴァイ感覚はあながち間違ってはいないのかもしれないということ。

私の人生の主役は私だ。

私は私自身が幸せでいることを第一に考え、行動して良いはず。

出る杭にならないように、常に周りに遠慮しながら過ごしていたら、誰が主人公なのか分からない人生を送ってしまう。

誰にとっても自分が主役なのだから、「この人に好かれるためにこういう人になろう!」と別人を演じるのではなく、その人本来の姿でいることはとても大事だと思う。

目に見えないけど存在するもの

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自己紹介の記事にも書いたが、私はオーストラリアに行ってから風や木など自然の存在と対話することが自分の中で当たり前になっている。


自然というのは限りなく美しく、生命力に溢れていて、時には畏怖を感じるほど偉大で、愛に溢れた存在だ。

異国の地で孤独だった私は自然という存在に何度も励まされたし、常に大きな味方がいることを感じていた。

こんなことを言うと日本では「そっち系。」とか「スピリチュアルにハマってる人。」と言われるのかもしれない。


その人の中で「判断」した結果ならそれはそれで良いのだ。他人がどう思うかは私の力でコントロールできることではない。

人それぞれの価値観があるのだから、その人が感じるままに感じたら良い。

ただ、この世には目に見えるものだけが真実とは言い切れないことが山ほどある。

私たちは日頃生活している中で空気中の酸素と二酸化炭素の違いを見極めることは出来ない。

しかし酸素があることで生かされている。

目には見えないけどそこに「在る」ものに生かされている。

この世には目に見えないものが「在る」ことは分かりつつも、それが妖精とか神様や幽霊の話になると途端に拒絶反応を示す人もいる。

「心霊スポットには行くけど、神様は信じない。」という人もいれば、

「お宮参りやお墓参りには行くけど、宗教は嫌い。」という人もいる。

無宗教だけど便秘や下痢の時はトイレの中で「神様お願い。助けて!」と手を合わせて神頼みする人もいる。(それわたし(´・ω・`)ノシ)

人というのは不思議で、人それぞれだから面白い。


無宗教の日本人


私は岡山県出身の両親の元に生まれ、

神戸で育った生粋の日本人で無宗教だ。

無宗教の割には海外の人から見るとなかなか独特な行動や風習を重じている。

ご飯を食べる前に手を合わせて「いただきます。」と言う。

食べ終わったらまた手を合わせて「ご馳走様でした。」と言う。

お正月は神社へ初詣に行って、おみくじを引く。

七五三や成人式には着物を着る。

親族が亡くなったらどこかのお坊さんを呼んで、手渡された本に書いてあるお経を唱える。

そして、 

友達の結婚式ではドレスを着て賛美歌を歌い、アーメンと言う。

クリスマスにはケーキを食べて、サンタさんからの贈り物に期待する。

ヨーロッパに行ったら大聖堂や教会の見学をする。

中東系の国に行ったら黒い布で自分の頭を覆うだろうし、

タイに行ったら大きな仏像の前で手を合わせるのだろう。


要するに、何でもありの人間なのだ。


オーストラリアに渡航する前、「他民族国家の国に行くのだから、より多くの人の価値観を理解できるようにしておこう。」と思い宗教学を少しだけ勉強した。

大学でもキリスト教学の授業が必修であったが、友達に授業のノートを見せてもらっていたような体育会系学生だったので授業内容は全く記憶にない。

人間がこの世の不思議を追求した学問が哲学、この世の不思議に対する答えを神から与えられた学問が宗教学だと誰かが言っていた。

そしてその宗教というのは元は一つであり、伝える人によって宗派が分かれ、地域や時代と共に内容も変容していったそうだ。

オーストラリアにはキリスト教の人もいたし、仏教の人も、自然を崇拝している人もいた。

神様と話せるという人も、妖精が見える人もいた。

神様と話せるという人はブラジル人女性で、同い年ということもあり仲が良かった。

その神様は彼女の心の中に存在していて、毎日必ず話すと言っていた。

「どうやって話すの?私にも出来るものなの?」と聞くと、

「もちろん!かすみの中にも神様がいるから。心の中で話しかける。そして静かに待つの。すると返事が返ってくる。時には親のように、時には友達のように、いつも私を見守って完璧なサポートをしてくれている。夜寝る前に話すときはその日起きたこと全ての感謝を伝えて、朝起きたら今日も素晴らしい目覚めをありがとうって伝えると対話の感覚が掴めるようになるよ。」と教えてくれた。

そして、驚く事に彼女がオーストラリアに来た理由は神様に言われたからだという。

彼女が生まれ育ったブラジルでは、安定した素晴らしい仕事があったし、大好きな家族も友達もいて、彼女にとっては最高の環境だったが、英語を学び、多くの人を救う為にケアンズに行くように神様から言われたそうだ。

彼女はいつも神様のことを「彼は完璧だ。」と言っていた。

いつも愛に溢れていて、心身の健康を大切にし、強くて美しい彼女から発される言葉は全てが宝石のように思えた。

彼女の言葉に目を丸くすることはあったが、何ひとつ疑うことはなかった。

本人が感じたことが全てだ。

疑う必要も否定する必要もなかった。

人間は疑ったり否定をするとき、相手を拒絶しているのではなくて自分を守ろうとしているのではないかと思う。

ただ、彼女と私の間にはそれが必要なかったのだ。

ケアンズには妖精がいた

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ある人には妖精が見えている。

その人が見えている世界を私の目で見ることは出来ない。

私には妖精の姿や形も見えない。

その人にしか見えない世界があるのだ。

『妖精が自然の中で遊んでいたら、全く風のないところで葉っぱが不思議なくらいに揺れるから目に見えなくてもそこに妖精がいることは感じられるよ!』

そう聞いて私は妖精が沢山いるというケアンズのボタニックガーデンへ行った。日本でいう植物園のようなところで、南国の植物が沢山あり、見ると幸運が訪れると言われるユリシスという青い蝶々も生息している。

ボタニックガーデンに着いて妖精を探しながら彷徨っていると、ガーデナー(日本でいう庭師的な職業)のおじさん二人に話しかけられた。

『やあ、道に迷ったのかい?』と声を掛けられて、

「いや、えーっと、あの、、」一瞬なんて言おうか戸惑ったが素直に答えた。

「妖精を探しに来たんです。友達からここで妖精を見たと聞いて…。風がないところで不思議なくらい葉っぱが揺れるのはそこに妖精がいるサインらしいんですけど見たことありますか?」と聞いてみた。

すると『あーそうなんだね!それなら何度も見たことあるよ!あれは妖精の仕業だったのか〜。もっと奥に行くときっと会えるよ!熱帯雨林のエリアに行ってごらん!』そう教えてくれた。

言われた通り熱帯雨林のエリアに行ってみると、その現象は至るところで起きていた。

言葉では表現しきれない不思議な光景だった。

大きな円を描くように葉っぱが動いていたり、上下に揺れていたり、小刻みに震えていたり、葉っぱが自らの意思を持って生きているような、葉っぱの上で妖精が踊っているような、、
本当に幻想的な様子だった。

近付いて手をかざし、本当に風が吹いていないことを確認すると私の心は高鳴った。
でも近付きすぎるとその動きは止まる。妖精はシャイなのかもしれない。

「目には見えないけど妖精って本当にいるんだ!」そう心で感じた。

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↑妖精がいた場所(見る人によっては見えるのかも。)


しかし、日本に帰ってから会う人々にこの話をすると好奇心を抱いてくれる人も居たが、

『それ本当!?』
『えっかすみん大丈夫?』
『なんか怖っ。』

信じてもらえなかったり、笑われたり、否定されたり、そんな反応も少なくはなかった。


なんだか虚しかった。


私が実際に感じたことは受け入れてもらえないことなのかな。

様々な経験をなかったことにして生きなければならないのだろうか。

あの感動の体験が日本にいると駄目なことのようにも感じた。

そんな事言ったらかすみん変な人だと思われるよ!と友達が心配して言ってくれた。

そう思われてもいい。
実際に私が経験したことだから。

どう思われるかを恐れて自己表現をせずにいたら、自分を押し殺してしまうような気がした。

誰かに変な人だと思われることよりも、自分の経験や感情に素直でいることが出来ないことの方が私にとっては嫌な事だった。

その場にいなかった人にその出来事を認めてもらえないことは仕方ない。

その瞬間を見ていないし、その空気感を体験していないのだから。

百聞は一見に如かずだ。

人は自身の生きている世界や経験の中で「当たり前」というものが構築される。

私の中の「当たり前」は海外でいろんな経験をする度に、以前の自分が構築していた「当たり前」から随分かけ離れていっていた。

だから以前の私とは違う印象を受けて、友達が驚いて心配してくれるのも当然のことだった。

妖精がいてもいなくても私の日常は何も変わらない。

でも、もしいるとしたらこの世界は未知なことがまだまだ沢山あって面白い。


地球をもっと冒険して、いろんな体験をしてみたい。

だって私の人生は一度きりだから。

私はどんな時も素直で自由でいたい。

変化を生きる中で学んだこと

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多くの人は変化を嫌う。

変化を恐れる人もいる。

しかし世の中も自分も変化なくして生きていくことは出来ない。

私は海外に行ってから沢山の変化を経験した。

環境の変化、食生活の変化、人間関係の変化。

それは本当に目まぐるしいものだったけど

人間はちゃんと適応していくことを体験した。


私は科学だけが正解だとも思っていなければ、

妖精がいる世界だけが全てだとも思っていない。

科学も、物理も、哲学も、宗教も、

妖精も、人間も、自然も、宇宙も、

全部あることをただ受け入れている。

何が本当で、何が嘘で、

これは正しくて、これは正しくないとか、

「ジャッジを下すという行為」がないだけなんだ。


物凄い変化の中で必死に生きていると、
私はその選択を選ぶようになっていた。

なぜだろう。

些細なことにもいちいちジャッジをしていたら私自身が動きづらくなってしまうからかもしれない。

とにかく生きることに必死だったのだ。


住んでいたシェアハウスで突然水道管が破裂してトイレが次の日の夕方まで使えない状況になったり、現地の犯行グループに襲われて携帯や現金全てを失ったり…。

本当にいつ何が起きるか分からなかった。

それに対して「オーストラリアの水道管はあかん!どないなってんねん!」とか犯行グループに対して届きもしない愚痴を言い続ける余裕はなかった。

起きたことは仕方ないのだ。

むしろその起きた出来事を通して、助けてくれる人の優しさや温かさを感じることが出来たので、ハッピーと有り難みと学びしかなかった。

トイレなら近くのスーパーに行けばいいし、襲われても怪我もせず無事で何よりだった。

ジャッジを下す余裕がなかった私は、
常に自分の感情の動きに注目していた。

私は心のセンサーを信用している。

心に注目してみると、そこから自分という人間がどんな人間なのかがよく分かる。

自分という人間の輪郭が見えてくる。

いつも誰かの役に立ちたいと願っていて、こんなにも心優しい人間だったのかと気付いたり(他人の為に頑張りすぎて気付いたら身体がボロボロだった!ということが本当によくある。これは早急に直したいところ。笑)、

蔑ろにされたり、不当な扱いに対しては怒りを感じて、この怒りは自分自身のことを大切に思ってる証拠だ!と安心したり、

そんな心の喜怒哀楽の豊かさに幸せを感じたり、

自分の素晴らしさに気付くことが出来た。

そうして、私は少しずつ自分という存在を自分自身で認めることが出来るようになった。

私自身が自分の素晴らしさをちゃんと分かっていれば、他人による勝手な「ジャッジ」に苦しみ続ける必要もない。

他人や自分の「ジャッジ」というのはその人の価値観を表したもの。

その人や自分を知るためのツールだ。

しかし、それは分かっていても人間は他人の言葉に喜んだり傷付いたりする。

それで命を落とす人もいる。

私は感じたことや思ったことは素直に言う人間でいたい。

だからこそ、思考の選び方は慎重に。

そして自然に出る言葉が美しく、面白かったら最高だ。


自分で創り出す大きな壁

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これまで数え切れないほど、

周りの物や他人に対して「ジャッジ」をすることで、

自分を正当化して己の立場を守った気になったり、

様々な仲間意識を築いてきたように思う。

好き勝手に「ジャッジ」をすることは簡単だ。

私が一番大きな壁だと感じているのは、

他人からの「ジャッジ」ではなく、

自分から自分に対する「ジャッジ」だ。


これは言葉に出すこともなく、

私の中で無意識に静かに行われる。


SNSでスタイルも顔も美しい人を見たり、

海外で優雅に暮らしている人を見ると、

羨ましい気持ちが込み上がってくる。

他人の日常、容姿、場所、ご飯。

そこに自分はいないのだ。

SNSに時間を費やし、ふと自分に目を向けると、

自分が持っていないものにフォーカスしてしまう。

自分が恵まれていないかのように錯覚してしまう。

私にも安心して住める家があって、着る服があって、

毎日食べるものに困らず生活しているのに…だ。


人生の主人公は私なのに、無意識の内にその主人公を自ら過小評価しているのだ。


私には健康な身体と豊かな心がある。

自分の思いを伝えられる口もある。

好きな人の声が聴ける耳もある。

美しい夕焼けを見れる目もある。

人を癒す力を持つ手がある。

行きたいところに行ける脚がある。

大切な家族も、パートナーも、友達もいる。

こんなにも恵まれている。

それなのに、

他人と比較した途端、自分が小さな存在に思えるのだ。

そして、それらは全て私の中だけで行われている。

それだけじゃない。

夜更かしして昼過ぎに起きたら、自分を廃人のような人間だと思い、

洗い物しなきゃーと思いながら先延ばしにしたら罪悪感を感じ、

体重が増えたり、ニキビが出来ると自分に嫌気が差す。

誰かに「価値のないちっぽけな人間だ」と言われたわけでもない。

それなのに自分で自分を否定したり、ダメ人間認定を無意識に繰り返している。


このnoteを始める時もそうだった。

海外でのキテレツな経験やマッサージやチャネリングを通して貴重なメッセージを受け取っていく中で、こんな大事なことは独り占めせず、発信してもっと多くの人に知ってもらいたい、そして誰かの役に立ちたい。と思ったものの、

「いや、これまで学校の作文や友達にお手紙を書く以外で経験や思いをまとまった文章にしたことがないのに記事なんて書ける訳がない。書けたとしても上手ではないだろう。」というジャッジを自分で自分に与えていた。

「誰もこんなん興味ないんちゃうん。」「見てくれる人おるんかな。」

又そんな考えや不安も誰に言われた訳でもなく自分で創り出していた。


人生は自分の思い込みで創られている。

ということは、

全て自分自身で創造しているのだ。

私には出来ない、やる資格も価値もない。と思えば現実化することはないし、

考え込んでも状況は変わらないからとりあえずやってみるかー!と行動に移せば少なからず何か気付くことや学びがある。

何かにチャレンジする度に、自分自身に対するジャッジや自ら作り出した不安を乗り越えていく。

そしてやってみれば抱えていたそれらがいつの間にか小さくなり消えていることに気付く。

noteに関しては不安どころか「次は何について書こっかな〜」とワクワクしているのだ。


最初に踏み出す一歩はとてつもなく大きく思える。


でもそれを乗り越えてしまえば後はもう前に進むだけだ。

ひと休みしながら、その時やりたいことを一生懸命やればいいだけなんだ。

もうこの歳だから、、と言って諦めることはしない。

そうやって私はこれからも成長し続けていく。


またまた長い文章を読んで下さり、ありがとうございます!

この記事を読んでくださった方が「自分という主人公」には何があるのか気付いたり、ご自身の未来に希望を感じて頂けたら嬉しいです。

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大変励みになっています。
この場を借りてお礼申し上げます。

ありがとうございます!らぶ!

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