kei.

私のような生きづらさを抱えて日々を送る人の最大の救いは「仲間をみつけること」だと思いま…

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私のような生きづらさを抱えて日々を送る人の最大の救いは「仲間をみつけること」だと思います。そんな“少数派”の人たちとその周りの“多数派”の皆さんへ、ささやかな安らぎと発見になれれば嬉しいです。

最近の記事

久しぶりにnoteを触る

最後に触れたのは11月らしい。 しかしそれも書ききれなくて下書きのままで。 目の前のことをただやるしかないという気持ちで半年近く駆け抜けた。 人生でやっと自由を手に入れた、幸せな日々だ。 でも相対的に幸せなだけなのかもしれない。 わかってる。わかってる。全部わかってる。 わかってるから苦しいし、わかってるからやらねばならない。後ろに退くことも、立ち止まることも許されない。 前に、前に、軋ませながら進んでいかねばならない。 じゃあ何が自分を動かすのだろう、って考えた時

    • #9 その「正しい」は正義か正解か

      「罪を憎んで人を憎まず」 理屈で分かっていても難しいこの言葉。 しかし大の苦手だったわたし自身の中ですこしずつ地固めされつつある感じがする。 そういえば安倍首相の辞任表明も、一国民としてではなく一人間として、どうも心が痛くてすこし泣いてしまった。 そしてごく自然にでてきた「どうか穏やかに、幸せになってほしい」という感情が、安倍さんだけではなく、親にも思えるようになっている最近。 今日はそんな記録。 ...「正義」が正しかったとき親から愛されているという実感を得ずにここ

      • #8 「期待しない」は解放と受容の魔法。

        「期待しない」って諦めの言葉だと思っていた。他を突き放して孤立を選ぶ言葉だと思っていた。 でも最近気づいた。 「期待しない」とは何で、どれだけ私を救ってくれたのか。 . . . 無意識の期待私がまだ自分にも他者にも優しくできなかった頃。 自分にも自分以外のことにも厳しくて、ハードルを上げて、そこに向かって頑張るのが当たり前だと思ってた頃。 それさえも無意識だったのだけど、きっとその思考・行動パターンの裏にはこれもまた無意識の「期待」があったように思う。 家庭環境の影

        • #7 兄との電話、私たちの道。

          思うところがあってしばらくnoteから離れていたが、また少しずつ投稿していくことにしようと思う。 . . . 懐かしい時間兄の誕生日にメッセージを送った。 兄の就職とわたしの進学で同時に実家を出て4年とすこし。いつも家族問題のことになると世界で唯一味方になってくれていた兄とは、お互いの考えや親の情報共有が日常茶飯事だった。 だけど兄と距離ができたことによって、以来ずっと疎遠になっていた。 物理的な距離感もそうなのだが、 兄は就職を機に両親に対していわゆる「大人な対応」

        久しぶりにnoteを触る

          安心と温かさ。

          心の安心のために、からだをあたためること。でも、温め方ってあるんだなと最近思った。 . . . わたしはもともと心のバランスを保つのが苦手だ。小学校高学年のころから数年前まで、そんなバランス下手な自分を律する自分がいて、バランスを保とうとしていた。 でもそんな律する自分がいることで、余計に自分の中にギャップが生まれていき、心のバランスにもっと苦しむ自分を知ったとき、 もう心の波に身を委ねることにした。 簡単に言ってしまえば、「元気が出ない」ときどうするか、ということな

          安心と温かさ。

          #6 ネガティブでも「後悔」はない

          前回私のポジティブとネガティブの概念について書いたのだが、それには続きがある。 それが、わたしの「ネガティブだけど過去に後悔はひとつもない」というものだ。 . . . 前回を踏まえてわたしも含め、ネガティブな人の特徴のひとつに自己肯定感の低さがあると思う。私もそうだ。 だから現在だけでなく未来や過去にもどうしても前向きになれなれず、「後悔ばかりの人生」なんて言葉で負のオーラをまとってしまうのは仕方がないことだとは思う。 だが、前回のような心持ちを意識することで、「後悔

          #6 ネガティブでも「後悔」はない

          #5 ポジティブとネガティブの概念

          私はネガティブだ。 でもそんな自分になんの引け目もない。 私の中の「ポジティブとネガティブ」の概念。 . . . ポジティブ至上主義の世の中よく「ほんとネガティブだね」「どうしてそんなにネガティブなの」と言われる。 正直、わたしが聞きたい。 むかしはなぜそうも周りがポジティブなのかわからなかったし、ポジティブに相当の劣等感を持っていた。自己嫌悪にもなった。 ポジティブはそんな自己嫌悪に陥ったネガティブに言う。 「めんどくさい」 「どう関わっていいかわからない

          #5 ポジティブとネガティブの概念

          #4 老いる親と自立する私

          私の記憶上人生で初めてではないか? 宿泊ありの家族旅行。 親に老いを、自身に成長を感じて悩むお話。 (今日は長い長いヒトリゴト。) 一人暮らしを始めてから年々帰省する回数は減り、4年目の今年はまだ一回も…というところでこのまえ旅行のために帰省した。 兄妹で実家を離れ、父は単身赴任、母は一軒家に一人。ひさびさに家族が揃う。 旅の道中、 相変わらず公共の場で喧嘩の絶えない両親に、もう慣れた恥ずかしさをひさびさに感じる。 「ああ、彼らはやはり変わることなどなかった」 ようや

          #4 老いる親と自立する私

          #3 泣いてしまう時は過去の自分に手を合わす

          毒親というものを知り、家庭環境と自分自身の関係性がはっきりとわかるようになって、 「自分と対峙する何かが明確になった安心感」「自分の思考・行動パターン、選択の数々が実は家庭環境の影響という土台上にしかなく、アイデンティティの喪失状態にあったということに気づいた恐怖」 「近頃はじめて自分の興味・関心・欲求からくる思考・行動・選択ができたということに気づき、自分にアイデンティティを見出しはじめた喜び」 という3つの波を受け、 自身の成長とこれからの自分との正しい向き合い方を自

          #3 泣いてしまう時は過去の自分に手を合わす

          #2 理解できないのは敵だからではなかった

          寒くなってきましたね。 今日は、「親は大切にしなければならない」という考えの人たちに対して距離を取っていたわたしが、彼らは敵でも味方でもなく仲間なのだと思ったお話についてです。 . . . 家族を大切にしなければならない者前回「毒親」というカテゴリーに属する親の元で育ったことがわかったというお話をしたのですが、 それ以前から親というものに違和感を持っていたわたしは、常に 「親を大切にしなければならない」 「親を尊敬しなければならない」 「親を愛さなければならない」 こと

          #2 理解できないのは敵だからではなかった

          #1 「毒親」という言葉を知った

          久しぶりの投稿です。 大学を休学して以来、「親が子の人生に与える影響」について色々と発見がありましたのでこれからメモ程度に書いていこうかなとー。 . . . きっかけ先日、夜に友達と深い話をしていたのですが、 彼女から「毒親」という言葉があるらしい。 と教えてもらいました。 彼女は私が人生で初めて出会った、同じような家庭環境と自分の生き方に苦しむ真の理解者なのですが、 調べれば調べるほど世の中には「毒親」をもって苦しむ人々がたくさん出てきてびっくりしたと。 中には「毒親

          #1 「毒親」という言葉を知った