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モントリオールからケベックシティまで必死のドライブ! ご褒美は宝石箱

フランス語の標識を時速100キロメートルで通り過ぎる。

モントリオールのハイウェイは巨大なタコの怪物みたいに、その足を自由にくねらせて旅人の行く手を阻んでいるんだけど、高速道路を走る車はブレーキを踏むわけにいないので「あああ……」と嘆いてGoogleマップの道しるべを通り過ぎた。

「大丈夫、道はすべてローマに通じてるのだ」と、わたしがつまらない冗談を言うと、Googleマップは「800メートル先、〜〜〜(聞き取れない)ジャンクションを右方向です」と遮り、わたしたち3人は声を揃え、

「ジャンクション!!!」

と叫んだ。

モントリオールからケベックシティを目指す

ケベック州モントリオールは東カナダに位置するカナダ第二の都市だ。公用語はフランス語で「シルク・ドゥ・ソレイユ」の本拠地と聞いて驚く人が多い。カナダといえば山と湖と丸太。そんなイメージがつきまとうがモントリオールは「洗練された都会」だ。カナダにはご縁があって何度か来たことがある。けれどどこも英語圏であった。2018年6月から成田直行便が就航し、身近になった未知の土地を、周遊してみようと思ったのだ。ただし、計画はないに等しい。

大人の休みを合わせるのは大変だ。30歳を過ぎれば仕事の内容も責任感を増し、長期不在にいい顔をしてくれる人はいない。(わたしなんて40歳を過ぎてるけど)それなのに、ちょうど離職したばかりのミクちゃんと、有給とマイルが失効しそうなほどたまっているアイアイがこの旅に合流してくれることになった。ミクちゃんとは付き合いが長く、いつか一緒に旅してみたいといっていたものの、アイアイと会うのはたぶんこれで3回目。なぜこの近くないカナダへ、2週間近い旅を一緒に行こうと思ったのか、たぶん深い意味はない。カナダに対して思い入れもない。強いていうならタイミングだろう。軽薄な理由で便乗することが、もうそれで十分「おもしろく」、理由になり得たのだと思う。

長期の旅といえば一人が基本のわたしは、この同行者に喜んだ。交通費や宿泊費が割り勘できるからだ。この旅で行ってみたい場所は決めていなかったのだけれど、何人かで旅できるならやってみたいことがあった。モントリオールはカナダ第二の都市で、ケベックシティは観光地。人が集まるところには「エアビー」が充実してる。エアビーとは「AirBnB」という民泊検索サービスで、一般の人が提供している空き部屋や一軒家を借りれるというもの。法人形態で提供してる施設もあるが玉石混淆でそれがまたおもしろい。日本国内では住宅宿泊法と立地条件もあり、おもしろみを感じる宿泊先は少ないが、海外だと家主に会えるだけでもおもしろい。ただし、わたしは日本語しか話せないんだけど。

勝手知ったるプリンスエドワード島での取材を終え、ミクちゃんとアイアイが合流。エアビーで手配した海辺近くの一軒家(1泊3人で1万円)を拠点に島暮らしを楽しんだ。正直なところ、旅の本当のメインディッシュは、赤毛のアンの舞台にもなったこの「世界一美しい島」で、それ以外のことをほとんど調べていなかった。本当はずっとこの島に滞在していたかったけれど、物価の高い島に長く滞在するのは難しいと思って、ケベック州周遊を決めたのだ。3人で過ごした4日間の島暮らしは予想よりコストも抑えられて、本当に離れがたかった。だから、なかなかケベック州のことに、頭が切り替わらなかった。

モントリオールからケベックシティまでの交通手段を検討し始めたのは、プリンスエドワード島発モントリオール行きの飛行機を乗り逃し(!)次の便を待っている間。電車(片道50ドル)やバス(25ドル)など安価な手段があるからと高をくくっていたが、当日予約は3倍だと知り、それならレンタカーの方が楽なのではと切り替えた。当日はカウンター予約しかできないとのことで、気がはやる。

お昼過ぎ、モントリオール空港に到着し、荷物をピックアップすると我々は走った。少しばかり早く着いたところで、状況はなにも変わらないと分かっていたけれど、そうせずにはいられないのだ。お腹は空腹のサイレンを鳴らしていたけれど、それどころじゃない。予想以上に読み取れないフランス語の看板に添えられたアイコンから、レンタカーカウンターを探す。どうやら駐車場の奥にあるらしい。

ただならぬ形相で息を切らし、鉄筋がむき出しの無骨な駐車場で大荷物を転がして走る。いままでのんびりした島暮らしを楽しんでいたせいもあり、この状況が笑えてしかたがない。外の風景は一切見えないけれど、どこまでも続く自動車の整列に、ここはいままでと別世界の都会なのだと思った。黄色い「Hertz」が目に入り、ホッとしたのが分かった。文字通りカウンターに駆け込んで、我々の荷物を見せ、「これが載せられる車を貸してくれ」と身振り手振りで伝える。その日空いていたのはカローラ1台、価格はなんと4日間で530ドル!? ネットであらかじめ調べた価格は230ドルだったのに、とスマホの画面を見せたら、この週末はちょうどフォーミュラワンの開催とかぶっており、料金が高騰しているとのこと。安さで選べばバスだけど、空腹と疲労も相まって、ああ、もう、なんかめんどくせい。3人で目を合わせるとどうやら心は同じようだ。530ドルのカローラで手を打った。


そのまま高速に乗ってケベックシティを目指しても良かったのだが、お腹もすいていたし、街中まで行ってみることにする。ケベックシティに3日間滞在したあとは4日間モントリオールの予定だが、車もあるし、予定はないし、見知らぬ土地を素通りできない。とはいえ、土地感もこれといった目星も付けていなかったので、Googleマップには最終宿泊先周辺の住所をセット。下見がてら街に入り、どこかでマクドナルドでも食べたい。島で素朴なシーフードを楽しんできたからこそ、今度は都会でジャンクフードにでもありつきたい気分なのだ。

6月のモントリオールは初夏だった。天気にめぐまれ、街路樹のティーツリーから飛び立った綿毛がほわほわと舞う。近代的な建物はどこか日本とは違い、広告の色使いも街並みの「外国感」を強く感じさせた。大通りは広く複数車線で、車は多く渋滞しているけれど、「割り込み」という概念がないのかどんどん入ってくるしどんどん入れてくれる。運転のふるまいを見ても、ここは外国なのだと感じた。そうこうしている間に目的地にはついたものの、空腹を満たせずにいた。というのも、この都会で車を路上駐車する心の余裕はまだない。ケベックシティへ向かう田舎道のハイウェイなら、きっとサービスエリアもあるだろう。島時間のわたしたちに都会暮らしはまだ早かったようだ。ケベックシティ(へ行く途中の田舎)を目指して高速に乗った。ただ、高速に乗ったところでモントリール市街地のハイウェイもまた都会仕様であった。

* * *

まっすぐに伸びる平穏なフェリックス=ルクレール高速道路に到達するまで、たぶんそれほどの時間はかからなかったのだろうと思う。あのときはそこがかの有名な「メープル街道」の一部だとは知らなかった。復唱もできないようなフランス語の地名に、高速にもかかわらずガンガン車線変更してくるドライブルールや、ウォータースライダーのように入り組んだジャンクションはわたしたちの集中力を高め、1分1秒の時間を濃密にした。Googleマップが道案内で「ジャンクション」という度に復唱する。理由はない。「ジャンクション」が言いたいだけだ。ハンドルを握るわたし、地図を先読みするアイアイ、Googleマップより適切なタイミングで方向を指し示してくれるミクちゃんという完ぺきなフォーメーションでモントリオール都市部を抜け出すことができた。誰ひとりかけても街から出られる気がしない。

やっとの思いで直線の続く田舎のハイウェイまで到達したもの、どうやら日本のようなサービスエリアは存在していないようだ。時折、出口に飲食店の看板がある。一度高速を降りろということか。

カナダのハイウェイには料金場がない。というか、集落と集落の間は全てハイウェイで、時速100キロメートルを出す必要がある。モントリオールからケベックシティまでは直線距離で約3時間。交通量の多い道なのでバイパスのようになっていて、集落を繋ぐ道と別になっていた。

まっすぐな道を離れるのは不安だったけれど、いい加減空腹もガマンできそうにない。

いくつかのマクドナルド看板を通り過ぎてしまうも、勇気を振り絞ってハンドルを右に切る。モンテ・ド・レピファニ通り(言えない)にマクドナルドを見つけた。近くにおいしそうな卵料理の店の看板を見つけていたけれど、見慣れないメニューを眺める気力に自信がない。となりにはカナダのコーヒーショップ「ティムホートン」もあったが、気がつかなかったほど燃料切れを起こしていた。(ネット記事は便利なので、立ち寄ったマクドナルドのリンクをここに貼っておこう。この記事を書きながら探し出した)

カナダのマクドナルドはアメリカと資本が違うため、Mのマークも少しだけ違う。中央部分に赤い小さなカエデのマークがあるのだ。とはいえ、店内に入ってしまえばアイムラビニ。勝手知ったる店内である。ただ、メニューのアルファベットはまったく理解を得ない。フランス語は本当にまったくニュアンスさえ分からないのだなと実感する。暑い日だったのでマックフリューリーが飲みたいよね、と3人で盛り上がり、勝手知ったるマックなのだから指さし注文でいけるだろうと思っていた。結果は誰もフリューリーを手にすることはできなかった。英語さえ通じなかったのだ。もういい、なんでもいい。

マックのカウンターにいる高校生の店員にすら英語が通じないのだから、ここはフランス語圏なんだね、なんて話をし、改めて店内を見回すとあることに気がついた。アジア人がいないのだ。それどころか100人はいる店内に黒人すらひとりふたりしかいなかった。見られている、わたしたち、いま、とても見られている。ハイウェイを途中下車したせいで旅行客の立ち寄らないローカルに紛れ込んだのだと思った。わたしたちはいま言葉の通じない外人だ。

* * *

日焼け止めを塗り、サングラスをかけて再出発。まっすぐな道と運転に少し慣れ、手汗で滑りそうだったハンドルのべたつきも乾いた。深い緑の木々に挟まれた高速道路を一途に走る。風景はまた殺風景な平原から市街地へとうつ変わり、電車と併走するピエール=ラポルト橋を越えた。ここはもうケベックシティだ。

宿はケベックシティの対岸の街レヴィにとっていた。理由は単純で、ケベックシティだと高かったからだ。ダブルベッドにソファがついたワンルームでどんなに安くても2万円は超えてしまうところ、レヴィなら一軒家貸し切りで1万3千円程度。ひとり一部屋個室に、リビングとダイニングルームのある暮らしができる。

エアビーは自宅の一室を貸しだしてるところもあるせいか、宿泊場所の詳しい住所は公開されていないことが多い。この宿も待ち合わせ場所と時間が示してあるだけで、正確な場所は分からなかった。

待ち合わせ場所も立派な一軒家を部屋ごとに貸しだしているドミトリーで、宿泊客に尋ねると管理人は不在とのこと。果たして住所がここで合っているのか不安になる。ましてや新興ネットサービスを経由しての予約だ、「実は取れてなかった」だの「忘れていた」だののトラブルは大いに考えられる。悠長に待っていられる心の余裕がなかったので、ドミトリー管理人の電話番号が載っていたのでかけてみた。何度も言うけれど、わたしの英語力はTOEICでいえば100程度。本当である。「エアビー」「ユウ・コヤナギ」と名前を告げると幸運なことに察してくれた。迎えに行くから待っていて欲しいとのこと。我ながらどうやって伝え、聞き取ったのか不明だが、第六感が開花しているのだろう。珍しいことじゃない。

難攻不落の要塞都市として発展したケベックシティは坂が多い。セントローレンス川に向かって急な丘になっている。対岸のレヴィも同じようなもので、これを電車やバスの公共交通手段で渡ってこようものならば、壁のような坂道をスーツケースを押し上げて歩くハメになっていただろう。540ドルは安かったし、正しい判断だったと思った。これもきっと第六感だ。

管理人の女性マリエさんに連れられてやって来たのは、そう離れていない閑静な住宅地。白い壁板とクリーム色のバルコニーが印象的な大きな戸建ての駐車場に促され、車を停めると「ここよ」といわれた。え、ここ!? 1階は別の人が借りているらしく、我々の住居は2.3階。階段でスーツケースを持ち上げる必要があるが、興奮で軽く感じた。エントランスは重厚な木造ドアの二重構造で建物自体の歴史を感じる。ドアを開けると目の前に階段、左右に部屋が分かれており、右手は大きなテレビとソファが設置されたリビングで、広いベランダに通じていた。左手はダイニングルームと台所で、憧れのアイランドキッチンだ。2階はベッドルームが3つに、ユニットバスがあり、廊下のクローゼットを開けると大きくて無骨な洗濯機と乾燥機が置いてあった。部屋のクローゼットは板を渡したところに簡素なカーテンで隠すだけ、といういささか突貫工事ぶりも感じたけれど、全然良い。ここが今日から我々の基地だ。3泊しかしないなんて、残念すぎる。

家の案内を一通り終えたマリエさんが「ビールは好き?」と聞いた。緊張のドライブから解放されたわたしは、その言葉を聞いた途端に飲酒欲が爆発。言い終わるより早くイエスと答えたに違いない。フェリー乗り場の近くにあるクラフトビールパブで、今日までイベントをやっているから好きなら行くといい、と教えてもらった。

夏のカナダは日が長く、日没は21時を過ぎる。外は煌々と明るかったが18時近くだった。さっそく町を歩いてみる。プリンスエドワード島でも見慣れた赤い六角形の標識に「ARRÊT」の文字。フランス語でSTOPはこう書くのか。生活音も聞こえないくらいゆったりとした間隔で建っている戸建ての家々、まっすぐな道と歩道橋。モントリオールと同じくふわふわと白い綿毛が舞っている。心の底から落ち着く。セントローレンス川の方へ行くと、ここがどれだけ高台にあるか分かった。対岸に見えるのは、ガイドブックで何度も「見たことがある風景」とまったく同じ、シャトー・フロンテナックが堂々と城下町を従えるケベックシティの姿だ。フェリー乗り場近くの公園までいける近道の赤い階段はまるで非常階段のようだ。そのくらい、急な崖の上にわたしたちの家がある。

公園にはダイナミックな「遊べる噴水」があったのだけれど、そのスケールは日本ではお目にかかれないほど、でかい。噴水の噴の字のポテンシャルはこのくらいの水量でないとねと思うほどの水柱が、およそ100メートルに渡って立ち登っていた。日本の噴水はこれに比べれば水芸と呼びたい。

教えてもらったパブの名前は「Le Corsaire」といった。読むことはできないけれど、そう書いてある。フェリー乗り場近くの何の変哲もないビルに小さな看板が飛び出しており、何の変哲もないアルミ枠の扉を押し上げる。すると世界は一変。床も壁も天井も黒一色で、賑わいの渦に飲み込まれる。大きな窓はバルコニー席につながっていて気持ちよさそうだ。席が空いたら移動したいと伝え、ひとまずカウンターに陣取る。イベント自体は終わってしまったようだが、店内の熱気は十分すぎるほど温かい。レヴィの静けさから考えると意外に思ったが、ケベックシティを対岸から眺める観光客が、唯一立ち寄る場所といったらここなのだろう。賑わってはいるが行儀のいい人たちばかりだ。いかにも観光客という人もいれば、地元の人も混じっているっぽい。といっても、ほとんど見分けはつかないのだけれど。ここでも相変わらず、アジア人はわたしたちだけだった。

ビールメニューが書いてある黒板をチェックすると一番最初に「TANAKA」と書いてあった。TANAKAって日本人の田中?と聞いてみると、しょうが(ガリ)フレーバーのビールだから、日本っぽい名前にしたとのこと。田中さんが作ったのかと聞いたらそうではなく、あくまでイメージ。ここでの日本っぽさはタナカらしい。せっかくなのでタナカで乾杯だ。しょうが=ガリのイメージなら甘酢っぽいのかと思ったが、夏の気候にちょうど良いキリッとした飲みやすいビールだった。これが日本のイメージなら、みんなどんどん飲んでくれ。バルコニー席に移動して、適当に注文する。ビーツのサラダ、スモークミートの盛り合わせはスケボーの板に盛りつけられていて洒落ていた。

今朝は飛行機を乗り逃したところから始まって、手汗でびっしょりのドライブをこなし、言葉が分からなさすぎて本当にどうなることかと思ったけれど完ぺきだ。

食後、店をあとにするとちょうど気持ちの良いマジックアワーだった。何となく冷やかしで入ったデリ(日本でいうコンビニのようなもの)で久しぶりにアジア人を見て、向こうも驚いた様子で「コンニチハ」と声をかけてくれた。日本の文化が好きで、日本語を勉強していたことがあるそうだ。レヴィまで観光客が来ることは少なく、アジア人は珍しいといっていた。

小さな教会では合唱が行われいて、少しお邪魔して聞き入る。日はすっかり暮れて、家路に向かう途中、木々の間から見えた対岸のケベックシティが宝石箱のようにきらめいていた。

おいしいビール、優しい歌声、静かな街並み、宝石箱のような景色。

完ぺきすぎる。


フォトギャラリー

走らずにはいられなかったモントリオール空港の駐車場

液晶のメニューはすぐに切り替わるので指さし注文できず、マックフリューリー飲めず。

レヴィの我が家。

レヴィの街並み。「ARRÊT」は止まれ。

対岸に見えるケベックシティ。

階段の途中にいた猫。

噴水と呼ぶのをためらう水柱。

退屈そうなパブの外観。

期待を寄せられないパブの看板。

イベントが終わったと思われるパブの店内。

「TANAKA」の文字が異彩を放つビールメニュー。

問題のタナカ。泡は少なめがカナダ流。

最高のバルコニー。

偶然立ち寄った教会コンサート。

最高の宝石箱はレヴィからしか見えない。

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コヤナギ ユウ

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デザイナー・エディター。1977年新潟県生まれ。「プロの初心者」をモットーに記事を書く。情緒的でありつつ詳細な旅ブログが口コミで広がり、カナダ観光局オーロラ王国ブロガー観光大使、チェコ親善アンバサダー2018を務める。神社検定3級、日本酒ナビゲーター、日本旅のペンクラブ会員。