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旅はおいしい仕事の味がする

「うわぁ、まさにここだ」

 7年前。あの頃のわたしは、全方位に申し訳が立たない気持ちでこの赤土の丘陵を眺めていた。

 プリンス・エドワード島は東カナダにある離島で、「赤毛のアン」のモデルになった素朴な島、といえばピンと来るひともいるだろうか。愛媛県ほど大きさで、肥沃な赤土で育つ名産のジャガイモは、北米のケンタッキーフライドチキンのポテトをまかなっているほどだ。

「これは仕事だ」と言い聞かせて、この島へ来たのは2011年のこと。ライターやイラストレーターとして書籍の出版社や小さな広告代理店で働いたのち、広告のデザイナーとして独立して4年目のときだった。受託仕事だけではダメだと息巻いていろいろな挑戦をしていた33才、大失敗にあえいでいた。融資を受けて始めた新規事業がうまくいかず、資金繰りに四苦八苦していたのだ。方々に頭を下げながら、結局受託の仕事で糊口をしのぐような生活をしていた。このままでは行き詰まる、けれど大挽回できるような見込みもない。目の前の仕事を一生懸命とり組んで、あとは自己嫌悪で目を曇らせることでしか、申し訳なさを表現できないほどだった。

 話が来たきっかけはブログから。20代のわたしは貧乏性と自意識をこじらせていたので、なんでもブログに書き付けていた。特に旅行へ行こうものなら、誰にも「遊んでいる」なんて咎められないよう、元ライターのスキルを存分に発揮して、どこにもニーズのない詳細な旅行記を長々と書いていたのだ。「どこにもニーズはない」そう思っていたのは自分の知名度の低さからだったわけだけど、面白いものを書いている意識はあったし、書いている時間が二度目の旅のようで楽しかった。そしてその楽しさをブログに公開していたことで「プリンス・エドワード島を旅して、記事を書きませんか?」なんて声がかかった。当時、ブログでそんなふうに旅を書き記している人がいなかったからだ。こんな「おいしい仕事」はない。大失敗をした後ろめたささえなければ。

*  *  *

 7年ぶりの再訪はやっぱり取材だ。今回は新聞社やテレビ局の人と一緒に合同で取材・ロケハンを行う「メディア(FAM)ツアー」に呼んでもらった。「赤毛のアン」で知られる島の新たな魅力をそれぞれの媒体で取り上げてもらおうと、観光局の方があらかじめ旅程を組んでくれている。今回、とりわけ印象に残ったのが島の「食」だ。

 島の植生の豊かさと美しさに、自然派志向の人が移住し始めたのは10年ほど前。7年前のわたしも、小さな無農薬農園で2日間民泊して畑を手伝わせてもらった。鉄分とミネラルを多く含む赤土が豊かにしてくれるのは、もちろんジャガイモだけではなく、あらゆる農作物が力強く育つ。また、複雑な入り江は潮が豊かで牡蠣の養殖に向き、ニューヨークのオイスターバーではブランド牡蠣の頂点として君臨している。

 安心安全の側面からも食品の自然派嗜好が高まった結果、この島がシェフから注目され、「素朴な島」とは思えない美食が楽しめる島になっていた。

「この島で牡蠣にあたった人なんて、聞いたことがないよ!」といって、生牡蠣をすすめてくれた。プリンス・エドワード島の牡蠣は小ぶりでクリーミーなのが特徴だ。これひとつで小さな冷製スープのようだと思った。

*  *  *

 楽しい、と感じることに後ろめたさがあって、これは仕事だ、仕事だ、といいきかせた。大炎上が止まらない東京の仕事を置いて、飛行機で15時間以上離れた島まで来てしまったので、仕事だ、という大義名分が大切なのだ。

 このステキな料理はわたし前に置いてあるのでなく、わたしの記事を目にする人のために用意されたもの。わたしは媒体、わたしはカメラ。何度も自分に言い聞かせ、口の中に広がる甘美な悦びを分解する。文字になるように、搔きほぐす。これは仕事だ、仕事だ、と。

*  *  *

 メディアツアーとしての取材を終え、延泊することにしていた。友人が日本から二人合流し、プリンス・エドワード島のあと、ケベックシティとモントリオールへ行く予定なのだ。決めているのはエアビーで予約した宿のみ。行き先も移動手段も決めていない。ここからは勝手なカナダ旅が10日間ほど始まる。

 ケベックシティへ飛ぶ前に、プリンス・エドワード島で行ってみたい店があった。7年前、たくさんの豪華な食事をいただきながらも、その合間に行ったなんでもないレストランのフィッシュアンドチップスが、猛烈においしかったのだ。「旅をしていて一番おいしかったものは何ですか?」と聞かれると、たびたびこのフィッシュアンドチップスと答えていたほどだ。タルタルソースはパック入りのクラフトのもので、もしかしたら食材だって冷凍だったのかもしれない。でも、それが、それまでの緊張を解いた。島の日常に触れることで、自分の人生の延長線上に「この美しい島にいる」という事実があっていいんだ、という気分になった。人に迷惑や心配を掛けている身分なので、楽しんだりしてはいけないと考えていた気持ちが、楽しむことが仕事なのだと、素直に思うことができた。わたしにとってこの店のフィッシュアンドチップスは、楽しむことが仕事でも良いと思える、ブレイクスルーの味だった。

 おぼろげな記憶とストリートビューを頼りに探してみたところ、まだ営業していた。

 特別小さいわけでも、汚いわけでもない、普通のシーフードダイナーだ。あれから7年。日常の延長である友人たちと、思い出のフィッシュアンドチップスに対峙する。今回の取材で、有名店のフィッシュアンドチップスもたくさん食べてきた。その上で、どう感じるのか知りたかった。


 7年前、わたしはこの島で「旅」を仕事にすることができた。仕事として旅をすることはあのときのわたしにとっては挑戦だったし、新しいステージでもあった。

 7年ぶりに訪れたわたしにも、挑戦がある。それも、2つ。

 ひとつはこの「旅に関する文章」を売り込んでみよう、というもの。挑むなら風上から。いつか活躍すればお声がかかるかもと思っていたれど、わたしはやっぱり目立つタイプではいので、待っているだけでは一生見つけてもらえなさそうだし。今回、メディアツアーで仕入れたネタを記事にして、憧れのメディアに持ち込んでみよう。

 そしてもうひとつは、取材前提の旅をやめる、ということ。

 依頼があった取材はもちろん記録していくけれど、それは旅の本質ではない。写真や情報は、かき集めることができる。でも、行った人にだけしか書けないことを、書くべきだと思った。楽しさを伝えることが仕事だとするならば、旅の楽しさとは何だろう。風景を彩る花に近づき香りを嗅いだり、髪をすり抜ける風に頬を寄せたりすることはもちろん、飛行機に乗り遅れたり、予約したはずの宿がなかなか見つからなかったり、同行人と趣味が合わず別行動したり、撮影許可をとらず公開できない傑作の一枚をカメラに収めたり。慣れない場所で慣れないことをする、そのすべてが旅の楽しさであって、追体験するおもしろみだと思った。まぁぶっちゃけたところ、情報は速さが大切だけどわたしはあまり得意ではないので、消去法ではあるけれど。

 それに、「おいしい仕事」の使命感は時に感覚を鈍らせる。7年前の思い出のフィッシュアンドチップスは普通の味だったのだ。

 媒体に売り込むための取材は終わった。たいそうな一眼レフカメラをiPhoneに持ち替える。プリンス・エドワード島をあとして、ケベックシティでひさびさに感じる旅をしてみしよう。モントリオール空港からケベックシティにはどうやって行こうかな、確か電車とバスがあったけど……ハッ、当日予約だと料金が3倍!? じゃあ車の方が楽なんじゃないの? レンタカーの予約も当日じゃネットでできないか。とりあえず飛行機に乗ってからって……もう受託手荷物受付終わってる? ってことは、この飛行機乗れないってこと? 飛行機が見えてるのに、乗り過ごした。

 ケベックシティに向けて、無計画な新しい旅がはじまった。これから、noteで少しずつ公開していくことにしよう。旅を、本当に「おいしい仕事」にしていけるように。

(おわり)

P.S1 プリンス・エドワード島でフィッシュアンドチップスを食べるなら、Richard's Fresh Seafoodがおすすめです。

P.S2 「旅に関する文章」を売り込んでみようという挑戦、形にすることができたよ。


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コヤナギ ユウ

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デザイナー・エディター。1977年新潟県生まれ。「プロの初心者」をモットーに記事を書く。情緒的でありつつ詳細な旅ブログが口コミで広がり、カナダ観光局オーロラ王国ブロガー観光大使、チェコ親善アンバサダー2018を務める。神社検定3級、日本酒ナビゲーター、日本旅のペンクラブ会員。