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私はいま、生きている

 昨晩は初めて上野に行きました。津軽海峡冬景色の夜行列車が出発する場所として有名な町、動物園や博物館のある町、私の上野の知識といえばその程度のものです。
 東京駅から山手線で行くつもりをしていましたが、「東京上野ライン」という路線があり、こちらのほうがどうやら速いらしいので、乗ったことのない路線には乗ってみたい程度には鉄道好きな私は初めて「東京上野ライン」に乗ってみたのですが、一駅で上野に着いてしまい、びっくりしました。山手線だと上野は割とぐるっと回って向こう側にあるイメージだったのに。思えば普段の暮らしにおいても「知っていること」で完結させようとしがちであり、こうして定期的に東京に来るようになるまでは、頑なに交通系ICカードを使わなかったのも、「知っていること」で完結させたかったからです。
知らないことをやってみることには負荷がかかるし、失敗するかもしれないから、「知っていること」をやっておくほうが気持ちは楽ですが、そうしているうち、どんどん時代に取り残されてしまうのです。いやあ、しかし、東京上野ラインには驚いた。
 到着した上野駅の大きさにも驚きました。京都には京都駅以外にこんなに大きな駅はありません。動物園や博物館のある町だから、京都でいうところの岡崎のような町を想像していましたが、規模感が全く違いました。岡崎は岡崎で好きな町ですけど。
 駅前にマルイがあり、そのマルイの中に書店があることを調べておいたので、とりあえずマルイに行くつもりをしていたのですが、なにせ駅が大きいのでその分「駅前」も広い。どの改札を出た「駅前」なのかしら。とりあえず、駅構内の売店でお茶を買い、店員さんにマルイの場所を尋ねてみたのですが、新人らしきその店員さんは「えっと〜、マルイはどっちだったかな」と心もとない。
 そうしていると、私の前に精算を済ませたおじさんが「あっちの改札出て右曲がったら見えてくるよ」と教えてくださり、江戸の人情を感じました。私も似たようなことで困っておられる方を京都で見つけたらちゃんと教えてあげよう。

 駅前と聞いていたマルイは思ったより遠いところにありました。「あー、涌井さんの家やったらあそこの角曲がってすぐやで」の「すぐ」が車で15分くらいあるのが田舎あるあるですが、まさか上野の「駅前」があんなに遠いとは思いませんでした。駅舎を出るとそこは幅の広い歩道橋になっており、その奥がマルイです。
暖色に光る上野駅の駅舎の上には、まだ青さの残る夕暮れの空。はじめての町は、なんだか空にさえ歓迎されていないように感じてしまいます。普段から「知らないこと」にもっと積極的に首を突っ込んでおけば、感情など持たない空に卑屈になることもないでしょうに。
 マルイの地下の「STORY STORY by YURINDO」という書店はどうやらかなりコンセプチュアルなお店らしかったのですが、早くアメ横に呑みに行きたかった私はとりあえず安めの文庫本を買い、ブックカバーを手に入れてすぐに店を出てしまう。いくらブックカバーを集めるのが趣味だからといってもこんなことではいけないと思う。セックスが終わった途端にそっけなくなる男みたいで嫌です。タッチパネルを導入した途端に「いらっしゃいませ」に心がこもらなくなる飲食店のアルバイトみたいで嫌です。激しく反省したい。ただただブックカバーを集めたいがために「安い」という理由で買われた谷崎潤一郎にも申し訳ない。

コンセプチュアルだったことは間違いない


ブックカバーかわいい
まじ卍



 マルイの裏口を出たらそこはアメ横へ通じる路地。上野が一気に下町の雰囲気を帯びます。誰彼構わず分け隔てなくグイッと引き込み、アメ横色に染めてしまうような強引さは、入り込めないうちは腰が引けてしまうのですが、一度入り込んだが最後、すぐさま自分もアメ横色を構成する一部になってしまうらしい。知らないけど昭和の高度経済成長の頃ってどこもかしこも、こういう空気を帯びていたんじゃないかしら。それは令和に時代遅れなのではなくて、令和がそういう時代に遅れをとっているんだと思います。新宿の夜の喧騒には孤独がありますが、こっちの喧しさには無責任な連帯を感じます。
「大統領」というお店で友人と呑みました。店の名を冠した日本酒「大統領」はなんと240円。ラーメン一杯1000円を超える時代にこれはタダみたいなものではありませんか。亡き父が好んで呑んでいた気取らない日本酒の味がしました。
 関西ではあまり馴染みがない「ホッピー」も友人が呑み方を教えてくれたので呑めました。特別美味いものでもないですが、アメ横の気分にはちょうどいい。追加の焼酎を「なか」と言うらしく、店員さんに知った風に「なか、ください」と言うのは勇気がいりましたが、言ってみたらさっきの「言うぞという決意」はなんだったのか、と拍子抜けする。ここでもまた、私は「知っていること」で完結させがちな自分を恥じることになりました。普段から文学や芸術などについては、自分の感性で判断していてはその作品に触れたことにはならない、その未知の作品の未知なる感性を未知のまま取り込まないと!などと主張しているくせに自分がいちばん「知っていること」の中から抜け出せずにいるのでした。アメ横の「大統領」、絶対にまた行こう。

大統領の大統領240円!
アメ横の気分はホッピー



 ちょうど今朝、喫茶ルノワールで読んだ朝日新聞夕刊の澤田瞳子さんのコラムに今の私の気分にぴったりなことが書いてありました。詳しくは書きませんが、締めくくりの言葉に私は赤線を引きました。

「そうやって平凡を少しずつ広げていくことが、生きるという行為なのかもしれない。」
 その通り。私はいま、生きている。

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近頃Yahooで「こわくいとま」と検索すると、
「こわくいとま note 面白い」と出てきます。ありがとうございます。面白いnoteを書いている私の著書『1人目の客』とめちゃくちゃかわいい1人目の客Tシャツはネットショップ「暇書房」でお買い求めください❤️

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