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【中編】片側だけで感じる彼・彼女 No.9/11

如月きさらぎの誕生日プレゼントはどうする?」
ベッドの上で、2人並んだ状態で、神無かんなが俺に向かって問いかけた。
俺としては、彼女が側にいれば、プレゼントなんてなくてもいいと思ったが、彼女としては、何か形のある物を残しておきたいという。それも何か身につけられるもの。身につけたものは、片目を閉じればお互いに見ることができるからだ。

「季節的にマフラーとかはどうだろう?」
「いいね。寒い時はいつも身につけられるしね。」
「ブランドで合わせるのは難しいかもなぁ。色を指定するのは?」
「いいね。なら、私からはペールブルーをお勧めします。」
「ペールブルー?」
聞きなれない言葉だ。

「くすんだ水色かな。私が好きな色なんだ。如月にも似合う色だと思う。落ち着いた感じがするし。」
「なら、俺からは白で。」
「白?」
「神無に似合う色だと思う。」
「わかった。じゃあ今日買いに行こう。後で、身につけて見せ合おうね。」
そう言って笑う彼女はとても可愛かった。俺は彼女の耳に手を添わせる。

「如月。もう体が痛いから無理だよ。動けなくなっちゃう。」
「ん。今日は休みなんだから、大丈夫。」
神無の誕生日の時と同様に、俺の誕生日の翌日も休みを取った。
昨日の夜も思っていた以上にうまくできたのだから、あと少しくらい何とかなると思う。それにできる限り、彼女と離れている時間を作りたくなかった。
「マフラー買いに行きたいんだからね。」
「分かってる。」

俺は、彼女に自分の不安を悟られないように、微笑む。
でも、彼女は俺の顔を見て、困ったように眉をひそめる。
「如月。」
「どうしたの。神無。」
俺は彼女に触れた手の動きを止めずに、彼女に問いかける。
「私は、ここにいるから。如月の側にいるから。」
「・・泣きそうになるからやめてほしい。」
神無が俺の髪を優しく撫でた。


如月きさらぎ。今日でお別れだね。」

リビングの中央に立って、神無かんながふんわりと微笑んだ。彼女が着ているのは、珍しく女性らしいワンピースだった。
いつも仕事に行く時は、シャツにパンツ姿が多いから、その姿は新鮮に映った。その場に押し倒したくなる気持ちを、無理やり心の奥に抑える。
この後、彼女は退去の立会いをして、マンションを引き払うのだ。

「明日、明後日は、実家でゆっくりできるんだろう?」
「家に荷物が山積みだから、整理しなきゃ。如月は明日も仕事なんだよね。」
「今日も午後から仕事だよ。さすがに月末に一日休みを取るのは無理だった。」
2人の口から出てくる内容はたわいもないことばかり。すぐ側にある事から目を背けるかのようだった。

「・・私、如月のことはずっと忘れないから。」
「忘れていい。他に彼氏を見つけて幸せになってよ。」
そう俺が言ったら、彼女の瞳が揺らいだ。
「如月の方こそ、私のことは忘れて、早く彼女を見つけてね。如月なら直ぐにいい人が見つかると思う。」
それは無理だと思う。そう思っても、別れる彼女には何も言えない。

「私、如月に会えて、会って一年も経ってないけど、こうして一緒にいられて嬉しかった。」
「俺も、神無に会えて、よかった。」
彼女は、俺の全身を片目で上から下まで丁寧に視線を移した。そして、こちらを見て笑う。残念ながら、その笑みは引きつっていて、痛々しいくらいだった。
「別れたくない。如月。」
「俺もだよ。神無。」

彼女といつか別れなくてはならないことは、すでに出会っていた時から分かっていたこと。本当なら、それが分かっているのだから、彼女を好きになってはいけなかった。
でも、だめだった。自分の心なのに、コントロールする事なんてできなかった。彼女と過ごす時間が、彼女の嬉しそうな笑顔が、俺のことを引き付けた。

彼女には言わないけど、俺はこの先も彼女のことを探し続けるだろう。その望みが叶う可能性がどれほど薄くても。

俺は泣きそうになっている彼女を、自分の胸元に引き寄せた。
彼女の涙を指で拭い、彼女の唇に指を当て、指越しのキスを交わす。
これが俺にできる精一杯のことだった。

彼女と別れてから、俺の中にある彼女の面影が急速に薄れていくのを感じたのは、それから数日たった頃のことだった。どうやら、俺と彼女を結び付けた仕組みは、2人が別れた今、お互いの記憶を消し去ることに動いているようだった。

そして、一か月も経った頃には、もう彼女の顔も、声も思い出せなくなっていた。それでも、俺は毎日のように、自宅で、アイマスクを身につけた。少しでも彼女の姿が見られれば、失ってしまった記憶も戻るような気がしたから。でも、彼女の姿を見ることは、別れてから一度もなかった。
ネットで、彼女が働いている会社が統合した件とかから、彼女の元へ辿れないかと調べてみたが、かんばしい結果は得られなかった。

俺の心の中には、彼女のことが好きだという感情と、その呼び名が残った。ある意味残酷だった。


同僚に結婚式出席の返事を返すと、彼女は「ポスト投函とうかんでよかったのに。」と困ったように笑った。
「ここで会えるのに、わざわざポスト投函とうかんする必要ないだろ?」
「まぁ、そうなんだけど。祝辞しゅくじも述べていただけますよね?」
「・・引き受けた。」
そう答えると、彼女は嬉しそうに笑う。

「私たちを引き合わせてくれたキューピッドなんだから、皆木みなぎさんは。」
「分かってるけど、祝辞しゅくじなんて初めてだよ。うまくできるかな?」
「皆木さんは何でも器用にこなしそうな気がするけど。そういえば、彼女さんはお元気ですか?」

「えっと・・。」
「だから、私が彼と喧嘩した時に迷惑かけた彼女さん。会った事はないけど、話を聞くと仲良さそうだなといつも思ってて、私たちの中では、結構理想にしてたんだよね。」
同僚の言葉を聞いて、心の中にじんわりとした痛みが広がる。考えてみると同僚が家に来たことで、俺は彼女への気持ちをより強くしたのだから。
でも、もう彼女は側にいない。

「別れたかな。」
俺の言葉を聞いて、彼女はその目を見開いた。
「嘘よね?」
「本当だけど。」
「確かにこのところ話は聞いてないなって思ってたけど。・・別れてどのくらいになるの?」
「一年くらい。」
「そんなに前・・。」

彼女はしばらく言葉を失っていたが、俺の右手を見ると、眉を寄せた。
そして、俺の右の薬指を指差した。そこにはピンクゴールドの指輪がはまっている。
「でも、指輪してるよね?」
「これは・・お守り。」
「お守り?」
「もう一度彼女に会えるようにって。」
「それってどういうこと?」
「・・お客様が来た。また後で。」

俺がそう言ったのと同時に、店の入り口が開くのを知らせる電子音が聞こえた。同僚は口をつぐんで、目の前のパソコンの画面に目を向ける。俺は立って、店に入ってきた人に向かって頭を下げた。

「いらっしゃいませ。」
「あの、10時に来店予約を入れていた斎藤です。」
「はい。斎藤様ですね。こちらにおかけください。」
俺は右手の指輪に軽く視線を落とした後、目の前の相手と視線を合わせた。

No.10に続く

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