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【中編】片側だけで感じる彼・彼女 No.8/11

私たちが1ヶ月ぶりに話をし、お互いの思いを確認し合った翌日。
休みを取っていたので、私達は朝から一緒に過ごすことになった。

「ねぇ、神無かんな。エターナルっていうアクセサリーブランド知ってる?」
「知ってる。主に結婚指輪とかを扱っているブランドでしょ?」
如月きさらぎは、私がそう答えると、嬉しそうに顔を緩めた。
「神無の家の歩ける範囲に、ショップはありそう?」
「最寄り駅の駅ビルにはあると思うけど、どうして?」

「神無に誕生日プレゼントを渡したいんだけど、どうしようかと考えていて。ペアリングの片方を、それぞれ買ってはどうかと思ったんだけど。」
「片方だけ購入・・そんなことできるの?」
「実は、俺の家の近くにある店で問い合わせてみたんだ。受注生産になるから少し金額が高くなるけど、可能って言われた。一応気に入った品番はメモってきた。神無も今日時間があったら、店に行ってきて見てきてほしい。気に入ったものがあれば、注文してくれてかまわないし。後で品番教えてくれれば、俺も後日注文しに行くから。」

元々休みを取っていたのだから、時間はある。彼から品番を教えてもらい、私はそれを手帳に書き留めた。
でも、ふと思った。如月はいつからこの事を考えていたのだろうかと。
「お互いに自分の分を買うという変なことになっちゃうけど。」
「ううん。考えてくれて嬉しい。ありがとう。・・でも、いつから考えてたの?」
「実は、結構前から。」
彼が恥ずかしそうに笑う。

「もし、私たちが別れたままだったら、どうするつもりだったの?」
「それは・・言わなきゃ分かんないし。」
彼が拗ねたように横を向く。私は彼の顔をじっと見てしまう。私の視線に気づいて、彼は「何?」と首を傾げた。
・・彼はこんなしぐさを見せる人だっただろうか?それとも、気持ちが通じ合ったという安心感がこうさせるのか。私は頬が緩むのを感じる。彼は私の顔を見た後、顔を赤くさせて視線を逸らした。

「実は、同じような注文をしてきたお客さんが、同じチェーン店でいたら、連絡先を教えてもらうことは可能か聞いてみたけどダメだった。」
「・・個人情報に当たるから無理だろうね。」
「ダメもとで聞いてみたから、いいんだけど。・・俺、神無に会いたいんだ。」
「私も、如月に会いたい。・・それに、私、如月に言わないといけないことがあるんだ。」

私が彼の前で正座して姿勢を正すと、彼も私のこれから話す内容が、何か大きなことだと思ったのか、私に合わせて姿勢を正した。
彼に、私の職場の移転に伴って、このマンションを出て、実家に戻ることを伝える。そして、このマンションの解約が来年の3月末であることも。
彼の顔色は、私の話を聞くにつれて、徐々に曇っていった。

「それは、神無と一緒にいられるのは、あと5ヶ月くらいってこと?」
「・・。」
彼に改めて問われると、気持ちが重くなってくる。
「俺、諦めないよ。」
私が彼の顔を見ると、彼も真剣な面持ちで私の顔を見返した。
「今まで聞いたいろいろなことから、この同じ時間を神無と共に過ごしているのは分かっているから。後は、何とか君が住んでいる場所が分かれば、きっと俺たちは会える。」

「如月・・。」
「俺は神無と出会えたこの現象に感謝してるけど、この仕組みはかいくぐってみせる。神無も協力してくれると嬉しい。」
「うん。私にできることなら何でもする。」
彼は、私のことを片手で引き寄せて、抱きしめようとしてくれたけど、私には背中に回された彼の手の感触しか感じられなかった。私の顔横には当たっているはずの彼の胸の感覚はなく、半透明になって見えている。その様子を見ると、私の気持ちはさらに重くなった。

私や彼の職場の名前、もちろんその所在地、私の元彼の名前や職場、彼の同僚や友人の名前など、わずかでもそれぞれを特定できそうな情報は、ことごとくマスクされた。

今放映されている同じ映画を見ようと画策しても、映画館の場所や放映時刻さえも、相手に伝えられない。ネットの掲示板やチャットルームはどうだろうかと思ったが、書き込みすらできなかった。SNSのアカウント交換も無理だった。待ち合わせも無理だった。日付や時刻は合わせることができても、待ち合わせ場所が伝えられなかった。その場所に向かう手段を伝えても、すこしでも場所が特定されそうな内容は、相手に聞こえなくなる。

お互いが身につけているもの以外の物質は、見ることができないから、手紙を介しても無理だし、いっそのこと体に文字を書いてみては?と極端なことを考えて実行しようとしても、体に書いた文字が見えなかった。
何かを思いついて、実行に移し、それがうまくいかないと、別の手段を繰り返す。本当に試行錯誤の毎日を繰り返し、それらは何も実を結ばなかった。

私たちが知り合うきっかけとなったこの仕組みではあったが、今は私達が会うことを阻む仕組みとなっていた。

「私たち本当に会えるのかな?」
「そこは、会おうと思わなきゃ。」
「その前にこの現象が終わったりしないかな。」
「そんなことは、考えたくない。」

私達は、事あるごとに、このようなやり取りを繰り返すようになっていた。
常にこの関係が消える恐怖に怯えたが、辛いから彼と別れようとは思わなかった。
彼は私と話している時に、繋いだ手をほどこうとしなかった。私の存在を確かめているようでもあった。私には繋がれた手を強く握り返すことしかできなかった。


お互いに注文したペアリングは、無事に2人の右薬指に収まった。
ピンクゴールドのあまり飾りのないシンプルなものになった。
身につけているものは、片目で認識できるようになっているから、私達は右薬指のリングを見せあいながら、ニヤニヤしたものだった。

その後、私たちの関係に大きく波が立つことはなかった。
クリスマスも年末年始も、実家に帰ることなく、2人で、家で過ごした。
そして、以前に話し合った仕組みをかいくぐる術は、どうやっても見つけられなかった。

2月になって、如月の誕生日が来て、私達は家でささやかなお祝いをした。私の誕生日のように、総菜やシャンパンを買って、向かい合って食事をした。
「あの、神無。」
「どうしたの?」
私が尋ねると、彼は私の隣で恥ずかしそうに告げた。
「今日は、俺と一緒に寝てくれないかな。」
「・・それは、ただ2人で横になるわけじゃないよね?」

「どこまでできるか試してみない?」
彼が私に向かって、掌を上に向けて差し出した。
私はその掌に、自分の掌を重ねた。彼の手は大きいのだと、自分の手と比べて感じる。
「うまくできるか分からないけど、頑張ってみる。」
「・・俺だって、初めてだよ。」
彼の言葉に笑うと、彼は微笑んで、私の手を引き寄せた。

私が彼と一緒にいられるのは、後一か月。
彼と別れて、私は大丈夫と、とても言えないけれど、せめて彼を心配させないように、彼と過ごす日々を大切にして、別れる時は笑って別れられればいいと、そう、思っている。

No.9に続く

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