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短編小説Only

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普段は長編小説を書いていますが、気分転換に短編も書いています。でも、この頻度は気分転換の枠を超えている。 短編小説の数が多くなってきたので、シリーズ化している(別のマガジンに入っ…
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#連作短編

【連作短編】僕は事あるごとに君のことを考えていた。Θ2

高校に入って、友達とカラオケに行くことが多くなった。私はカラオケが好きだ。狭い空間ではあるが、マイクを使って、自分の好きな歌を歌えるのはとても楽しい。 さすがに一人で来ることはなかったけど、友達もカラオケ好きだし、学割も効く。カフェにいるよりも安くつく。スマホにアプリを入れようかとも思ったけど、自分の部屋で歌っていたら、家族に聞かれてしまうので、諦めた。 その日も駅近くのカラオケ店で2時間歌い、もう帰ろうという空気が漂い始めた頃。最後のフリードリンクを取りに行った私の耳に

【連作短編】今日が誕生日の君に捧ぐ。Θ1

体の前に構えていたフルートから口を離す。 部活でいやって程演奏しているためか、安定して音は取れるようになってきた。やっぱり独学とは違う。 もし、彼女の前で演奏したら、その瞳をキラキラさせて聞き入ってくれただろうか。以前家に来た時に、初めて彼女の前でフルートを構え、音を出しただけでも、あんなに喜んでくれたのだから。 と思いつつ、もう彼女と会う機会は巡ってこないのだが。 僕はフルートをクロスで拭きながら、そう思った。 フルートを始めたのは、年の離れた姉の影響だった。姉は高校の

【連作短編】笑う女 吉川4

私は小さい頃からよく泣く人間だった。 変に負けず嫌いだったから、自分の思ったように物事ができないと、悔しくて涙を流した。 小学校の通信簿の備考欄に、「よく泣く子」だと書かれるほどだった。 よく泣く子は、よく泣く人間に成長した。 社会人になっても、些細なミスや上司からの指摘にも、涙ぐんだ。さすがにその場で泣くことはなかったが、トイレや人のいないところを探して一人で泣いた。 だが、このままではいけないと思い、あれこれ考えた結果、行きついた結論は、仕事以外の場で意識的に涙を流す

【連作短編】泣く男 吉川3

映画のエンドロールを見ながら、俺は大きく息を吐いた。 手元にあるフェイスタオルで顔を拭う。タオルは大分湿っていて、顔も吐き出す息も熱かった。 隣に目をやると、まだ画面に視線がくぎ付けになっている彼女の姿があった。自分以上に涙を流しているのに、その涙を拭おうともせず、動きを止めている。 エンドロールが終わると同時に、深々と息を吐いて、隣にいる自分に今気づいたとばかりに視線を向けた。 「どうでしたか?」 「こんなに泣くとは思ってなかった。」 俺の言葉を聞いて、彼女はどうだと言

【連作短編】似た者同士?β2

突然だが、私は勤務時間外に仕事をすることが嫌いだ。 だから、残業や休日出勤もできる限りしたくはない。 残念ながら、今の職場は、ほぼ在宅勤務で、働く時間も厳密に管理されておらず、勤務時間というものも曖昧なところがある。 子どもが小さいうちはまだよかった。時間の融通が利くというのは、給料の高さよりも私にとってはメリットになった。 だが、子どもも大きくなってきた今、私はできれば、夜や休日は、それこそパソコンを立ち上げることすら、本当は嫌だと思っている。 キーボード操作をしていた

【連作短編】似た者同士 β1

水出ししたルイボスティーを飲みながら、目の前のパソコン画面に目を向ける。プログラムのソースを別の担当が構築したサーバーに対応するように書き換えていく。 今は自宅にいるのは、私だけだ。 妻と娘は、ここから離れたショッピングモールに買い物に出かけた。ランチもあちらでとると言っていたから、帰りは夕方になるだろう。 実際今日は連休中だ。でも、私は特に予定もないので、家のデスクにノートパソコンを置き、普通に仕事をしている。 パソコンに入れているグループウェアが反応する。 『言われてい

【連作短編】君が悩んでいたことに応えるなら 翔琉3

通っていた駅ビルのギャラリーが撤退することになり、それに伴ってお別れ会をすることになったと、担当の店員から連絡があった時、自分がまず思ったのは、これが彼女に会える最後の機会かもしれないということだった。 数か月前に、俺が別れ話を切り出した。 俺が自分からしたことなのに、自分の行動を激しく後悔した。 自分の選択は間違っていた。彼女の手を離すべきではなかった。 自分の身の回りから、彼女に関する物を排除しても、唯一の彼女との繋がりを思い出させる絵画は、捨てるわけにもいかなかった

【連作短編】泣く女 吉川2

職場に、とても仕事ができて、そしていつも笑みを湛えている男性がいる。 私は直接やり取りをする立場にはないし、彼と話をすることもあまりない。 私は、仕事を定時で切り上げて帰宅するけど、彼は大抵遅くまで仕事をしているらしい。残業をしているということは、仕事ができないことに直結しそうだけど、どうも仕事を進めるのが早くて、いろいろな仕事が彼に回ってきてしまうかららしい。私なら、自分に関係なさそうな急ぎでない仕事は、やんわりと断るけどな。 彼はあの笑みを湛えながら、仕事を引き受けて

【連作短編】笑う男 吉川1

仕事で忙しい時、辛いと感じる時、自分は無理やりにでも、笑みを浮かべるようにしている。 いつも夜中に自宅に帰ることになっても。 休みの日に、自宅でパソコンの前で作業をしていることが増えても。 食事の大部分がコンビニ弁当となっても。 まぁ、無理やり笑みを浮かべようとしなくても、自然と笑えてはくるのだが。 この状況に。 笑みを浮かべていると、あいつは余裕があるんだなと思われるらしい。 一つの仕事が終わると、見計らったように違う仕事が降ってくる。 自分の手元には、常に数件の案件が並

【連作短編】まだ気持ちを残している。翔琉2

彼と別れて、足を運ぶことが少なくなった駅ビルのギャラリーから、珍しく連絡があった。 駅ビルからそのギャラリーが撤退してしまうらしい。 私は、ギャラリーで同じ画家の絵を3枚購入している。その内1枚は自宅の部屋に飾って、毎日のように眺めているが、2枚はそれよりも大きく、自宅に飾るスペースはないので、ギャラリーの倉庫に預かってもらっていた。 ギャラリーを運営していた会社自体も、規模を縮小するとかで、預けていた2枚の絵も引き取ってほしいと言われた。飾るスペースはないので、保管してお

【連作短編】浮気の定義の裏側 α2

10年以上連れ添った夫がいる。彼との間には、子どももいるし、毎日の生活に不満はない。 普段は、子どもと一緒に寝てしまい、仕事で遅くなる夫の帰りを待つことはしないのだが、その日は寝つけなくて、子供を寝かしつけた後、珍しく起きていた。 夫はいつも帰りが遅い。終電で帰ってくることも度々ある。それほど仕事をしていて、体調は大丈夫なのか心配しているが、彼は問題ないというばかりだ。 以前、職場の同僚と夫の帰りが遅い件に関し、話をしたことがある。その時彼女に、夫は浮気しているのではない

【連作短編】浮気の定義 α1

10年以上連れ添った妻がいる。彼女との間には、子どももいるし、毎日の生活に不満はない。 仕事から帰った時、普段は子どもと一緒に寝ているはずの妻が、まだ起きていて、俺に向かって問いかけてきた。 「ねぇ、私と付き合ってから、浮気したことある?」 「した覚えはないけど。」 なぜ突然この質問をしてきたのか、不思議に思いながらも、俺は妻の質問にそう返した。 妻の顔を見ると、どこか悲しげな顔をしている。 それは思った通りの答えが得られなかったからなのか、別の理由なのかは分からない。

【連作短編】いつ見ても、綺麗だね。翔琉1

片手に乳白色のごみ袋を持ち、部屋に置いていった彼女のものを入れていく。泊まっていった日の翌日に使った化粧品の類、よい香りのする石鹸、彼女が使っていた歯ブラシ、パジャマ代わりにしていた室内着・・。 思っていたより数はなかった。 「あぁ、しんどい。」 ごみ袋を放り投げると、床に敷いてあるラグの上に寝転ぶ。毛足が長く、そのまま寝そべっていると、また寝てしまいそうだ。 普段はまだ寝ている時間なのに、何故か早くに目が覚めてしまった。以前、休みの日は大抵彼女と過ごしていたから、その癖で

【連作短編】彼のかけら ヒロエ2

私はベッドの上で大きく伸びをする。 今日、午前中は大学の研究室に顔を出して、夕方から夜にかけてはバイトだ。大学は今年分の必要単位はほぼクリアしているから、それほど頻繁に行かなくてもいい。バイトもさすがに3年目となると、特に気になることもない。 私はベッドの横のラグを引いている空間を、じっと見つめた。 もちろんそこには何もない。 何となく、彼がそこに座って私を見ているような気がした。 そんなことあるはずもないのだが。 私が彼氏と会わなくなって、既に2ヶ月が過ぎようとしている