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【連作短編】似た者同士?β2

突然だが、私は勤務時間外に仕事をすることが嫌いだ。
だから、残業や休日出勤もできる限りしたくはない。

残念ながら、今の職場は、ほぼ在宅勤務で、働く時間も厳密に管理されておらず、勤務時間というものも曖昧なところがある。
子どもが小さいうちはまだよかった。時間の融通が利くというのは、給料の高さよりも私にとってはメリットになった。
だが、子どもも大きくなってきた今、私はできれば、夜や休日は、それこそパソコンを立ち上げることすら、本当は嫌だと思っている。

キーボード操作をしていた手を止める。
目の前にある画面から視線をずらすと、夫と子どもが向かい合って、ゲームに興じているのが見えた。いつもながら、とても楽しそうだ。
子どもも、ちゃんと今日の宿題や勉強は終えている。私としては、やらなくてはいけないことを済ませていて、更にやり過ぎなければ、特段口を挟むつもりはない。
そして、2人が行っているのは、アクション系が多くて、私が興味を引かれるゲームジャンルではない。

急遽、連休明けに、提供予定プログラムの試作が必要と言われ、自分の担当分を、休みだというのに作業をし、ようやくひと段落ついたところだ。
洗濯や掃除、食器洗いなど、やらなくてはいけない家事も一通り終わっている。少し休みを入れてもいいだろうと思い、私は大分前に入れたコーヒーを飲んで、パソコンに入れているグループウェアを起動した。

『言われていた作業が終了しました。確認をお願いします。』
連絡を入れて、大きく伸びをした。
多分そうしない内に反応があるだろう。彼も多分仕事をしているだろうから。

同僚であり、私より5歳以上年上の彼は、とにかく優秀で仕事が早い。そして、彼は仕事自体も多分好きなんだろう。休みの日も普通に仕事関係のやり取りが可能だし、確認をお願いすると、すぐに結果が返ってくる。
私だったら、夫が休みの日も仕事をしているなんて、耐えられないと思う。
さすがに奥さんは怒るのではないだろうかと、以前の打ち合わせの時に、彼に聞いてみたことがある。

「休みの日は、奥さんは娘と行動することが多いから。」
彼は何でもないかのように、目の前のノートパソコンに視線を向けたまま答えた。
「そういうものなのですか?」
私が首を傾げると、ようやく彼は私の顔に視線を向ける。
アイロンがかかった白いワイシャツに、ジャケットを羽織った、清潔感のある様相。ワイシャツにアイロンをかけているのは奥様だろうか?

確かに彼には、高校生の娘さんがいたはずだ。
買い物とか遊びに行くのも、同性同士で行く方が楽しいだろう。
彼が仕事好きだと分かっているから、休みの日は自由にさせているのかもしれない。私なら絶対に文句を言ってしまいそうだ。
「でも、まぁ、そうかもしれませんね。うちも旦那さんと子どもで、休みはゲーム三昧ですし。」
自分の気持ちは押し込んで、私は彼の言葉に同調した答えを返した。別に嘘は言っていない。

「子どもは大きくなったら、異性の親は煙たく思うでしょう。」
「そうですね。自分も父親とはそれほど一緒に過ごしはしなかったですし。」
でも、ちょっと寂しいですね。そう続けて、私は一年前に亡くした父のことを思い出してしまった。思ったことを見抜かれたのか、珍しく彼は心配そうに顔を歪めた。

目の前のグループウェアの画面を見直すと、彼から私のメッセージに対して、『了承』の返答が返ってきた。
あわせて、パソコンに入っているSNSのソフトが反応する。確認すると、今了承の答えを返してきた彼からだった。きっと、仕事には関係のない内容のやり取りをしたいのだろう。休みの日に私がメッセージを送ったから、珍しいと思ったのかもしれない。

『連休中なのに、仕事ですか?』
メッセージを見て、やっぱりと思いつつ、私は返答を返す。
『ええ、子どもと旦那さんは2人でゲーム中なので。家事もひと段落つきましたし。』
『そうでしたか。いつもながら仕事が早いですね。』
『私より仕事が早い方に言われても。。』
私は返答を返しつつ、パソコン画面に向かって笑ってしまう。

『次の打ち合わせは、26日だったと思いますが、その後にお茶でもどうですか?』
『お茶ですか?』
珍しい。このところの彼は、今までに見なかった表情や行動をしてくることがある。そんなことを思っていると、彼のメッセージが続いて返ってくる。

『はい。いつもサポートしてもらっているので、何か甘いものでもご馳走します。』
『それは嬉しいです。』
『では、26日に。』
『よろしくお願いします。楽しみにしてます。』
私はSNSのソフトを閉じると、大きく息を吐く。

こういうことは奥様にしてあげた方がいいと思います。
そして、あまり私に困惑を与えないでほしいです。
きっと面と向かって問いかけたら、何のことですか?と悪びれもせず、彼は言いそうだ。彼は単に同僚に仕事の頑張りを報いてあげたいだけだろう。こういう気配りは、他の人に誤解を与えかねないということを知らないのだ。
特に、相手が疲れていたり、落ち込んでいる時には特に。

私は、彼のことが分かっているし、自分の立場を分かっているから、誤解はしない。
こんなところは、私と彼は似ていない。
私は、自分にそう言い聞かせ、パソコンの画面も閉じて、気分転換のために席をたった。

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