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【連作短編】浮気の定義の裏側 α2

10年以上連れ添った夫がいる。彼との間には、子どももいるし、毎日の生活に不満はない。

普段は、子どもと一緒に寝てしまい、仕事で遅くなる夫の帰りを待つことはしないのだが、その日は寝つけなくて、子供を寝かしつけた後、珍しく起きていた。
夫はいつも帰りが遅い。終電で帰ってくることも度々ある。それほど仕事をしていて、体調は大丈夫なのか心配しているが、彼は問題ないというばかりだ。

以前、職場の同僚と夫の帰りが遅い件に関し、話をしたことがある。その時彼女に、夫は浮気しているのではないかと、指摘されたことがあった。
会社帰りに、女性と会っているから、帰りが遅くなるのではないかと。
それにしては、休みの日に一人で出かけたりなどもしない。私への態度は一切変わっていないのだけど。私は同僚の言葉を流して聞いていた。

もし、彼が浮気をしていたとしても、私はそれを仕方のないことだと思う。何しろ、私達はもう出会ってから10年以上付き合ってきた。付き合った当初の気持ちなど、私にも彼にも残っていないだろう。
人は、関わりが長ければ長いほど、お互いの存在に慣れてしまう。だから、何らかのきっかけで、他に好きだと思える人ができることもないとは言えないと思う。それに人を好きになる気持ちなんて、コントロールできないものだろう。

彼のことが嫌いになったわけではない。好きかと聞かれれば、好きだと答える。でも、私は基本、自分に自信がない。未だに、彼はなぜ私のことを好きになってくれて、私と付き合って、結果、結婚する気になったのか、不思議に思っている。付き合っている時には、他の人が好きになったら、振ってくれてかまわないと言ったこともある。彼は、何を言い出すんだと笑っていたけど、あれは私の本心だった。

そんなことを思い出したせいだろうか。
帰ってきた夫の背中を見ながら、私は一つの問いを口にしていた。
「ねぇ、私と付き合ってから、浮気したことある?」
「した覚えはないけど。」
彼は、少しの間を置くことなく、そう答えた。彼の表情からは、私がなぜそれを問うのか、と不思議に思っていることが見てとれた。

素直に自分の気持ちを話してしまえば、彼も面倒だという顔はするかもしれないけど、耳は傾けてくれるのだろう。でも、自分でも自分の気持ちがよく分かっていないのに、一番近くにいるとはいえ、結婚している相手だとはいえ、他人にちゃんと話せるとは思えない。
だから、自分の頭の中で、答えのない問いや思いが巡ってしまう。
そのせいで、彼を困惑させてしまう。私はそれがとてつもなく悲しい。

彼は、何も言わず黙っている私を見つめると、再度口を開いた。
「そんなリスクは犯さないよ。」
「リスク・・ね。」
思ったより、現実的な理性的な言葉が返ってきた。
彼の目を見ても、彼は私から視線をそらさなかった。
少なくとも、私の問いに関しては、嘘偽りなく答えていると思えた。
じゃあ、寝るから。と言って、先に視線をそらしたのは、私だった。

背中に視線を感じながら、私は寝室に足を踏み入れる。
布団の上では、子どもが掛け布団をはねのけて、規則正しい寝息をたてている。
私は、子どもの上に布団をかけ直した後、その隣に身体を横たえた。
規則正しい子どもの寝息を聞きながら、布団の温かさに身をゆだねていると、瞼が自然と下がってくる。

あぁ、私は彼に問いかけることで、そしてその答えを聞くことで、少し安心できたのかもしれない。
そう考えながら、私は眠りについた。

翌日の朝、若干寝不足気味な顔で、彼になぜ昨夜あんなことを聞いたのか、と尋ねられた。
「ふと、思っただけだから。」
私は彼の問いにそう答えた。
その答えを聞いて、安心して眠ることができた。なんて言えない。
それにしても、彼はよく眠れなかったのだろうか?やはり、もう少し早く帰るようにした方がいいのでは?と、彼の顔を見ながら、考える。

彼が珍しく、私のことを、ギュッと抱きしめてきたので、それに応えるように、彼のことを抱きしめ返した。

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