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【連作短編】今日が誕生日の君に捧ぐ。Θ1

体の前に構えていたフルートから口を離す。
部活でいやって程演奏しているためか、安定して音は取れるようになってきた。やっぱり独学とは違う。

もし、彼女の前で演奏したら、その瞳をキラキラさせて聞き入ってくれただろうか。以前家に来た時に、初めて彼女の前でフルートを構え、音を出しただけでも、あんなに喜んでくれたのだから。
と思いつつ、もう彼女と会う機会は巡ってこないのだが。
僕はフルートをクロスで拭きながら、そう思った。

フルートを始めたのは、年の離れた姉の影響だった。姉は高校の吹奏楽部でフルートを弾いていた。その姿に憧れて、自分もフルートを演奏するようになった。始めたのは中学の時で、本格的に演奏するようになったのは、高校で姉と同じように吹奏楽部に入ってからだ。経験者という有利さから、部活でもフルートにたずさわれることになったのは僥倖ぎょうこうだったと言える。

中学の最終学年で一番仲の良かった彼女は、音楽全般苦手だと、口にしてしまうような子だった。でも、音楽を聴くのは好きだった。歌を歌うのも。
学校で行われた合唱コンクールでも、綺麗な声を響かせていたのを覚えている。

自分はたぶん彼女が好きだった。でも、一緒にいた時は、余りにもぼんやりとした曖昧あいまいなもので、今となって思い返せばそうだったと思えるのだけど、当時はそれに気づけなかった。

だから、僕は彼女に告白することもなく、中学を卒業し、進学する高校もバラバラになって、こうしてふとした時に思い返す存在になってしまっている。今更、告白しようとは思っていない。でも、告白していたら、何かが変わっていたかもしれない。

彼女が誕生日である今日。彼女の目の前でフルートを演奏していたかもしれない。

机の上に視線を向ける。そこには、彼女からもらったバイオリンのピンバッチが飾られていた。本物のバイオリンそっくりのリアルなデザインだった。
彼女と文房具店に行った時に、そのリアルさに目を奪われていたら、誕生日プレセントにと、買ってプレゼントしてくれたのだ。
フルートがあればよかったのにね。と言って、彼女は笑っていた。

その一つ一つの出来事が楽しかった。愛しかった。できれば、ずっと続いてほしかった。

僕は再度フルートを構える。彼女に届くわけでもないけれど、彼女の誕生日を祝うかのように、僕はフルートで、美しい旋律せんりつを紡ぐ。


目を覚ましたら、部屋の明かりは煌々こうこうとついていた。ベッドの上で、本を読みながら過ごしていたら、そのまま寝てしまったらしい。
このまま寝続けると、眠りが浅くなって、明日が辛くなる。
私は手元にあった本を取り上げ、体を起こした。

変な夢を見てしまった。
中学の時に好きだった彼と付き合うようになって、デートをしていた。彼は私と誕生日ケーキを一緒に食べ、目の前で彼が得意だったフルートを演奏してくれた。そんなことあるはずがない。私は彼に告白すらできなかったのに。

今日は私の誕生日だった。誕生日といっても一つ歳を取るだけだ。一つ歳を取ったからといって、何か大きく変わるわけでもない。
家族で誕生日のケーキを食べて祝った。
自分の誕生日を口にしていなかったせいで、高校になってからできた友達には、特に何かお祝いの言葉を言われることもなく、普通通りに学校生活を送った。

高校生活はもっと華やかなものだと思っていたけど、そうでもなかった。
初めて電車通学をするようにもなったが、同じ中学出身の友達とは疎遠になり、他の友達ができた。部活は中学と同じ美術部を選び、本格的に油絵を描くようになった。
一応高校には溶け込めているし、嫌だと思うこともないが、何となく日々が過ぎてしまっているようで、これでいいのだろうかと感じている。

まだ、中学の時の方が楽しかったのではないだろうか。中学卒業してから一年も経っていないから、私の中でその映像は鮮明だ。
机の上にあった栞を手に取って眺める。金の金属の薄い板でできた栞で、綺麗な透かしが入っている。

私は中学の最終学年で、一緒のクラスになった彼が好きだった。優しくて、何事にも気後れしてしまう私にもよく声をかけてくれた。学校でグループ活動が同じになることも多く、学校外でもその打ち合わせと称して、他の友達と共に行動することも多かった。

今、手に取っている栞も、彼と行った文房具店で、誕生日プレゼントとして、彼から貰った物だ。私はよく本を読む人間で、学校でも時間を見つけては図書室に通っていたし、休み時間に本を読んでいることも多かった。
彼が興味深げに見ていたバイオリンのピンバッチを、普段仲良くしてくれてるからとお礼も込めて、その場で買ってプレゼントしたら、お返しとして、この栞を買ってもらった。

考えてみると、自分でも大分思い切った行動に出たなと思う。でも、結局告白することはできなかった。今の関係が壊れてしまうことが怖かったから。代わりに、私はそれ以降の彼との繋がりを失った。彼女でもない異性の友達と、高校になってからも、今まで通り付き合っていけるわけがなかった。同じ高校に進学したらまだしも、私達は高校も別になってしまったのだから。

私は読みかけの本をパラパラとめくり、寝てしまう前に読んでいたと思われるところに、栞を挟んだ。そして、部屋の明かりを消して、布団の中に潜り込む。

夢の中で、彼が紡ぐフルートの音を聞いたような気がした。

あと15日。

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