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【連作短編】彼のかけら ヒロエ2

私はベッドの上で大きく伸びをする。
今日、午前中は大学の研究室に顔を出して、夕方から夜にかけてはバイトだ。大学は今年分の必要単位はほぼクリアしているから、それほど頻繁に行かなくてもいい。バイトもさすがに3年目となると、特に気になることもない。

私はベッドの横のラグを引いている空間を、じっと見つめた。
もちろんそこには何もない。
何となく、彼がそこに座って私を見ているような気がした。
そんなことあるはずもないのだが。

私が彼氏と会わなくなって、既に2ヶ月が過ぎようとしている。
彼氏から、職場が繁忙期に入って、大変忙しいから、しばらく会えないと言われた。
そして、こちらから彼に連絡をしないようにとも言われた。声を聞くと甘えてしまうから、と。

私はそれを了承すると同時に、心の中では安堵あんどした。
彼が私に要求することは、このところエスカレートしていた。他人に迷惑をかける行為ではないが、それに応えることは、私の心のどこかをすり減らしていった。でも、応えられないと、彼が離れていってしまうと思って、私は頑張った。そして、頑張りすぎてしまった。

このところ、彼の姿が冷静に見られなくなっていた。彼も私の様子を苦し気に見ていることが多くなった。なぜこうなったのだろう。私はただ好きな彼と一緒にいたかっただけなのに。

彼がいない日常は穏やかで、私を慰めてくれる。寂しいとは思うものの、元に戻りたいのかと言われると、私は分からなくなっている。

彼にはいろいろなことを教えてもらった。私が初めて付き合った異性だ。
彼は私よりも年上で、社会人経験もあり、大人だった。

でも、私がいくら思いのたけを打ち明けても、彼のそこはかとない不安が払拭ふっしょくできないのを感じていた。彼はいつも私の言葉を信じ切れていなかった。離れて暮らしているから、会いたい時にすぐ会えない環境も、彼の不安を増幅ぞうふくした。

もし、彼が別れを切り出してきたとして、私は泣いて彼を引き留め懇願こんがんするだろうが、別れてもいいと思う私もどこかにいた。
もう少ししたら、きっと就活も開始され、私は日々忙しくなるだろう。
彼にかけている時間は多分無くなる。自分の一生を左右するものだから、私の気持ちを乱されたくはない。

そして、私は社会人になった後も、彼と付き合っている自分の姿を見いだせずにいる。

昨日は、雨戸を閉めずに寝てしまったせいか、部屋の中には日が差し込んできて、その光が空気中のちりに当たって、キラキラと反射した。
その様子を呆然ぼうぜんと眺めてしまう。

それでも、私は、2人で過ごした部屋の中に、彼のかけらをさがしてしまうのだ。

この短編は、「笑顔にしたかったはずなのに。」とリンクしています。
このところ、明るい短編が書けない。。

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