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【連作短編】僕は事あるごとに君のことを考えていた。Θ2

高校に入って、友達とカラオケに行くことが多くなった。私はカラオケが好きだ。狭い空間ではあるが、マイクを使って、自分の好きな歌を歌えるのはとても楽しい。

さすがに一人で来ることはなかったけど、友達もカラオケ好きだし、学割も効く。カフェにいるよりも安くつく。スマホにアプリを入れようかとも思ったけど、自分の部屋で歌っていたら、家族に聞かれてしまうので、諦めた。

その日も駅近くのカラオケ店で2時間歌い、もう帰ろうという空気がただよい始めた頃。最後のフリードリンクを取りに行った私の耳に入ったのは、人の歌声ではなく、フルートの音色だった。

辺りをキョロキョロと見回してしまう。確かに聞こえる。私は手にアイスティーを持ちながら、その音を注意深く辿った。同じフロアにいるのは確かだ。ドアの隙間から中を覗う。

そして、見つけた。
狭いスペースで、フルートを構えて、演奏をしている彼の姿を。

ドアに手をかけようとして、逡巡しゅんじゅんする。もう別れてから半年は経っているのに、なんと言って会えばいいのか?そもそも、彼が私に会うことを望んでいるのか、それすらも分からない。

聞きたかったフルートの音色が聞けただけで十分じゃないだろうか?友達のところに戻るべきだろう。そう思うのに、私の足はそこに根が生えたように動かず、私の耳はもっと近くでその音を聞きたいと望んでいる。

そもそも、彼は一人カラオケ店で、なぜフルートを引いているのだろう?今日は土曜日で学校は休みだと思うのだけど。
そんなことを考えていて、いつの間にかフルートの音が止んでいたことにも、目の前のドアが開いたのにも、気づかなかった。

「山﨑?」
彼は半年前とそう変わらない姿で、目の前に立っていた。目が大きく見開かれている。中学の制服姿の印象が強かったから、私服の彼はとても大人っぽく見えた。

「久しぶり。大倉くん。」
「ここで何をしてるの?」
「フルートの音が聞こえたから。」

私の言葉に彼は納得したように頷いた。
「今、自主練してたから。何なら聞いていく?」
「いいの?本当に?」
「山﨑の時間が許せば、だけど。」

そう言われて、私は今、友達とカラオケの最中であることを、唐突に思い出した。もう帰る雰囲気が漂っていたから、説明すればこちらに来ることは可能だろうと思った。でも、うまく説明できるかが不安だ。

「大倉くん。私、今一緒に来てる友達がいて。」
彼は私の言葉に頷く。
「友達に説明して、ここに来たいけど。うまく説明して抜けられるかが不安で。」

「・・連絡先交換しておく?」
そしたら、今回ダメでも連絡取り合って会えるんじゃない?と、彼は私に提案してきた。

私はポケットに入れていたスマホを取り出して、彼の前に差し出した。
彼は私の顔を戸惑ったように見つめる。
「是非!」
私の言葉を聞いて、彼は微笑んだ。

友達の元に戻った後、中学の時の友達と会ったので、そちらに合流したい旨を話すと、「じゃあ、今日はお開きにしようか。」と言ってくれた。十分皆歌いつくしていたから、満足していたらしい。大倉くんの事については特に突っ込んで聞かれることはなかった。友達は同じ中学ではないから、知らない人について興味は湧かなかったようだ。

大倉くんの顔が見たいとか、言われなくてよかった。さらに付き合っているのではないかとか勘繰かんぐられたら、彼に申し訳ない。私は自分の気持ちを彼に伝えていない。伝えないままでいようと思っていたのに、彼に会うことになるなんて、これは何かの力が働いているんだろうか?

友達とカラオケ代の精算をし、また学校で会おうと言って別れた。エレベーターに乗った友達の姿を見送ると、私は彼のいる部屋に戻った。彼はテーブルに広げた楽譜を見ながら、何事かを呟いている。私の姿を認めると、なぜか安堵あんどしたように顔を緩めた。

「大丈夫だった?」
「うん。何とか説明できた。」
「でも、よかったの?」
「え?」
「友達よりこっちを優先して。」
「友達とはまた学校で会えるけど、大倉くんとは半年ぶりだから。」

私は彼の隣に腰を下ろす。先ほど注いだドリンクが飲み切れていなかったので、手に持ったままだった。私はテーブルの楽譜を見つめながら、一口飲んだ。私は・・音楽は全くダメだ。楽譜も読めない。
私の隣で動きを止めていた彼が、ゆったりとした動作でケースの上に置いてあったフルートを取り上げた。

「大倉くんはよくこのカラオケ店に来てるの?」
「ここだと、周りを気にせずに練習できるから、時間がある時は来てる。」
「部活大変?」
「それを希望して高校入ったから。」
「すごいね。着実に自分のしたいことを叶えている感じ。」

彼は私の方を見やると、僅かに首を傾げた。
「何か、元気ないな。山﨑。」
「・・。」
「学校楽しい?」
「・・入る前はもっと色鮮やかなものかと思っていたんだけど、普通だなって。」

「僕だって、学校の勉強と部活くらいしかしてないよ。」
「高校だって、自分の偏差値内で、安全パイを取っただけだし。大倉くんみたいに、何かをやりたいから高校を選んだわけでもないし。」
「・・つまらないってこと?」
「これでいいのかなって、いつも思ってる。」

彼は、その場に立ち上がると、フルートを構えて、美しい音色を奏でだした。私が初めて彼のフルートを聞いた時にも、同じ曲を演奏していた。あの時よりも、より音色が美しくなっているような気がする。きっと、何度も練習しているのだろう。その努力が垣間見られる。
演奏が終わり、彼がフルートから口を外したのを見て、私は大きく手を叩いた。

「どうだった?」
「すごくよかった。また大倉くんのフルートが聞けるなんて、幸せ。」
彼は私の顔を見つめた後、ふいっと視線を逸らした。
「山﨑が望むなら、何度だって演奏するけど。」
「本当に?」
「僕は誰のリクエストにも応えるわけじゃない。」

彼の言葉に嬉しくなって、私はマイクを手に取った。
「山﨑?」
「お礼に歌を返そうかと。」
私は中学の合唱コンクールで歌われた自由曲を、彼の前で歌い始めた。彼も途中からマイクを持ち、一緒に歌ってくれる。歌い終わった後、彼はとても嬉しそうに笑って言った。

「やっぱり、山﨑の歌声っていいな。僕はすごく好き。」
「そんなこと言われたの、初めてだよ。」
カラオケは自分の心の中のものを吐き出す行為に似ている。皆、他の人の歌を聞いているようで、あまり聞いていない。大切なのは、自分がどれだけ歌うことでスッキリとした気分になれるか、だから。

「嘘じゃない。」
彼の言葉に何かしら凛とした響きを感じて、彼の顔を見ると、彼も私の方をじっと見つめていた。
「本当にそう思ってる。」
「分かったから、もう言わないで。」
「・・本当に分かってる?」

彼は私の隣に立った。以前よりも背も高くなったような気がする。隣に立つと、私はどうしても彼の顔を見上げざるを得ない。彼の間近に迫った真剣な眼差しに私は思わず息を呑んだ。彼は私の肩に手を載せる。多分今までにこれほど近づいたことはないかもしれない。

彼が私に向かって口を開いたのと同時に、部屋に設置された電話が音を鳴らし始めた。彼は開いた口を閉じると、電話のところに足を運ぶ。しばらく相手と会話を交わした後、こちらを振り返って言った。
「終了10分前だって。もう延長しないから、今日はこれで終わり。」
「・・そうなんだ。」
何とか言葉を発したものの、自分の鼓動が速くなっているのを感じる。彼は私に向かって何を言おうとしていたんだろう。

彼はフルートをクロスで拭きながら、ケースに詰め始めた。私は使っていたマイク類を指定の場所にしまう。
「さっき、何て言おうとしていたの?」
思い切って彼に問いかけると、彼は私の顔を見てから、ぽつりと呟いた。
「・・次に会った時に言う。」
「気になって仕方ないんだけど。」

彼は私の言葉に何のことでもないかのように返す。
「僕のことを考えていればいい。」
「・・。」
「僕は事あるごとに山﨑のことを考えていた。そのお返し。」
次はいつ会おうか。と言って、彼は私の赤くなっているであろう顔を笑って見つめた。

関連短編は以下です。本編はこれの後の話。数ヶ月後くらい?

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