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【連作短編】似た者同士 β1

水出ししたルイボスティーを飲みながら、目の前のパソコン画面に目を向ける。プログラムのソースを別の担当が構築したサーバーに対応するように書き換えていく。
今は自宅にいるのは、私だけだ。
妻と娘は、ここから離れたショッピングモールに買い物に出かけた。ランチもあちらでとると言っていたから、帰りは夕方になるだろう。
実際今日は連休中だ。でも、私は特に予定もないので、家のデスクにノートパソコンを置き、普通に仕事をしている。

パソコンに入れているグループウェアが反応する。
『言われていた作業が終了しました。確認をお願いします。』
連絡をくれたのは、同僚だった。彼女も休みなのに、私と同じように仕事をしているのか。
大きく息を吐いて、背もたれにもたれかかると、椅子がぎしっと鈍い音をたてた。

「お休み中に仕事をしていて、奥さんには嫌な顔されないのですか?」
以前の打ち合わせの時に、目の前で自分と同じようにノートパソコンに向かっている彼女に、そう問われた。
「休みの日は、奥さんは娘と行動することが多いから。」
「そういうものなのですか?」
彼女は、自分の答えに僅かに首を傾げた。

もう結婚して、20年以上になろうかというところだ。娘は高校生で、父親と連れだって外出することはほぼない。だから、休みの日は妻と娘で行動することが多く、私は仕事をするか、趣味に打ち込むかになる。
趣味は、妻と共有しているものではないので、基本休みの日は一人で過ごしていることが多い。

「でも、まぁ、そうかもしれませんね。うちも旦那さんと子どもで、休みはゲーム三昧ですし。」
そういって彼女は薄く笑う。彼女は私より5歳以上は年下で、小学生の息子がいる。もし自分に息子がいたら、きっと休みの日は、私と息子が一緒になって過ごしていたであろうから、彼女の言いたいことも分かる気がした。

「子どもは大きくなったら、異性の親は煙たく思うでしょう。」
「そうですね。自分も父親とはそれほど一緒に過ごしはしなかったですし。」
でも、ちょっと寂しいですね。そう言って、彼女は自分が発した言葉を表すかのように、寂しそうに笑った。
その表情を見て、彼女は昨年、自分の父親を亡くしていたことを思い出した。

私は、ハッとして、目の前のグループウェアの画面を見直した。
先ほど見た彼女のメッセージが表示されたままだ。私はそのメッセージに『了承』の返答を返す。
あわせて、パソコンに入っているSNSのソフトを起動し、彼女に向かって、メッセージを送った。

『連休中なのに、仕事ですか?』
メッセージはすぐに既読になり、彼女から返答が届く。
『ええ、子どもと旦那さんは2人でゲーム中なので。家事もひと段落つきましたし。』
『そうでしたか。いつもながら仕事が早いですね。』
『私より仕事が早い方に言われても。。』

彼女がパソコンかスマホを前にして、苦笑している様子が見えるようだった。私は自分の耳下に手を当てた後、少し頭の中で考えを巡らせる。
前から思っていた。彼女と自分は似ているところがあるのではないかと。
その環境も、その考えも。
似たところがある彼女に興味は引かれないけど、何となく妹のように、彼女の頑張りに報いてあげたい気持ちはある。

『次の打ち合わせは、26日だったと思いますが、その後にお茶でもどうですか?』
『お茶ですか?』
『はい。いつもサポートしてもらっているので、何か甘いものでもご馳走します。』
『それは嬉しいです。』
『では、26日に。』
『よろしくお願いします。楽しみにしてます。』

私はSNSのソフトを閉じると、ソースの書き換え作業を再開した。
後で、職場近くの店を探そうと、頭の隅に書き留めながら。

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