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【連作短編】泣く女 吉川2

【注意】
こちらは、「【短編】笑う男」の関連短編です。「【短編】笑う男」
で完結している、続きなんていらない、等思われた方は、こちらの短編を読むことはおすすめしません。
でも、何篇か関連短編書くつもりでいるので、独立したものとして、気にしないで読んでくださると嬉しいです。

職場に、とても仕事ができて、そしていつも笑みをたたえている男性がいる。
私は直接やり取りをする立場にはないし、彼と話をすることもあまりない。

私は、仕事を定時で切り上げて帰宅するけど、彼は大抵遅くまで仕事をしているらしい。残業をしているということは、仕事ができないことに直結しそうだけど、どうも仕事を進めるのが早くて、いろいろな仕事が彼に回ってきてしまうかららしい。私なら、自分に関係なさそうな急ぎでない仕事は、やんわりと断るけどな。

彼はあの笑みをたたえながら、仕事を引き受けてしまうのだろうか。
彼が上司から、「何をヘラヘラしているんだ。」と叱られている様子を目にしたこともある。その時、彼はたたえていた笑みを隠し、真面目な顔で謝る。
それに、同じ会議に出席した時、彼は笑みをたたえていなかった。
彼は、笑みをたたえる機会をわきまえているのだ。

私は、彼の笑みを見ると、なぜか心の中がぞわぞわする。
彼は職場で声を荒げることも、早口になることもない。
常に穏やかで、冷静で、淡々と仕事をこなしていく。顔にはいつもと同じ笑みを貼り付けて。
私は、彼の心からの笑顔を見たことがない。そして、心からの笑顔を見てみたいとひそかに思っている。


直属の上司から、彼のサポートに入ってほしいと言われ、私の頭の中にはクエスチョンマークがたくさん浮かんだ。
なぜ、あれほど仕事ができる人に、サポートが必要なのか分からない。上司は私の疑問をくみ取ってくれたのか、その理由を説明してくれた。
私の部署で抱えていた仕事の一部を、になえる人が今いないからと、彼に頼んだらしい。その仕事自体は着々と処理されているのだが、彼が会社で残業する時間が増えていて、さすがに問題視されたらしい。

だから、誰かサポートをつけて、彼が抱えている仕事量を軽減しようという話になって、いつも定時上がりの私に白羽の矢が立ったそうだ。
うちの部署だけでなく、彼が所属している部署の原因でもあると思うが、こちらから仕事を任したということもあって、私を派遣することで、うやむやにしたいらしい。自宅でプライベートを優先したい私にとっては、迷惑でしかないが、上司にはいろいろ優遇もきかせてもらっているし、期間は限定されているし、と私はその話を了承した。

「今日からサポートに入る西田です。」
「西田さん。ごめんね。迷惑かけちゃって。できるだけ早く終わらせるようにするから。」
彼、吉川さんが、私の方を振り向いて、一時的に私の席となった机の上に置かれた資料を説明していく。
主な内容は資料作成だ。複数の資料からデータを取り出し、EXCEL等の資料にまとめていく。作業の優先順位は既に吉川さんがつけているから、私は彼の指示通りに作業をしていけばいい。

作業自体は単純なのだが、そのために必要な資料が手元にないことがある。その場合は、会社の資料室や他部署に確認しなくてはならない。それに、その作成する資料が膨大だ。これでも彼があちこちに掛け合って、大分、量は減らしているらしい。それでも、一人で抱える量ではない。
私がサポートから外れたら、また同じことになるのでは?と思わざるを得ない。


結局、仕事に慣れるまでは、残業を余儀なくされた。
夕飯も、会社近くのコンビニで買って、会社のデスクで、2人で食べることになる。その時は、お互いの話をすることが多かった。夕飯の時くらい、仕事のことからは遠ざかりたかった。
「吉川さん、休みの日って、何しているんですか?」
「休み・・?」
なぜか言葉の語尾が上がる。まるで休みとは何だろうと、自分に問うているかのようだ。

「えっと、私は休みの日は、レンタルした映画を見ます。」
「映画かぁ。もう、何年見てないだろう。」
「見たいものがあれば、映画館にも行きますよ。私は泣ける話が好きなんです。」
そう言うと、彼は動かしていた箸を止め、私の方を見やった。
「泣ける話?」
「そうです。泣くとスッキリしますから。仕事が忙しい時とか、辛いなぁって感じる時は、自分の中で一押しの映画を見ます。それだけは、ブルーレイで購入して持っているので。」

そこまで言い切って、彼の顔を見て、私は声を上げそうになった。
彼はいつもの笑みを湛えていなかった。
それどころか、今にも泣きそうな顔をしていたのだ。
何とか声を上げずに済んだ私は、彼と視線を合わせて名前を呼んだ。
「・・吉川さん?」
「西田さん。その映画は、見ると泣けて気持ちが軽くなるの?」
「そうですけど・・。」

「なんて映画か教えてくれる?」
「興味があれば、お貸ししますよ。」
「本当に?」
彼の意外な食いつきに、私は首を縦に振った。
「あ、でも、プレイヤーがないから、見られないか。」
「・・家に見に来ますか?」
口にしてから、恥ずかしくなった。さすがに男性を自分の家に誘うのは、良くないだろうと思う。

でも、彼はその誘いに躊躇ためらいもなく乗った。
「西田さんがいいなら、見に行きたい。でも、この仕事がひと段落つくまでは、休みがないから無理だけど。」
「休みがないって・・?」
「西田さんは暦通りの休みでいいけど。俺は自宅でも仕事してるから。」
何でもないことのように口にする彼に、私は箸を置いて、彼に向き直る。

「西田さん?」
「だめです。ちゃんと休まないと。」
「でも、結局自宅に帰っても、他にやることもないし。」
「だめです。体壊しちゃいます。」
「彼女とも別れたから、心配してくれる相手もいないし。」
「・・だめです。私が心配します。」

最後に言った私の言葉に、彼は大きく目を見開いた後、その顔を緩ませた。
「西田さんって、結構言うね。」
「なんなら、泣きましょうか?」
「いや、今度映画見る時まで取っておいて。ちゃんと、近々で休み取るから。」
楽しみにしてる。と言って、彼は、普段の貼り付けたような笑みとは、何となく違う笑顔を浮かべた。

続きに当たる短編を書いています。

私の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。