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【短編小説】悪魔とドライブ

(本文2000文字)

「もっとスピード出せよ」と男が言った。
「黙ってよ」と赤毛の女は答える。
なんでこんなクソ野郎とドライブしなきゃならない?
もっと注意すべきだった。あのとき、鍵のかかってないドアを開けてはならなかったのだ。

赤毛の女はコールガールだ。その夜も馴染みの客から指名が入った。
「呼び鈴鳴らしても出なかったら勝手に入っていい」と男は言っていた。
何度か呼び鈴を鳴らしたが応答がなかった。ドアには鍵が掛かっていなかった。

馴染み客の男がナイフを持って立っていた。その前に出来たての死体があった。女は声を失い、その場にヘナヘナと座り込んだ。男が振り向く。ヤバいと思った。
男はナイフを捨てると、女の腕をつかんで外へ飛び出した。

車は高速道路に入った。最初は男のアパートの下に停めてあった車、次はレンタカー、今乗っているのは盗難車だ。レンタカーは女の免許で借りた。車を乗り換えるたびにトランクの荷物が移し替えられる。麻薬と現金だ。

「冗談のつもりだったんだ。ヤクを入れたバッグと現金のバッグは一目じゃ見分けがつかない。受け渡しのときにちょっとスキができる。その瞬間、両方持ってきちまえばいいって言ったんだ。あいつ本当にやりやがって」

「だからって殺さなくても」と女は言った。
「お前を呼んだ後に押しかけてきたんだぜ?」
「私はどうなんのよ」
「ヤクを売ったら儲けは倍だ。山分けしよう」
「その後私を殺すわけ?」
「心配すんな。お前は殺さねぇよ」

車はずっと追い越し車線を走っていた。乗ってる車は年式は古いが、状態のいいスバルだ。盗難車でなければもっと気分は良かっただろう。
「後ろから煽られてんだけど」と女は言った。
「おい、スピード出せ。追っ手だ」

男の持っている携帯電話の呼び出し音が鳴った。電話に出た男の顔色が変わる。
「分かったよ」と男は答えた。
電話を切った男が赤毛の女に話しかける。
「アシがついた」
「どうすんのよ?」
「次のインターで降りてくれ」

「ねぇ、私は全然関係ないからね」
「分かってる。その通りだ」と男は諦めた口調で言った。
「ただのコールガールだよ。巻き込まないで」
インターを降りて暗い一般道に入る。男の携帯がまた鳴る。
「そこを右だってよ」

人気のない駐車場だった。女がスバルを停める。
「お前も降りろ」
「私、何も関係ないのに」
「言うこと聞けよ」
男の手にはピストルが握られていた。
後ろから猛スピードで車が突っ込んでくる。眩しい光に目がくらんだ。

「お前、自分が何やったか分かってるか?今夜中に両方とも回収しろ」
「はい」
若い男が頭を下げた。顔中殴られた痕が残っている。カネとクスリの受渡方法を提案して管理していた。うっかり掠め取られてしまったのだ。

「ウチのところの女がヤクとカネ持って男とドライブしてるらしいんだがな」と電話してきたのはコールガール組織の支配人だった。
馴染み客がヤクとカネを盗んだ男だという。
「今、高速乗ったところだって言ってたぜ」

古いセルシオに組織の若造と売春組織の支配人が乗った。武器は一挺の拳銃だ。
「そいつはスナッチャーってあだ名でな」と支配人が言った。
「何て意味っすか」
「ひったくり。何でも人にやらせて、儲けを掠め取るんだ」

俺もうっかりしてた。見たような顔だと思ってたんだ。名前を替えてこっちに戻ってきてたんだ。整形もしてる。色んな街で同じように人を騙して逃げて、ほとぼりが冷めた頃に舞い戻ってくる。それを繰り返してんのさ。

そいつと今ドライブしてるウチの女は頭が良くてな、ピンと来たってよ。人殺しの現場に出くわしたって言ってたけど、わざとそう見せただけだろう。女は運転免許証持ってる。それを使ってレンタカーを借りさせたんだ。

どこであんたらの受け渡しの手口を知ったかは知らねぇけど、また人にやらせたんだろうな。カネとヤクをいっぺんに手に入れて、実際にやったヤツを殺す。そこにウチの女が出くわすように仕組んだんだ。汚ねぇ野郎だ。

「あの車だ」
前方にスバルが走っている。若造は連絡を入れた。車はインターチェンジで降りて、改築中のビルの駐車場で停まった。運転は女だった。
「運転まで人任せかよ」
セルシオがスバルのリアバンパーに衝突した。

衝撃とともにセルシオが急停車した。支配人がグローブボックスの拳銃を持って飛び出した。あっという間の出来事だった。支配人が助手席に向かって発砲した。次の瞬間、車内から発砲されて支配人の身体が崩れ落ちた。

赤い髪の毛の女がスバルから降りてきた。手に拳銃を持っている。もう一挺を尻のポケットに入れていた。
「運転変わりなさいよ」と女は若造に言った。「ほら、ヤクとカネ、トランクに移して。早くしろよ。やれったら」

若造は頭が混乱していた。この赤い髪の女は何者なんだ。
「西に行くとヤク売れるんだってさ。いい話じゃない?」
脇腹に拳銃を当てられながら、若造はセルシオを運転した。
「心配しないで。あんたを殺しはしないから」



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