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【短編小説】バック・イン・タウン

(本文2000文字)

「帰ってくるのか、ヤツらが?」と老人は言った。興奮で声が震えている。
「はい。そう連絡が来ました」と男は答えた。「向こうでの仕事にカタがついたと」
老人は深く頷いた。
「ザ・ボーイズ」がこの街に帰ってくる。

「何年ぶりだ?」
「十七年です」
「良く辛抱したな。残ったのはお前一人だけだ」
老人は男の手を強く握った。
「むしろ、ここからが大変で」
「他に知らせたか?」
「いえ、まずはあなたに」
「老人を敬うのはいいことだ」

街はザ・ボーイズの拠点だった。あらゆる犯罪を行う無慈悲の集団。多くの抗争事件。警察の掃討作戦を逃れ、遠くの街で武装組織として活動していた。
「準備しとかないとな」と老人は言った。
「ありがとうございます」

ザ・ボーイズは逃亡するにあたって、一人の男を街に残した。男は潜伏工作員として地道に活動を続けた。
十七年の間、街は衰退する一方だった。デパートも映画館も閉鎖され、空き家が増えて商店街から活気が失われた。

「それは俺の票になるのか?」と議員は尋ねた。
「はい」と工作員は答える。
「御老体の頼みで動くだけだからな、俺は」
「地元票をこっちで固めて、左派には工作仕掛けますよ。次の選挙も先生が勝ちます」
「分かった」

「ひぃ!」と事務員の女は叫んだ。
侵入してきた賊は黒いフルフェイスマスクで覆っていた。手に大ぶりのナイフを持っている。
「助けて!」
賊の一人が事務員を襲った。ナイフが腹をえぐる。身悶えしながら女は死んだ。

事務員の死体の脇で、もうひとりの賊が金庫をこじ開けていた。
「たんまりあるぜ」
この街の裏カジノでは専用のコインを使う。カジノで稼いだコインは、この両替屋で換金される。現金は今朝運ばれてきたばかりだった。

「殺ったのはブラッグスか?」と工作員が尋ねた。
「現場に証拠が残ってます」とスキンズのリーダーが答える。
街の裏カジノを取り仕切っているのはスキンズだ。ブラッグスは隣の街を制圧し、今はこの街を狙っている。

「街は綺麗にしておきたいな」と工作員は言った。
「ザ・ボーイズの部隊を早めに帰すことは?」とスキンズのリーダーが尋ねた。
「当局との約束で抗争は起こせないんだ」
「どうするんです?」
工作員は笑うだけだった。

映画館を中心とした街並みは古いだけに味わいもある。これを保存して、観光施設にするという話が持ち上がったことがあるが、資金繰りで頓挫した。市民には、ザ・ボーイズが暗躍していた頃の活気を懐かしむ人も多い。

「予想以上に大規模な改装ですね」と不動産屋が言った。
「資金の心配は要らない。この通りにやってくれ」と工作員が答える。
「まぁ、御老体から話は聞いてるんで。議員の先生からも頼まれてますからね。やりますよ」

「来たぞ」
「あいつら分かりやすいな」
スキンズの二人はピストルを手に暗闇から飛び出した。行く手を阻まれた男たちが立ち止まる。
「なんだ?」
二人は銃撃で答えた。一人だけ生き残らせる。車に押し込み走り去った。

目隠しを取られたブラッグスの構成員の前に一人の男が立っていた。
「よお」と男が言う。
「あ、あんた」とブラッグスが驚く。
椅子に縛られたままナイフで腕を刺される。
「訊かれたことに答えるだけだ。できるよな?」

「調子は?」と老人は尋ねた。
「上々です」と工作員は答える。
「改装は?」
「表向きはクラブです。地上階はダンスフロア、地下にカジノ置きます。本体はマネロンなんですけどね」
「今風だな」
「アップデートですよ」

街の裏カジノを仕切るスキンズは、ブラッグスに手打ちにしようと話を持ちかけた。共存共栄が今のトレンドだ。
「お互いに死人を出さないってことさ」と工作員は電話に答えた。「悪い話じゃないはずだ。穏便に行こう」

改装途中の映画館にブラッグスの幹部たちがやってきた。工作員が一人で対応した。
「ちょっと待っててくれ」と言って工作員は部屋を出ていく。
「妙だな」
部屋中にガスが噴霧される。ブラッグスの幹部は全員死亡した。

「で、そのまま埋めました」と工作員は報告した。
「事件はどうなる?」と老人が尋ねる。
「なかったことになりますね」
「ブラッグスは?」
「残りは小物です。脅して引き上げさせました」
老人は満足そうにうなづいた。

報告から三日後、老人は心不全で亡くなった。かつてザ・ボーイズと激しく抗争した「ザ・ゴースト」のボス。街の復興を誰よりも願っていた。ザ・ボーイズとザ・ゴーストは、十七年ぶりに「手打ち」になるはずだった。

その夜、街は異様な空気に包まれた。「ザ・ゴースト」という名のクラブが誕生し、遊び人が押しかけた。クラブの前に黒いセダンが着く。大柄の男が降りてきた。ザ・ボーイズのボスだ。
「久しぶりだな。帰ってきたぜ」

出迎えたのは工作員の男だった。
「ボス、お疲れ様でした」
「お前には感謝してる」
「ありがとうございます」
「お前、これからどうする?」
「元の仕事に戻ります」
ボスはふっと笑った。
「これからもよろしくな、市長」z


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