空腹がもたらすもの

子供の頃、空腹が感じられなかった。
それはけっして裕福で、いつも何かを食べていて、満たされていた、ということではなくて。お腹が空く感覚がどんなものか、想像できなかったということ。

例えば漫画で、自分より数歳年上の主人公がものすごい空腹を訴えている。
その感覚がわからない。
道端で倒れ込んでジタバタするほどの空腹感ってなんなんだ。
ただただそう思うしかなかったということ。
空腹ってどんなかんじなんだろう。
わからない。けれど、きっと、道端で暴れだすほど苦しいものなのだろう。
そう思って数年過ごした。

それがわかったのは、大人になってからだった。
それまでは、お腹は空いているのだけれど無ければ無いでたえられるような感覚だった。特に問題ない。苦しくない。でも何かあれば食べたい。そんな感覚。

大人になってから、空腹になるとお腹の奥がくーっと、それこそ空腹状態としか言いようのない感覚を覚えるようになった。なにかお腹に入れないと厳しい、苦しい。まさに道端に倒れ込んでジタバタしたくなるような感覚だ。そのときやっとあの漫画の主人公の水準に達したような悦びを覚えながらコンビニでおにぎりを買った。

いまもそれは続いている。
きっと死ぬまで続く、繰り返し覚える感覚。
空腹は耐えられないとさえ思ってきた。

けれどその感覚のさらに一歩先があることにも気づいた。
満腹になると、満たされてしまう。ということ。
胃袋の中に消化物が入り、身体中がその処理に追われる。
眠くなる。やる気が無くなる。帰りくなる。

空腹の状態で浮かんだ計画や、アイデアは、一杯のラーメンで、チャーハンで、定食で、消し飛んでしまう。また明日やればいいや。もう今日は帰ってゆるゆると過ごせばいいではないか、と。

それが残酷なことだということも知った。
それではだめだ。なにも進められない。
でも、食べないと死ぬ。
食べて栄養を体に行き渡らせないと、考えることすらできない。
当たり前に、空腹状態で考える事ができていた自分と、既にそうでなくなった自分を目の前にして、自分の体への対応を考えさせられる最近。

これから死ぬまでの間、私は私の体とさらに向き合わなければいけない。
体が動かないと、精神も動かないから。これはなかなか苦しいこと。

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