【現代ファンタジー小説】祓毘師 耶都希の復讐(16)闇への指令

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 ターゲットの右手と私の右手でガッチリと、握手を交わした。
 美人顔からほど遠い私は、出来る限り可愛く見せるために、満面の笑みで誤摩化した。男のぎこちない笑顔が、そこにあった。

「では、また」

 友だちと別れるように軽く手を振り、颯爽とパチンコ店を出た。一度も振り向かずに。

(ああ〜、疲れた〜)

 一旦立ち止まり、肩で息を吐く。
 シングルで実行する時は余計な演技が必要だが、今回はまだ楽な方だった。

(闇嘔《あんおう》、終わり!)

 そう、ターゲットとの握手の際、依頼人の“闇”というエネルゲンを注入した。あの男には痛みも痒みもなく、浸透していく。そして私の指示通りに、冒していく。

 今頃雲の上を南下しているだろう彼女から受け取った“闇”は、私の体内には一欠片《ひとかけら》も残っていない。蠢くものもなく、完了後の爽快感があった。
 無事に遂行した私の歩みは駅へと向かい、愛車の一時保管場所へ。

 不安要素は少なからずあった。
 パチンコ店の防犯カメラに私が長時間収められている、ということ。それは想定済みだから、シングルで闇嘔を実行する際は必ず、対策することにしている。
 今回は、肩甲骨辺りまでの黒艶ロングヘアにシャギー、大き目の黒ぶちメガネに長めの睫毛《まつげ》。口元右下と左こめかみには二ミリ程度、首の右側に一ミリ程度の三つの黒子《ほくろ》を付けた。脱着タイプの八重歯を特徴とした義歯。丸顔対策の小顔メイク。さらに、左手甲には青バラ、右手首にはクロスした西洋剣。シールタイプのタトゥーで印象付け。
 つまり、変装をしていた。

(まっ、子ども騙しだけどね)

 人の短期記憶性能を利用すれば、充分だった。

 ターゲット村井俊司に闇嘔した、依頼人の“闇”。体内にある時点で複数に分裂させ、それぞれに指令を植え付けてあった。プログラミングするように。

 村井は頻繁に外泊することがあったため、自宅に帰るよう風邪気味の病状にさせることが第一ステップ。鼻水を出し、咳を出させ、体温を上げるよう各器官への指令だ。

 第二ステップは、大脳皮質などに対する指令。レム睡眠中の夢は全て、部屋中に広がる火災と全身丸焼けするシーンのもの。これは、村井が子どもの時に体験した実家の火事がトラウマになっていたからだ。

 そして最終ステップ。
 幻覚と幻聴を与えることに。火災の悪夢から目覚めた時、実際部屋が火と黒煙に包まれているシーンの幻覚である。息苦しさや熱さなども誤感させることに。その際、助けを呼ぶ声を出させないために声帯にも細工を施す。

 男がマンションベランダに出た時、両隣も火事になっており、隔板《へだていた》も燃え、下階への非常階段は視野から消すことに。
 逃げ道のない男に救いの手の幻覚と幻聴。消防団の梯子車が目の前まで助けに来ている。その先端のバスケットにいるのは消防士ではなく、依頼人の元彼女。助けに来た設定。
 軽くジャンプすれば届くところまでバスケットの彼女はいる。「あなたなら大丈夫。早く跳び乗って!」という彼女のセリフを聞くことになる。
 火事にトラウマを持っている対象者は、怪しむ余裕もなく幻覚の彼女に向かって跳ぶだろう。

 もしその場面で跳ばなくても、次のプランも設定。火がベランダまで押し寄せてくる。燃え盛る部屋から燃える人影が二体、対象者に近づいていく。窓まで来ると、その人影の顔が現れる。村井が殺した依頼人の両親の顔だ。恐怖でベランダに塀上に登るだろう。燃える両親の四本の腕が男に向けて伸びてくる。同時に部屋から爆発的な炎も襲わせる。バランスを崩して落下するように……。

 もし、ベランダの塀に両腕でしがみつくならば、その際は火が男の衣服に燃え移り広がる幻覚と、胸、首、顔が火傷するような熱さと痛みを与える。同時に「手を離したほうが楽だ」と脳に囁く。下階からも火の手と舞い上がる黒煙が男を包む幻覚と、喉頭蓋《こうとうがい》を収縮させ呼吸困難状態を作り出す。苦しさに耐えきれず、自ら両手の力を抜くだろう。

 これでジ・エンド。

 全て、対象者の意識、言動に対して反応するような手筈にしてある。完璧な自殺に見せかけるために……。

 三日後……

――「二年前の不動産社長夫婦殺しの公判で、先月証拠不十分で無罪となった村井俊司さん35歳が、本日早朝、自宅マンション敷地内で死亡しているのが発見されました。警察によりますと自宅のある八階ベランダから飛び降りた可能性が高いもようです。遺書のようなものは見つかっておらず、自殺と事件の両面で捜査を続けているとのことです。では、次のニュース――」

(元婚約者……結婚……父さん、元気にしてるかなぁ……お母さん……私……結婚、自信ない……男なんてろくなやつ……男なんて……この力、伝える……子ども……私の子ども……)

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