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小説「春枕」第二章〜郭公(ほととぎす)鳴くや五月のあやめ草(1)〜
初夏。
青々とした緑が広がり、生命力に溢れる季節。
わたし笹原小百合は、ここ「春枕」の常連だ。
しばらく体調を崩して入院していて、半年ぶりにお店に顔を出した。
「ここはいつ来ても落ち着くわね」
そう言ってわたしは、扇子を出してあおいだ。
まだ五月だというのに、今日は夏日を記録していて、病み上がりの身体にこたえる。
「ねえ春花さん。今日はわたしの長いおしゃべりにお付き合い下さいね。しば
小説「春枕」プロローグ
わたくしは、桜。
奈良県吉野に自生していた山桜。
山里の集落のはずれに咲いていた、一本桜だ。
集落の人や、吉野を訪れた人たちの心を癒やしてきた。
しかし、100年以上生きたわたくしは、そろそろこの場所を出て、もっと広い世界を見てみたかった。
もっと、たくさんの人と出会ってみたかった。
だから、この木の根っこをバッサリ断ち切らせたのだ。
山の中に林道を通すため、邪魔になった木はすべて伐採された