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小説「春枕」

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小説「春枕」特別編〜海に入る難波の浦の夕日こそ〜

小説「春枕」特別編〜海に入る難波の浦の夕日こそ〜

今日は祖父の命日だった。

祖父はとても長生きで、亡くなる前日まで元気に畑仕事をしていていた。夜に床について、そのまま眠るようにして旅立ったのだった。人は大往生だと言い、わたしもそう思ったが、それでも悲しかった。

わたしを可愛がってくれた人を喪ったことは、自分を形づくる大切なピースをひとつ失ってしまったようで、とても心細かった。

わたしはまだ若いせいか「死」というものがピンとこなかった。しかし

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小説「春枕」特別編〜ふりまさる音につけても恋しきは(2)〜

小説「春枕」特別編〜ふりまさる音につけても恋しきは(2)〜

(つづき)

春花さんは、黙って僕の話に耳を傾けている。そして、温かいお茶を淹れてくれた。

「今日みたいに、朝から雨が降り続く日でした。僕は、彼女を突き放した。好きな人ができたから別れてほしい、君とはもう会えない、と。彼女は雨の中を泣きながら飛び出して行きました。彼女とはそれきり、です。

 その時は良心が咎めましたが、彼女という重荷から解放されてホッとしたというのが正直な気持ちでした。

 で

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小説「春枕」特別編〜ふりまさる音につけても恋しきは(1)〜

小説「春枕」特別編〜ふりまさる音につけても恋しきは(1)〜

梅雨。
雨がすべてを濡らす季節。

急な雨に降られた僕、水瀬大翔(たいと)は雨宿りができる場所を探して、銀座の街を歩いていた。

すると、僕の目に「春枕」というお店の看板が飛び込んできた。なんの変哲もない白い看板が、なぜか僕には光って見えた。

「いらっしゃいませ。店主の春花と申します」

店内は静かに雨音が響いていた。
僕も名前を名乗り、席に腰を下ろした。

春花さんは雨音に耳を傾けながら言った

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小説「春枕」再構想その2🌸

小説「春枕」再構想その2🌸

小説「春枕」
いくらでもストーリーが書けそうなので
現存のお話を加えて、
睦月から師走までの
12ヶ月シリーズにしようかと考え中です。

書き加えたお話は、
「特別編」としてnoteに載せます。

noteバージョンは
一章一章がとても短いので
現存のお話もまだまだ文章を書き加えたいな。

わたしはストーリー展開重視で、
キャラクター設定を
全然できていなかったことにも気づいたので、
もう一度しっ

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小説「春枕」特別編〜隔てゆく世々の面影かきくらし(2)〜

小説「春枕」特別編〜隔てゆく世々の面影かきくらし(2)〜

(つづき)

「これまでの人生でわたしはたくさんの人と出会ってきたけれど、自然と会わなくなってしまった人たちのほうが大半です。むしろ、ずっと一緒にいられる人のほうが少ない。それを思うと、人のご縁って不思議です」

わたしはしみじみと呟いた。

「長い人生を思えば、ほんの一瞬だけかりそめのように一緒にいるに過ぎないのでしょうね。まるで、雪が降り止むのを待つ間だけ、同じ屋根の下で過ごすように。人との出

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小説「春枕」特別編〜隔てゆく世々の面影かきくらし(1)〜

小説「春枕」特別編〜隔てゆく世々の面影かきくらし(1)〜

大切な友人へ捧ぐ

🌸

わたしは師走のはじめに生まれた。今年もまたひとつ歳を重ねる。イルミネーションでキラキラ輝く街と、道ゆく人びとの幸せそうな笑顔を眺めながら、帰路を急ぐ。白い雪がちらちらと舞い、わずかに髪が濡れた。ずいぶんと寒くなったなぁとコートの前をかきあわせる。今夜はなんだかちょっとだけ、寂しい。こんな夜は、ホットミルクを飲んで温まってから眠ろう。

家に着いたわたしは、ミルクのカップ

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小説「春枕」の再構想🌸

小説「春枕」の再構想🌸

小説「春枕」はnoteに投稿することを考えて、
読みやすさを重視したので
一章一章が非常に短いです。

原稿バージョンとして、
文字数の制限なしに
もっともっと文章を膨らませて書き加えたいな〜なんて思っております。
ストーリーは変えずに。

まだまだ新しく書きたいお話もあるのですよ♪

春枕を語る上でなくてはならない題材が
もう二つ!あります。

(新しいお話に関しては、noteに番外編としてアッ

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小説「春枕」エピローグ

小説「春枕」エピローグ

一年がめぐり、ふたたび春がやってきた。
今年もまた、桜の季節だ。

わたし春花は、いつもそうしているように桜の木の机を撫でた。

この木を机に仕立て上げてくれた宮大工さんは、言った。
「この桜が生きるように、自分なりに真剣に向き合います」と。

宮大工さんに新しい命を吹き込まれた桜は、確かにここで、わたしとともに生きている。

春がやってきても、もう二度と、この木は花を咲かせることはない。
しかし

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小説「春枕」第七章〜冬ながら空より花の散りくるは(2)〜

小説「春枕」第七章〜冬ながら空より花の散りくるは(2)〜

(つづき)

「そう言ってもらえると有り難いよ。

 詠み手である清原深養父はきっと、もしもこの真っ白な雪が花であったなら…この雪ぐれの空のかなたが春であったなら…と想像すると、雪は美しく、息を吐く寒さも愛おしく思えてきたのだと思うよ。

 かならず冬は終わって、春がやって来るんだ。そう、希望の春がね」

「ふふふ。さすが小説家の卵さんですね。とても詩的です。

 翔真さんに美しい春がやって来ます

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小説「春枕」第七章〜冬ながら空より花の散りくるは(1)〜

小説「春枕」第七章〜冬ながら空より花の散りくるは(1)〜

冬。
じっと耐えて、春を待つ季節。

今年も冬将軍がやって来た。まるで心まで凍ってしまうかのような辛く厳しい寒さの中、行く場所もなく、僕•水原翔真は東京の街を彷徨っていた。

金が底をつき、もう何日も食事をとっていない。彼女に捨てられ、居候していた家を追い出された。僕にはもう、何にも残っていなかった。

あまりの空腹に耐えきれず、その場にしゃがみ込んでしまった僕を怪訝な目で一瞥して、人は通り過ぎて

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小説「春枕」第六章〜心あてに折らばや折らん(2)〜

小説「春枕」第六章〜心あてに折らばや折らん(2)〜

(つづき)

「前略 横田春花さま

 先日は、お手紙いただきありがとうございました。

 春花さんの『心あてに折らばや折らん初霜の』の歌の解釈、興味深く拝読しました。

 辛く厳しいこの世界に生きていながら、美しいものや善なるものを見つめようとする、心の清らかさ。その純粋さ、芯の強さは何ものにもかえがたいものですね。とても春花さんらしい解釈だなと感じましたよ。

 春花さんが真っ白な世界を見るの

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小説「春枕」第六章〜心あてに折らばや折らん(1)〜

小説「春枕」第六章〜心あてに折らばや折らん(1)〜

晩秋。
秋も終わりに近づき、冬が近づく頃。

今朝起きて襖を開けて外に出ると、吐く息が白いことに気が付いた。いよいよこれから本格的に寒くなっていくのだ。

春枕にいらっしゃるお客さまには、熱いお茶を用意して差し上げよう。そんなことを思いながら外に出て足元を見ると、霜が下りていた。

ついに、わたしが一番好きな和歌の季節がやってきたのだ。この気持ちを誰かと分かち合いたい。

はやる気持ちでわたしは便

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小説「春枕」第五章〜恋しさはおなじ心にあらずとも(2)〜

小説「春枕」第五章〜恋しさはおなじ心にあらずとも(2)〜

(つづき)

「恋しさはおなじ心にあらずとも今宵の月を君みざらめや、ね。

 わたしがあなたを恋しく想うほど、あなたはわたしのことは想っていないだろう。それでも今夜、あなたはわたしと同じ月を見ているだろうか。

 歌の意味はざっとこんな感じ。この歌に込められている気持ち、瑞稀さんならわかるんじゃないかしら。」

「わたしは和歌って難しいからよくわからないけど…でも、なんとなくわかる気がします。

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小説「春枕」第五章〜恋しさはおなじ心にあらずとも(1)〜

小説「春枕」第五章〜恋しさはおなじ心にあらずとも(1)〜

仲秋。
一年でいちばん月が綺麗な季節。

わたし•佐々木瑞稀(みずき)には、同じクラスに好きな人がいる。完全に片想いだ。

初めて彼を知った時は何にも感じなかったのに、ある日突然「ちょっとかっこいいかも…」と思ったのが恋の始まりだった。

なぜ彼をかっこいいと思ったのか、きっかけなんてない。
他にかっこよくて女子に人気のある男の子なんていくらでもいるのに、どうして彼を好きになったんだろう。
自分で

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