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自分に甘くなりがちな心が出て来た時には、冷静に己に問うてみよう:佐藤一斎
自分ではそれなりに自らを律しているつもりでも、
ついつい己に甘い身勝手な心がもたげてきたりするものです。
そんな時に思い出したい佐藤一斎先生の言葉をご紹介します。
我が言語は、吾が耳自ら聴くべし。
我が挙動は、吾が目自ら視るべし。
視聴既に心に愧(は)じざらば、
則(すなわ)ち人も必ず服せん。
「言志四録」
★訳★
自分の言葉は、自分の耳で聴くがいい。
自分の立ち居振る舞いは自分の目で
学問の道は立派な先生につき良い友を選ぶことにある :細井平洲
細井平洲『嚶鳴館遺草』(渡邉五郎三郎現代語訳)から、
学問の道は立派な先生につき良い友を選ぶことにあるというお話をご紹介します
学問の道は立派な先生につき良い友を選ぶことにある :細井平洲
殿がまだ御若年のこと故、貴君が忠誠の心一筋にお仕えして、行く行くは名君と呼ばれるような方になっていただきたいとのお志、いまさらながらご忠誠の程感じ入っております。
いつも申し上げておりますように、一国がよく
天性の能力を引き出すのが教育の役割:伊藤仁斎
江戸時代前期に活躍した儒学者に、伊藤仁斎(1627-1705)がいます。
伊藤仁斎は、『論語』を
「最上至極宇宙第一の書」と言い、たいそう評価していました。
論語には、人として生きる道、いわゆる人間学が説かれていて、
ハッと気づかされることが多いですよね。
この『論語』の中に、孔子と弟子の子路との問答「南山の竹」というものがあり、
伊藤仁斎も『童子問』という書で、この話に絡めた訓話をしていま
指導者を選ぶときの心得:細井平洲
上杉鷹山を導いた江戸時代の陽明学者 細井平洲の『嚶鳴館遺草』から、指導者を選ぶときの心構えについての教えをご紹介します。
色々お考えになり、いよいよ御家中に学問を勧めなければならないとして、それにふさわしい儒者を雇って指導させたいが、当世の学問と言ってもそれぞれ流派があって、どれが良いか決め難いので、朱学・仁斎派・徂徠派の三派の中でどれが良いか決めよとの仰せ、承けたわまりました。
しかしながら、
殿様に学問をされると下の者が困るのだがどうしたものか、と相談された細井平洲の答えは『嚶鳴館遺草』
細井平洲は、名君と謳われた上杉鷹山が師事した江戸時代の陽明学者です。
細井平洲が弟子などに相談されたときの答えをまとめたものが『嚶鳴館遺草(おうめいかんいそう)』。
この「『嚶鳴館遺草』巻第五 のつらつらふみ 君の巻」から、殿様に学問を去れると下の者が困るのだけれどどうしたものでしょう、と相談された時に細井平洲が答えたものを現代語訳にてご紹介します。
人君は民の父母と申しますので、御主君に