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ショートショート 「覆面」

そろそろ日付が変わろうかという頃、インターホンが鳴った。
私はびっくりしてビールをこぼしてしまった。
部屋を暗くしてスプラッター映画を観ていたのだ。
尤もびっくりしたのは映画のせいばかりではなかった。
私が住むワンルームマンションは築30年を過ぎており、備え付けのインターホンシステムが旧式なのでスピーカーの音量を調節することが出来ない。
因って訪問者が来る度に、大き過ぎる呼び出し音に肝を冷やす羽目になるのだ。
今度大家に掛け合って何とかして貰おう。
ビールが勿体ない。
私は立ち上がって電気を点け、玄関に向かった。
覗き穴から様子を窺ってみると男が立っていた。
両手で前頭部を覆っているので顔は見えない。
男は私の気配を感じたようで、扉の向こうから話し掛けて来た。

「...夜分遅くにすみません。102号の者です」
「ああ、お隣さんですか。どうしました?」
「助けて下さい。暴漢に襲われたんです」
「暴漢?」
「はい。裏の掃き出し窓をノックされたので見に行ってみると男が立っていたんです。キャップを目深にかぶっていて、更に両手で額を覆っていたので顔は見えませんでした。そいつが『暴漢に襲われました。助けて下さい』と言ったもんですから、部屋に避難させてやろうと思って窓を開けたんです。そしたらいきなりハンマーで殴られて…」
「ほう」
「襲われた後、私はしばらく気を失っていました。部屋の中から見た時には気付かなかったのですが、男は覆面を…」
「通報なさってはいかがですか?」
「スマホが見当たらないんです。とりあえず中で応急手当てを…」

とその時、今度は裏の掃き出し窓をノックする音が聞こえた。
私は男との会話を切り上げて玄関を離れ、窓際に向かった。
そして閉じたカーテンにそーっと手を掛けた瞬間「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!」という断末魔の如き叫び声が部屋に響き渡った。
しかし私は驚かなかった。
その声がスプラッター映画の音声だということをすぐに察したからだ。
テレビの電源を落とすと、窓の外から男の声がした。

「...夜分遅くにすみません。103号の者です」
「ああ、お隣さんのお隣さんですか。どうしました?」
「助けて下さい。暴漢に襲われたんです」
「暴漢?」
「はい。インターホンが鳴ったので覗き穴から様子を窺ってみると男が立っていたんです。キャップを目深にかぶっていて、更に両手で額を覆っていたので顔は見えませんでした。そいつが『暴漢に襲われました。助けて下さい』と言ったもんですから、部屋に避難させてやろうと思って扉を開けたんです。そしたらいきなりハンマーで殴られて…」
「おぉ」
「襲われた後、私はしばらく気を失っていました。覗き穴から見た時には気付かなかったのですが、男は覆面を…」
「通報なさっては…」
「スマホが見当たらないんです。とりあえず中で応急手当てを…」
「ちょっと待って下さい。どうしてまた家に?」
「102号は留守だったんです」
「なるほど。それにしても、なぜわざわざ裏から…」
「だって表にはまだ暴漢がいるかも知れないでしょ?」

ここでまたインターホンが鳴ったので、私は玄関に舞い戻った。

「101号さん。いま窓をノックする音が聞こえましたが…」
「ええ。窓の向こうにいる人も暴漢に襲われたんだそうです」
「そいつはきっと暴漢ですよ!」
「ほんとですか?」
「開けちゃダメですよ、絶対に!」

と、また窓をノックする音が聞こえたので、私は窓際に戻った。

「101号さん。いまインターホンが鳴りましたね?」
「ええ。扉の向こうにいる人も暴漢に襲われたんだそうです」
「そいつはきっと暴漢ですよ!」
「ほんとですか?」
「開けちゃダメですよ、絶対に!」

私は難しい状況に立たされた。
しかしすぐに妙案を思い付き、実行に当たった。

「窓の外の方?」
「はい…」
「5分かそこらで窓を開けますから、今しばらくそこでお待ち下さい」
「あなた、ひょっとして…」
「私は護身術の訓練を受けているんです。ご安心下さい」
「危ないですよ!」
「大丈夫です。暴漢が裏に回り込んだ場合、あるいは私がやられそうな場合には必ず『逃げろ!』と叫びますから、その時は走って逃げて下さい」
「いやいや、止めたほうが…」
「大声が聞こえたとしても指示を出すまでは必ずそこに居て下さい。不用意に動くと危険ですから。いいですね? 絶対に動いちゃダメですよ」

私はそう言い残して窓際を離れ、シンクからハンマーを拾い上げて玄関に向かった。
覆面は…もういいだろう。

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