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キャノンボール2/2

帰省のプランが決まると、僕は会社から空港の保安検査場までのルートを綿密に調べた。


そして運命の日を迎えた。

カーテンを開けると空は灰色の雲に覆われ、雪が降るのではないかと心配した。
しかし朝の番組の小綺麗なお天気お姉さんが「午後は晴れる見込みです」と言っていたので胸をなでおろした。

最近買ったリュックに着替えなどの荷物を積めると自分の部屋に鍵をかけ、会社に向かった。

連休前の仕事は大掃除などでとても退屈だ。
時間が経つのが遅く感じて、よく時計をみていた。

昼休みになるともう一度交通情報を確認。
問題なさそうだ。

17時になり、僕はソワソワしていた。
退勤の時刻は17時25分。
その前に連休前の合同集会があり、顔も知らないおっちゃんが連休中の注意事項や生活習慣について話をしていた。

内心、もうええわーと思っていたので内容は把握していない。

そうしてようやく退勤の時刻を迎えた。
「よいお年をー」の挨拶で上司や同僚は続々と更衣室に向かっていく。

僕は、わざと少し遅れて更衣室に向かった。
さすがに先頭で帰るのは気が引けたからだ。

それでも、素早く着替えを済ませ更衣室を出た。

ウキウキが止まらない。
ここから10日は誰にも気を遣わなくていい。
そう思うと鎖を解かれた虎のように心が高鳴り、頭の中で『Don't stop me now』が流れる。

会社から駅までは1.2㎞。乗る電車は15分後に出発する。

駅までの道のりは仕事を終えたほかの社員がまばらに歩いていたが、何ら支障なく、3分前に着き目的の電車に乗ることができた。

僕は中央線で新宿まで行き、そこで山手線に乗り換えなければならない。

東京ではよく線路内に人が侵入して電車に遅れが生じる。

それが唯一の懸念であった僕は一番前の車両で運転手と共に安全確認を行った。

中央線は立川から東中野まで直線で見通しがよいため、横揺れを気にすることなく前方に集中することができた。

よーしいいぞー 
駅を通過する毎に順調に進んでいる電車に歓喜した。

中野あたりで新宿駅のエレベーターに近いドアの前を陣取り、駅に着きドアが開くと、エレベーターに乗り込んだ。

誰も乗りそうもなかったので、ドアを閉めたが
おじさんが急に入ってきて、おじさんを挟んでしまった。

「いてぇー」
おじさんがわざとらしくそう言って、少しむかついた。

改札口に着くとおじさんは僕より先に降りて、なおむかついた。

山手線のホームに着くと、すぐに内回りの電車が来た。
これに乗車し品川へと向かう。

一番近い車両が満員だったので、少し空いている車両に乗った。

するとさっきのおじさんがいた。

うわー最悪だー
って思った瞬間おじさんと目があった。

この人と品川まで一緒だと気まずいなー
もしかして空港まで一緒だったりしてー
と余計なことを考えていたが、心配いらなかった。

おじさんは五反田で降りたからだ。

おじさんが降りてからもおじさんのことが頭から離れなかった。

エレベーターの事を思い出し、徐々に腹が立ってくる。


「The next station is sinagawa」


皆が聞き覚えのある女性の音声アナウンスで、冷静さを取り戻す。
あわてて品川駅で降り、京急線のホームへと急ぐ。
空港行の急行電車に問題なく乗り、フゥーっとため息がこぼれる。

おじさんのせいで乗り過ごすところだった。
冬なのに手汗をびっしり搔いていた。

その後電車は空港のターミナル駅に定刻に着いて、僕は出発の20分前に保安検査場を通過。

飛行機に搭乗するまで気を引き締めた。
機内の自分の座席に座ると心の底から安堵した。

プチハプニングもありながら、リスクを恐れずにミッションを達成できたのが嬉しかった。

飛行機は少し離れた滑走路へゆっくりと向かうと、余裕をもって離陸した。

しばらくすると後方からドリンクが提供される。

ビーフコンソメスープが欲しかったが、CAが美人だったのでカッコつけてコーヒーを頼んだ。

砂糖とミルクを付けずに。

コーヒーは苦かったが、ちびちびと飲んでいるうちに福岡の夜景が眼下に広がり、気持ちが高揚した。

今までで最もスムーズな着陸で福岡空港に到着。
到着口を出ると家族が待っており、車で実家に向かった。

実家の玄関を開けるとすぐに愛犬が待っていた。
愛犬は狂喜乱舞し、うれしょんした。

愛犬とは連休中ずっと一緒に過ごし、散歩に行ったり、車でドライブしたりした。

その間は会社の人間関係の煩わしさやおじさんのことを思い出すことなく、誰よりも充実した休暇を過ごせた。

連休が終わり、出社すると歳の近い先輩から連休前の飲み会が最悪だったことを聞かされた。

この時、僕の選択が間違ってなかったことが証明され、
これ以降、僕以外の同僚も直行で帰省する人が増加した。

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