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小説 「私を 想って」

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高校二年生の鮎沢鞠毛(あゆさわ まりも)は自分の名前について悩んでいた。 でも、不器用な性格もあって相談できる友達はいない。   父、正臣(まさおみ)の再婚相手の涼花(りょうか)…
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#秘密

私を 想って 最終話

私を 想って 最終話

「お茶でも飲みましょうか」
 涼花さんがリビングにお茶の用意をしてくれた。三人で静かにお茶を飲む。なんだか照れくさいような変な感じがするけど、ホッとした気持ちもある。

「あらためて、お誕生日おめでとう」

 父と涼花さんから、誕生日プレゼントとして、ハーブの絵が描いてあるハンカチをもらった。可愛くて嬉しくてもったいなくて使えないな、と思った。

「それから、これも」

 父が四角い缶をテーブルに

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私を 想って 第二十話

私を 想って 第二十話

「もう風邪大丈夫か?」

 いつものようにキッチンで篤人が西瓜を食べている。

「一週間? もっとだっけ?」

 寧々は丁寧に西瓜の種をスプーンでとっていた。
 二人の顔を交互に見る。

「……なんかスッキリした」
 西瓜を一口食べると口の中いっぱいに水分が広がっていく。

「わかる! 熱出るとさ毒素でたーって感じでスッキリするよね」
 寧々の言葉に、だなっと篤人も頷いた。

「鞠毛に連絡しても全

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私を 想って 第十九話

私を 想って 第十九話

 コップの表面についた水滴がテーブルに落ちる。
 あれから数分が経ったけど、お父さんはなかなか話そうとしない。涼花さんが「うまく話そう、なんて思わなくていいのよ」とお父さんにアドバイスしてくれたが、父は難しい顔をして固まっている。

 私から話そう。言いたくないけれど、言うしかない。小さく息を吐き、口から無理矢理言葉を出した。

「小さな頃、借家の大家さんにあの人……あの人はあんたの父親じゃないっ

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私を 想って 第十八話

私を 想って 第十八話

 車が止まる音がした。時計を見ると、妙さんが帰ってから一時間も過ぎていた。お風呂の用意をしようと立ち上がり部屋から出る。ガラガラと玄関の戸が開く音が聞こえた。
すぐに戻るから、と涼花さんが言っていた言葉を思い出し玄関へ向かう。でもそこに涼花さんの姿はなく、代わりにずっと帰りを待ち望んでいた人が立っていた。

「……お父さん」

 父を呼んだ声が震える。驚きのあまり、どうしたらいいのかわからなくて立

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私を 想って 第十七話

私を 想って 第十七話

 家には誰もいなかった。
 自分の部屋にいき窓を開ける。むっとした暑い空気が外へ抜けていく。
目の前の景色を眺めながら、白谷のおばばの言葉や篤人との会話を思い出す。

 ずっと心に波をたてないように生きてきた。
 自分に起こった出来事は、どこか自分じゃない人の、物語の中の出来事のように思っていた。この先もきっとそんな風に生きていくと思っていたのに。最近は心の中が騒がしい。
ここに来ていろんな人

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私を 想って 第十六話

私を 想って 第十六話

 さっきまで雲一つなかったのに、今はうっすら雲が出てきている。

 はじめて近くで見た海は大きくて、私も篤人もあっという間に飲み込まれそうな迫力があった。砂浜を歩くと砂に足をとられ、よろけるたびに何度も篤人が身体を支えてくれた。

 砂浜には、折れた木が重なりあいながら砂に埋もれていて、昔本で見た恐竜の骨のように思えた。その中には座れそうなほどに立派なものもあって、どこから流れてきたのか不思議だっ

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私を 想って 第十五話

私を 想って 第十五話

 翌日、篤人の家に行き、昨夜涼花さんが話してくれたことをかいつまんで教えた。

「だから、お父さんは失踪でもなんでもないよ」
「うーん、そうなのか。でも、本当にそれだけ? 涼花さんは、本当に何も知らないのかなぁ」
「知らないと思う」
 まだ疑うの? と、篤人に対して少しあきれた。

「そういえば、篤人って、ここで生まれ育ったわけじゃないんだね」
「うん、そうだよ。あれ? 知らなかったっけ? 鞠毛と

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私を 想って 第一話

私を 想って 第一話

 思春期特有の悩みなら数年我慢すれば解決するけれど、
 私の悩みは一生続くと思う。

「鞠毛さん、そろそろ晩ご飯にしましょう」
 私は台所から呼ぶ涼花さんに「はい」と返事をして、通知表を手にとった。
 気が滅入る。その原因は、通知表の中身ではない。表紙に書かれた自分の名前だ。
 鮎沢鞠毛。
 やっと馴染んできた名前であると同時に、ずっと私を悩ませてきた名前。そしてこれからも悩ませ続けていくのだろう

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