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私を 想って 最終話

「お茶でも飲みましょうか」
 涼花さんがリビングにお茶の用意をしてくれた。三人で静かにお茶を飲む。なんだか照れくさいような変な感じがするけど、ホッとした気持ちもある。

「あらためて、お誕生日おめでとう」

 父と涼花さんから、誕生日プレゼントとして、ハーブの絵が描いてあるハンカチをもらった。可愛くて嬉しくてもったいなくて使えないな、と思った。

「それから、これも」

 父が四角い缶をテーブルに置き開いてみせた。
 その中には、母や実の父、そして小さな頃の私の写真が入っていた。

「隠していてごめんな」

 父が申し訳なさそうに言うので、頭を横に振った。
 このときお食い初めをしたんだとか、歯が生えてきたとか、熱が急に出て大変だったとか、写真を見ながらいろんな話を父が話してくれた。涼花さんも父の横で微笑んでいる。
 涼花さんが「そうそう」と言いながらあの絵本を持ってきて、私に渡してくれた。優しい青色の表紙に、無数の細い葉と薄紫の小さな花が描かれている。
「この絵本を早苗さんは鞠毛が生まれてから毎日のように読み聞かせしていたよ。まだ話しもできないのに、って啓汰が笑ってたら、話しが出来なくてもちゃんと聞こえてるのよって早苗さんも笑ってた」

 父が優しく笑った。
 私はゆっくりと絵本のページをめくる。

「早苗さん、絵本の中に出てくる魔法のハーブを気に入って、育てるようになってな。俺や啓汰が仕事に行くときにお守りっていつもポケットにそのハーブをいれてくれた。鞠毛は覚えているかわからないけれど、マリーさんって呼んでいた」

「マリーさんってローズマリーのことかしら?」

 涼花さんが一緒に絵本をのぞき込んだ。表紙と同じ植物が描かれている。ページをめくっていくと、魔法のハーブで悪い怪獣を退治する、という場面があった。

「そのハーブだけは枯らさないように気をつけてたよ。鉢に移したものを今も庭の隅に置かせてもらってる」

 あらためて最後のページに描いてある落書きのような絵をじっと見た。にっこりと笑っている三人家族の絵。

「その絵は、早苗さんが描いたものだ。自分と、鞠毛と、啓汰を描いたけどうまく描けなかったって笑ってた」

 不器用に描かれた絵を指でそっとなぞる。

「私がこの本、もらってもいい?」
「もちろんいいよ」
「ありがとう」
 そう言って絵本を大切に抱きしめた。

 順番にお風呂に入った後、
「今日くらい家族みんなで寝てみる?」
 涼花さんが突然言った。
 父と私は顔を見合わせたが無言で一緒に客間に布団を並べた。

 右側に父、私が真ん中、左側に涼花さん。
 こんな経験したことなくて、横を向けないし、どうしたらいいのかわからずぼうっと天井を見つめていたら

「川の字みたいだな」
 ボソっと父が言った。
「私、初めて川の字」
 嬉しそうに涼花さんが言う。
「あの……ちょっと、無理かも」

 なぜか緊張してしまい、すくっと立ち上がり素早く客間を出た。
「正臣さんも、自分のベッドでのほうが寝やすいかしら」
 涼花さんの慌てた声が聞こえた。
「今日はここで大丈夫」
「そう。じゃあ、鞠毛さんのお布団もそのままで」
 二人のやりとりを聞き部屋に戻った。
 その日の夜は、今までで一番ゆっくり眠ることができた。

 翌日みんなで朝ご飯を食べたが、父が目の前にいてなんだか少し落ち着かない。

「病院はもう退院したんだ。また気になることがあったら来てくれればいいと言われたよ。鞠毛も、必要ならカウンセリングを受けることもできるから」
 父は私の心配をしてくれている。
「今まで本当にごめんな。実は、病院を退院した後、早苗さんの実家に行ってきたんだ。もう、おじいさんしかいなかったよ。できれば啓汰も早苗さんと一緒のお墓にいれてもらえないかと、お願いしに行ってきたんだ。……おじいさん、許してくれてな。ようやく啓汰も早苗さんと一緒にいられるようになった。いつか、みんなでお墓参りにいきたいと思っている」
「よかった……。ね、鞠毛さん」
「うん。私も一緒に行きたい」
「ありがとう」
なんだか家族のように自然と会話が出来た。
 思いは心にしまい込むものではなく、声に出して伝える。そうすることで距離が近くなったように感じる。二人の笑顔を見てそう思った。

 父は和さんのお葬式のことや、留守にしていた間、お世話になったご近所さんに挨拶しに行ってくると出かけていった。

 久しぶりに涼花さんとハーブ畑に行く。いろんなハーブがいきいきと輝いていて、眩しくて目を細める。
 ここに来るのは夏休みの最初の日以来だった。この場所が好きだって自然に思え、嬉しい気持ちになる。もっとハーブについて勉強をしたい。この気持ちがしっかり固まったら涼花さんに伝えよう。青々としたハーブ畑で深く息を吸い込み、伸びをするとさらに元気が出てきた。
 雑貨商品に使うため二人でローズマリーを摘みはじめた。厚みのある葉に触れるたびに、すがすがしい香りが辺り一面に広がる。

「すっごくいい香り」

「ええ、でもこれを乾燥させてハーブティーにするときは、薄めないと、ちょっとどころか、ものすごく苦くて飲めないけどね」

「もしかして、和さんに飲ませていたお茶ですか?」

「そう! 正解。まさか飲んだの? 薄めても口に残る苦さだったでしょう?」

「実は薄めるの忘れて、そのまま飲んじゃって……本当に苦かったです。篤人なんて、この苦さで死ねるって言っていました」 

「その気持ちは理解できるかも」

 涼花さんがふふふ、と笑う。私もつられて笑った。
 涼花さんと私の笑い声が畑中に響き渡る。

「メイテツコウとかマンネンロウとも言うのよ。常に香りがして万年香ることが由来みたいなの」

 涼花さんはハーブのことになると、あれもこれもと話が止まらなくなるみたいだ。ローズマリーは、若返りのハーブと言われていて、ボケ防止や、頭脳明晰効果がある、とかいろんな事を教えてくれた。
「花言葉はね『追憶』『思い出』とか、あとは『変わらぬ愛』『私を思って』そんな意味があるのよ」

その言葉を聞いて胸がじんわりあたたかくなる。

 「変わらぬ愛……わたしを おもって」

 声に出してつぶやいた。
 魔法の絵本を思い出す。母は、私のことを大切に思ってくれていたに違いない。
 本当の父も。そして私のお父さんも。
 きっと、みんながそれぞれのことを大切に思っていたんだ。
 母も父も変わらぬ愛で私を思っていてくれたと、今は素直に思うことができる。
 涼花さんと出会い、こうして母の話をしながら一緒に過ごしていることがハーブの魔法のように思えた。二人の母の大切な香りをこの先も大事にしていきたい。
 ローズマリーが私に力をくれたように感じて、もう一度手に持っていた葉を顔に近づけ目を閉じる。

 そうだ、頭脳明晰効果があるなら、ぜひ篤人に飲ませてみたい。毒みたいに苦いけど、体にいい毒だよと言いながら。そうしたら、篤人はどんな顔をするだろうか。それを思い浮かべると自然と笑顔になった。

「あの、ローズマリーもう少しもらってもいいですか?」
「いいわよ」
「ありがとうございます」

 涼花さんから渡されたローズマリーの束をそっと握りしめる。
 今日は私の方から篤人を訪ねてみよう。
 このローズマリーを渡したら、きっと、何これ? って言うだろうな。
 でも、もしかしたら、花言葉を知っているかもしれない。

 私を想って。そんな気持ちをローズマリーに託す。
 そして、いつもありがとうって声に出して伝えるんだ。

 爽やかな香りのおかげで頭がスッキリしている。
 これからは、何か自分が夢中になれる物を見つけていきたい。
 涼花さんから料理を教えてもらうのもいいな。
 少しだけ、自分の未来が想像できた。
 遠い未来じゃなくてもいい。ほんの少し先の未来。それが繋がっていけば、遠い未来にも行けるような気がした。
 先のことを考えるのって、ドキドキして楽しいことなんだ。
 父が手を振りながらこっちに向かってくる。私も手を振り返す。

「涼花さん、ちょっと出かけてもいいですか?」
「ええ。気をつけてね。いってらっしゃい」

 笑顔で頷いた。
 雲一つない青空を見上げる。
 ローズマリーを握りしめ、篤人の家に向かって走り出した。                        
                                       (了)



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