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シリコンバレー最先端、スタートアップの爆速成長のカギを握る Growth (グロース)の本質

「あなたのチームは、1週間で何回実験を回せますか?」この質問に即座に的確に答えられたら、もしかしたらこの記事は読まなくていいかもしれません。

読んでいただいた方は、フェイスブック、アマゾン、ネットフリックスなど太刀打ちしようがないように思える企業や、人々が使わずにはいられないサービスを生み出すスタートアップに共通する「 Growth (グロース)」について、少しイメージが湧くのではないかと思います。

先に記事のまとめを書いておきます。

・たぶん日本語で初めて Growth の本質に言及するシリーズになると思う
・過去の「グロースハック」と言う言葉は一旦忘れてほしい
・Growth とは「統計的な根拠に基づいて事業を進歩させる」仕組みである
・Growth は特効薬でも飛び道具でもない。新しい学びと再現性のある小さな成功を積み上げ続けていく非常に地道な取り組みである。
・商品でも技術でもマーケティングでもなく、Growth が勝負を分ける

はじめまして、Kosuke Mori です。(Twitter: @kossmori ) アメリカのとあるスタートアップで、アメリカ市場のグロースを担当しています。

非エンジニア且つアメリカのスタートアップの第一線でグロースにどっぷり浸かっている日本の方にお会いしたことが無く、かなりの希少種だということを最近自覚しました。

数年前に Reforge という ブライアン・バルフォー (Brian Balfour) が創業し、a16zとアンドリュー・チェン (Andrew Chen) が出資した グロースに関するブートキャンプにも参加しました。 

フェイスブック、グーグル、ネットフリックスはもちろん、エアビー、スラック、テスラから名もないスタートアップまで、日中は各産業をディスラプトしようとしている現役バリバリの猛者達が自己成長のために集い、過去に4000人近くの修了生がいます。(過去に参加した日本人は私を含め片手で数えられる程度...)

ちゃんとした自己紹介は、読者が増えてきたらしようかと思います。

以下記事内では、グロースを敢えて 「Growth」 と書かせてもらうのですが、 この記事では Growth の概念的な部分と、「なぜ」Growth なのかを中心に、次回以降は何が重要なのか、何をどう実行していくのかなどついて書いていく (予定) です。

記事の背景

最近複数の日本のスタートアップにメンターとして関わる機会を頂いているのですが、皆様の事業のグロースに関する事前情報が乏しいことを肌で実感し始めていて、「これはちょっとまずいぞ」と思っていたら、そもそも Growth に関する日本語での情報源がほとんど無い。

(あったとしてもだいたいが的を得ていない......)

アメリカ現地のスタートアップで活躍する日本人の母数が非常に少ない現実と、英語という言語の壁が重なって、Growth の概念を見聞きする機会自体が無いのではという仮定のもと、シリコンバレーのスタートアップが日々学び実践しているリアルな Growth について、不定期で書いてみようかなと思ったわけです。

グロース「ハック」について語っているつもりの全ての人に届いてほしいという願いも込めて........。

Growth ≠ グロースハック

Growth を一言で定義するのはなかなか難しいのですが、Growth は決まった手法を意味する言葉ではなく、「成長を意図的に最大化」するために、実験と仮設検証に基づいた確固たる根拠をベースに、事業にとって最も重要な指標を向上させていく「仕組み」及び「マインドセット」といったほうがしっくりくると思います。

再現性がある小さな成功を高速で確実に積み上げていくプロセス。それこそが、シリコンバレーのトップスタートアップの凄まじい成長を加速させる成長エンジンで、各社で常にブラッシュアップされ続け、現在では少しづつ体系化されつつもあります。(前述した Reforge や、GoPractice など)

日本では2014年頃に「グロースハック」という言葉が一瞬流行ったものの、あまり文化としては浸透しなかったことに加え、「ハック」という言葉尻が独り歩きしてしまった感があります。

(定着しなかった理由は私なりの仮説があるのですが、それはまた別の機会に書こうかと思います。)

というわけでご自身の中にあるグロースハックへのイメージは、一旦忘れてみてください。(ただ、ショーン・エリスの Hacking Growth は入門編としての超良書なので、読んだことがなければ是非読んでみてください。)

Growth サイクル

グロースハックという言葉を忘れた前提で、本題に入りましょう。

先程「実験と仮説検証に基づいた確固たる根拠がベース」と書いたのですが、Growth は徹底的な優先順位付けを行い、日々の実験 (Growth Experiment) を通じて学び (Learnings) を得て、増幅させ、その複利を取り込んで更なる成長 (More Growth) を模索するサイクルを高速で繰り返すことを基本的な行動指針としています。

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・学び - より早くより深い学びとデータ、仮説を得て、現状をアップデート。次の Growth に活かす

・リソース - Growth によって得た利益、資金、ユーザー、人材を再投資。
次の Growth に活かす

「興味を持ってもらうには?」「興味を持ってくれた人達を買う気にさせるには?」「新規ユーザーを定着させるには?」「5秒でも長くつかってもらうには?」「その日のうちにも戻ってきてもらうには?」のような問いに対して、オンラインでの対照実験 ( A/B テスト) を行い、統計的有意差が出たもののみが実装されるというプロセスを繰り返します

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実験は10回中8回は「失敗」する (追っている指標に前向きな影響をもたらさない) ことが当たり前ですが、失敗でも必ず新しい学びと仮説を得ることができます。

そして「成功」( 指標への影響に統計的有意差あり)した場合は、その時点でほぼ必ず事業に好影響が生まれます。

Growth の取り組みは、事業成長の施策に憶測や先入観、運の要素が入ることを最小限にできる科学的なアプローチなのです。

実験の回数が多ければ多いほど、新たに次の (統計的有意差がある)「成功」を見つける機会が増えますし、実験から得られた新たな学びは次の実験の候補と打率を上げる要因になります。

「成功」からの複利を再投資することで大きな母集団 (サンプルサイズ) で実験が行えるようになり、実験サイクルの「速度」が上がります。

更に、より早く実験を回せることは、より早くフィードバックが返ってくることと同義なので、外部環境の変化にすぐに順応できることにも繋がります。

フェイスブック、アマゾン、グーグルなどの Growth チームではそれぞれ毎週200個以上の実験を行っていると言われています。実験の成功率が5%だったとしても、統計的に有意差のある事業成長の機会を毎週10個、年に530個見つけていることになります。さらに、年に10,000回以上、「失敗」から学んでいるのです。

私の所属しているチームでは、3年前は週に3個の実験が限界でした。実験に使える母集団 (サンプルサイズ) と、実験に関わる人材の規模 (リソース) の違いです。

地道な積み重ねの結果、今では多くて週に15個できるようになりました。さらには、フェイスブック、ネットフリックス、エアビー、グーグルなどで最前線で活躍していた人材が当たり前のように入社してくるようにもなりました。

複利の成長サイクルのイメージは湧きましたでしょうか。

Growth のちから

世界で初めて Growth チームが組織されたのは2008年。

今では次世代のウォーレン・バフェットといわれているチャマス・パリハピティヤ (Chamath Palihapitiya) がフェイスブックの「Head of Growth」として敏腕をふるい、2012年までの5年間、当初の周りの見立ての3倍以上のペースで MAU を成長させていきました。(下図 オレンジ vs 黄色)

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その成長がチャマスの率いる Growth チームの活躍だったことで、シリコンバレーのトップスタートアップ達がそれぞれ Growth チームを組織するようになったのです。(ズーム、エアビー、スラック、ウーバーなど)

具体的には何をしたんでしょう? 前述したとおり、大規模な対象実験の高速な繰り返しです。

より多くの人に興味を持ってもらうために、興味を持ってくれた人がスムーズに始められるように、新規ユーザーに定着してもらうために、5秒でも長く滞在してもらうために、毎日何度でも戻ってきてもらうために、より関連性の高い広告をユーザーに配信するために、Growth は対象実験を通じて人間の習性を「ハック」したんです。

広告、ユーザー獲得、オンボーディングからUI/UX に至るまで全てに Growth のアプローチを当てはめ、事業の重要な指標に直結するユーザー心理や行動、無意識や習慣などを統計的に分析し、事業に落とし込んでいきました。

インスタを使わずにはいられない理由、ネットフリックスを見続けてしまう理由、なんとなくアマゾンで商品を買ってしまう理由、太刀打ちしようがないように思える企業のそれはだいたい Growth のプロセスをひたすら回し続けた (そしてこの瞬間も回し続けている) 結果論であるのだけれど、それは複利の成長を地道に積み上げ続けた先に生まれた防御力でもあります。真似しようとして明日真似はできないし、その間に相手は一歩先に進みます。

Growth こそが成長の根幹

Growth で手に入れたアウトプットを複利として取り込んで更なる成長(More Growth)を模索するサイクルを繰り返すことで、その事業には他社に真似が出来ない市場適応能力、情報量、機敏性、独自性が生まれていきます。

だからこそ、今持っているテクノロジーでもプロダクトでもマーケティングでもなく、Growth こそが事業成長の根幹で、Growth の差で勝負が決まるという考えが、シリコンバレーのトップスタートアップ達の共通概念になっています。


どういうことでしょう........?


少し歴史の話になりますが、過去の事業の成功要因を超簡略化してみるとこうなります。

過去の成功要因
1990年代まで:素晴らしいテクノロジー
2000年代:素晴らしいテクノロジー + 素晴らしいプロダクト
2010年代 前半:素晴らしいテクノロジー + 素晴らしいプロダクト + 流通網
2015年以降:????(後述)

流通網ついてはペイパル創業者のピーター・ティールも著書の 「ZERO TO ONE」で

"Poor distribution - not product - is the number one cause of failure." 
- プロダクトが原因ではなく、流通網の弱さが失敗の一番の原因となる  - 

と述べています。

プロダクトやテクノロジーは誰にでもすぐコピーでき、コモデティ化するので差別化要因にならない。クソみたいなプロダクトなのに会社の知名度のおかげで市場では強いといった状況は良く見かけますが、その逆の「超良いプロダクトなのにユーザーに見つけてもらえない」という状況もまた然り。

アンドリュー・ボスワース (Facebook の VP) の言葉では

“The best product doesn't always win. The one everyone uses wins”
- 最も優れたプロダクトが市場で勝つとは限らない、誰もが使うプロダクトが勝つ -

結局、プロダクトの良さは事業の成長に直結はしないというスタンスです。しかもそれは、一昔前の話。

2015年以降から現在にかけて市場の状態も日々急速に進化しています。

去年生まれたテクノロジーが今年はもう時代遅れ、去年市場を席巻したプレイヤーが今年には虫の息。なんてこともしばしば。

具体的に何が変化したかというと、大きなものでは以下のような変化がありました。(より詳細な内容は、別の記事に書こうかと思います。)

2010年〜現在までの市場の変化
・流通網の高額化、淘汰:流通網の淘汰、統合によって、限られた土俵での戦いになり、トラフィックの奪い合いが激化。寡占化したことでチャネルは飽和状態、ますます高額に。

・分析コストが激減、分析が容易に:アナリティクスツールが発展、洗練され、個々のユーザーデータや事業の取り組み自体を分析するコストが激減。 

・流通網の短命化:データ分析の発展によって、流通網に対する最適なアプローチ(攻略法)をだれもが見つけやすくなったことで、戦略すらもがコモディティ化し、効果の期待できる流通網の寿命が短い。

・ユーザーにとっての選択肢の増加:ユーザーにとって、あなたの商品でなければいけない理由は日々減っていく。マーケティング、プロダクト、テクノロジー、デザインの全てがユーザーを増やし (Acquisiton, Conversion) 、留め (Retention) 、 事業を支える (Monetize) ことに直接寄与する必要性が生まれた。

ということで、年々様変わりする市場で事業が突き抜けるには、ユーザー獲得、ユーザー維持、マネタイズの手法を進化させ続ける「プロセス」と、独自の成長のレバーを見つけ最適化させていく事が不可欠になりました。

この仕組みこそが、現在の Growth の役割です。

ただし、Growth は特効薬でも飛び道具でもありません。地図のない中で泥臭く次の成長のきっかけを探し続ける地道な活動です。数撃ちゃ当たるでもありません、時間はいくらお金を払っても増やせない有限な資産です。お金もかかります。

だからこそ徹底的な優先順位付けと、何を目標として設定し、何に向かって進んでいくかが最も重要です。

不可欠な2つの数値指標① 

1つ目は、事業にとって最も重要な指標を見つけ出すことです。北極星指標 (North Star Metric)、OMTM (One Metric That Matters) など、いろいろな言い方が出てきますが、呼び方は何でもいい。

「事業の健康状態」がひと目で分かる指標です。利用者が享受できている価値と、ビジネスとしての価値、その両方からの影響を受けるものでなければいけません。

この指標は「利用者へ価値を提供できればできるほど、ビジネスとして成長している」という事が明確にわかる数値です。ですので、決して「売上」ではありません(ビジネスの要因しか含まれていない)、「顧客数」でもありません。

事業によってそれぞれ違います、ステージによっても違います。でもこれ無しには Growth はうまく行かないといっても過言ではありません。

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この点が PMF (サービスに対して、現在時点で多くの利用者がその価値を見出してくれている状態) が見える前に Growth のサイクルを回すのに苦労する理由の一つです。

(余談:PMF 前に Growth はいらないという方がいますが、それは全くの勘違いです。むしろ PMF 前こそ Growth の真骨頂でもあります。それはまた別の記事で。)

これだけで本が一冊書けるようなテーマ (それくらい難しい) なのでここではあまり深堀りはできませんが、この指標は時間軸で浮き沈みを追うことができ、具体的で、測定可能なものである必要があります。事業のミッションと合致している場合が多いです。

参考までにいくつかの例を上げてみます。

インスタグラム:
一日あたりの平均セッション継続時間 
ズーム:
一週間あたりに開催されたミーティング数
エアビー:
?ヶ月あたりに予約された宿泊日数

*例えのためかなり削ぎ落としてシンプルにしています

Growth の仕組みにおいて全ての組織の取り組みと目標は、この指標に影響を与える成長のレバーを毎週数パーセントずつ向上させるためのものとして位置づけられます。

例えば、ビデオカンファレンスの会社では、以下のようなものが考えられます。(もし中の人が読んでくださっていて、過不足ありましたらご指摘ください。) 

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毎週数パーセントの成功を複利で回すとどうなるか、考えてみてください。

事業のステージに合わせて数年単位で変わるかもしれません。ただ、数ヶ月でコロコロ変わるものではありません。1つに絞らないといけないわけではありませんが、多くても数個。全てが同じ方向に向いているべきです。

不可欠な2つの数値指標②

2つ目は、一日単位の想定売上を獲得コスト (CAC: Customer Aquisiton Cost)で割った比率です。これを毎日毎日追跡できるようになる必要があります

例えば本日の売上、本日獲得したユーザーから先1ヶ月で得られるはずの売上など。短い時間軸で確定できる数字がより良いです。

バーンレート (資金燃焼率) が健全であるという前提ですが、 LTV (Life Time Value:顧客生涯価値) や売上原価 (COGS) は事業の次のステージで改善する余地がいくらでもあるため、アーリーステージではこの指標に含めないことも多いです。

この比率はもちろん様々な要因からの影響を受けます。以下のようなものが要素として考えられます。

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想定売上 ÷ 獲得コスト が1以上か1以下かという事実よりも、いくら使ったら、いくら戻ってくるのかを毎日追跡できることに意味があります。

測れないものは、改善しようがないんです。逆に言えば、測れるようになったものは Growth で間違いなく改善することができます。

ユーザーと事業の主要な接点を定量的に捉え、日々測定、比較が可能になっていることが、Growth のスタートラインです。

Growth の構成要素 (次回へ続く...)

今回Growth の概念的な部分と、「なぜ」についてはある程度まとめれた気がしているのですが、肝心の「How」については、今後書いていこうといます。ヒントは:

次回以降へのキーワード
徹底的な優先順位づけ (Ruthless Prioritization)
行動科学 (Behavioral Science)、行動経済学 (Behavioral Economics)
結果と仮説 (Results and Hypothesis)
ベースライン (Baseline)、実験環境 (Sandbox)
KPI (Key Performance Indicator)、評価基準 (Metrics)
ユニットエコノミクス (Unit Economics)
データから得られる仮説を踏まえた意思決定 (Data-Informed decision)
元に戻せる意思決定 (Reversible decision)
測れないものを測る (How to measure immeasurable)
統計的有意差 (Statistical Significance)
先行指標 (Leading Indicators)、遅行指標 (Lagging Indicators)
PMF (Product-Market Fit - プロダクトマーケットフィット)
Model-Channel Fit、Product-Channel Fit 
TAM (Total Addressable Market - 獲得可能な最大市場規模)
SAM (Serviceable Addressable Market - 実際に提供可能な市場規模)

ここまで読んでいただきありがとうございます。本当にお疲れさまでした!!良い記事だと思ったら、Twitterでシェアいただけたら嬉しいです。正しい Growth の概念が広まっていきますように。Twitter でも内容の濃くクオリティ高めのものを投稿しますので フォローしてみてください。(Twitter: @kossmori )

プロダクトマーケットフィット (PMF) と プロダクトチャネルフィット (PCF)について、別の記事にまとめました

PMF, PCF 前の Growth チームの役割に関してはこちら

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