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水越杏子(こしあん)
2021年12月5日 20:42
仕事終わりに小料理屋に行くことになった。「腹を割って話そう」と誘ってきた上司は客先への緊急対応のため、俺一人で先に向かう。曰く、大将は堅気で目利きは一流らしい。店に入ってカウンター席に腰を下ろす。いくつか個室もあり、中の様子は伺えないが先客がいるようだ。女将が静々とそのうちの一つに入った。「坊主殺しです」場にそぐわない物騒な言葉に思わず聞き耳を立てる。「良い鉄砲が入っていますが
2021年12月2日 21:15
君が遠くへ行ってしまってからもう1年も経つんだね。あの子は相変わらずちょっと素っ気ないけど、健やかに成長しているよ。いつもは学校に置き勉して身軽な状態で帰ってくるのに、今日は大きな荷物を抱えていてね。それが何かを聞いても目をそらして、「お父さんには関係ない」なんて言うんだよ。1年前のあの日もそんな感じだったっけ。君が「朝ご飯食べなきゃ力でないわよ」って声をかけたら、「お母さんには関係ない
2021年11月27日 14:31
「一文字でヒトを程々に怒らせたやつが勝ちだ」ページを捲ると所々虫食いがあった。古い本の宿命なのかもしれない。でも、私だって伊達に文学少女をしていない。『二郎、人を○弄するにも程があるぞ』弄の字だけでも意味が通るな「熟語を歯抜けにすれば困ると思ったのに」『三郎の胸元で○翠のペンダントが揺れた』この字、翡翠くらいでしか見ないわね「複雑な字でも駄目か」『ホテルのロビ○に一郎が
2021年11月24日 21:11
最近、公民館の予約表に『おじいちゃん部』がよく登場する。「何かしら、おじいちゃん部って。老人会の男性版?」「キャッチコピーはアンチアンチエイジングだって」ポスターを見て私は母に答えた。遠い耳は補聴器、曲がる腰は矯正下着、深い皺は美容整形。この半世紀で進歩した医療や科学の技術のおかげで、老人も若者と何ら変わらない見た目と暮らしぶりをしている。対して、この部はあるべき姿のまま自然
2021年11月23日 09:42
その男は毎日のように路上でピアノ演奏のパフォーマンスをしていた。彼の演奏はそれは素晴らしく、観客たちから毎回のように多くの投げ銭による収入を得ていた。しかし、ある日のこと急に演奏が止まってしまった。演奏中しているのは間違いなく自分だ。にもかかわらず自分以外の存在を日毎に強く感じるようになり、その違和感に耐えられなくなってしまったのだ。少しの静寂の後、指が勝手に調和も何も無い旋律を