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短編小説

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#ショートショート

言葉の足りない料理店 ┃#完成された物語

言葉の足りない料理店 ┃#完成された物語

仕事終わりに小料理屋に行くことになった。
「腹を割って話そう」と誘ってきた上司は客先への緊急対応のため、俺一人で先に向かう。
曰く、大将は堅気で目利きは一流らしい。

店に入ってカウンター席に腰を下ろす。
いくつか個室もあり、中の様子は伺えないが先客がいるようだ。

女将が静々とそのうちの一つに入った。
「坊主殺しです」
場にそぐわない物騒な言葉に思わず聞き耳を立てる。
「良い鉄砲が入っていますが

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君にしか見えない ┃#完成された物語

君にしか見えない ┃#完成された物語

君が遠くへ行ってしまってからもう1年も経つんだね。
あの子は相変わらずちょっと素っ気ないけど、健やかに成長しているよ。
いつもは学校に置き勉して身軽な状態で帰ってくるのに、今日は大きな荷物を抱えていてね。
それが何かを聞いても目をそらして、「お父さんには関係ない」なんて言うんだよ。
1年前のあの日もそんな感じだったっけ。
君が「朝ご飯食べなきゃ力でないわよ」って声をかけたら、「お母さんには関係ない

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昆虫たちのチキンレース ┃#完成された物語

「一文字でヒトを程々に怒らせたやつが勝ちだ」

ページを捲ると所々虫食いがあった。
古い本の宿命なのかもしれない。
でも、私だって伊達に文学少女をしていない。

『二郎、人を○弄するにも程があるぞ』
弄の字だけでも意味が通るな
「熟語を歯抜けにすれば困ると思ったのに」

『三郎の胸元で○翠のペンダントが揺れた』
この字、翡翠くらいでしか見ないわね
「複雑な字でも駄目か」

『ホテルのロビ○に一郎が

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おじいちゃん部|#完成された物語

最近、公民館の予約表に『おじいちゃん部』がよく登場する。

「何かしら、おじいちゃん部って。老人会の男性版?」

「キャッチコピーはアンチアンチエイジングだって」
ポスターを見て私は母に答えた。

遠い耳は補聴器、曲がる腰は矯正下着、深い皺は美容整形。

この半世紀で進歩した医療や科学の技術のおかげで、老人も若者と何ら変わらない見た目と暮らしぶりをしている。

対して、この部はあるべき姿のまま自然

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しゃべるピアノ|#完成された物語

しゃべるピアノ|#完成された物語

その男は毎日のように路上でピアノ演奏のパフォーマンスをしていた。

彼の演奏はそれは素晴らしく、観客たちから毎回のように多くの投げ銭による収入を得ていた。

しかし、ある日のこと急に演奏が止まってしまった。

演奏中しているのは間違いなく自分だ。
にもかかわらず自分以外の存在を日毎に強く感じるようになり、その違和感に耐えられなくなってしまったのだ。

少しの静寂の後、指が勝手に調和も何も無い旋律を

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