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【書評】この人から受け継ぐもの

#読書の秋2022

●井上ひさし著『この人から受け継ぐもの』<岩波現代文庫>(19)

吉野作造、宮沢賢治、丸山眞男に関する講演記録と、朝日新聞夕刊に連載されたチェーホフに関する投稿と、未完だが『図書』に連載された「笑いについて」というエッセイを纏めた一冊である。

吉野作造に関する03年の講演記録では、「大正デモクラシー」思想の正当性や、日本国憲法が押し付けられたものではない事実を強調されている。

宮沢賢治の章は、89年の講演記録。読者の幅が広く、世界的にもファンの多い賢治作品の魅力はどこにあるかを説明されている。さらに、賢治の生涯や思想から環境問題への繋がり(人間・動物・自然を同一視している)が述べられる。前章の吉野作造編の「憲法」に続き、「環境」も、現在の社会問題として存在する事で、その重要性に気付かされる。いまだに、スッキリと解決していないところが辛い。

丸山眞男の章は01年の講演記録。戦争責任について述べられている。筆者によれば、丸山眞男は「やさしい態度を持って厳しい事を書く学者」だと言う。そのまま筆者の姿勢のようにも思う。筆者が手に入れた「箱根会談」の資料(連合国側と手を結ぼうとするソ連に対し、日本側に引き付けようとする思惑を持った、表立ってはいない会談)を元に、日本側の情報不足による認識の甘さが語られている。

チェーホフの章では、彼の、苦しくても懸命に生きる人々にスポットを当て、笑劇を通して人間模様を描く一貫した姿勢が述べられている。チェーホフに関しては不勉強で、偉大な劇作家としてしか把握していない。「笑い」のフィルターを活用した作家だとは知らなかった。生活ぶりも、無料で診療したり、手出しで小学校を建設したりしている。大いに興味が生まれた。

「笑いについて」は、イギリスの喜劇作家、ジョン・ウェルズ、哲学者アリストテレス、ルイ16世、ヴォードヴィル(アメリカではなくフランスのヴォードヴィル)作家のスクリーヴを取り上げて(他の登場人物も多数)、「笑いの正体」を考察しようと試みた一作。後半には、笑いを作る方法について述べられていると書かれているが、残念な事に未完の為、話はそこまで進まずに終わっている。しかし、笑いのポイントの解説は仔細にわたり読み応え十分だ。


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