AI画像で連想SF小説 / 機械の中のアリス.11
場面.11「リバース」
Mr.ロストハット。そう呼ぶことにしたあの男の顛末がどうであれ、同情しているアリスだったが、挨拶せず名前を聞き忘れた事もあり、呼称を付けてそれに代える事にした。アリスはMr.ロストハットとジャーマネ兄弟が消えて行った方角へは行く気になれず、敢えて反対の道を進んだ。
そして来た時の壁まで戻りそこに手を入れると、そこはまだ透けてる壁だったが、それが元の場所行きではない事は分かっていたし、少し怖いとも思った。時計ウサギに追われた時はただ必死だったし、カフェテリアに行く時はマザーシップが背中を押してくれている気がしていたし、カフェを出る時もその後も、ここまで一人きりではなかった事を思い返して、悲しくなった。
カルテカみたいに、シマネコの足跡のような目的でもあればと考えたが、それらしいものは何も思い浮かばなかった。あえてそれを上げるとしたら、あの声が言った、探して、くらいだが、相変わらず意味がわからない。それより探すなら出口だろうかと、そんな事に考えを巡らせながら出来ることは結局、ただ進むことだけ。アリスは自分の意思に集中して、もと来た透けてる壁を一人でくぐった。
そして出た場所は残念な事に、Mr.ロストハットが居た場所と変わり映えのしない暗がりだった。その似たような雰囲気に包まれて、アリスは自分が移動しなかったのではと疑った。そこで試しにすぐ後ろに手を伸ばしてみると、そこはあの、ぷにょぷにょ。見えない壁に変わってしまっていた。
アリスはいよいよ覚悟を決めて、その薄暗がりをどこへともなく歩き始めた。すると大した距離を進んだわけでもないところで周囲が薄明るくなり、まるで自動で点灯する街灯のように、見えない光源からの明かりがアリスを包み込んだ。
こういう仕掛けは人を迎える場所にあるものだとアリスは思った。すると向こうの方から何かがとぼとぼと歩いてくるのが見えた。それが近づいてくる間、目を凝らして観察していたアリスは驚きはしたものの、不思議と怖いとは思わなかった。
それは人のように直立二足歩行をする犬だった。中型犬くらいの大きさで、その背はアリスよりも低いくらいだった。頭部は明らかに犬のそれだったが獰猛な印象は全く無く、ふさふさした尻尾を左右に振りながら歩いてくる姿には、どこか愛嬌すらあった。
そんな犬人がアリスの前まで来た所で「お久しぶりです」と、すこし上ずった子供っぽい声で発話した。「アリスです」とぎこちなく挨拶すると、相手は前足というか腕を前で合わせてお辞儀したが、首が犬のままだからなのか、人のように深く下げる事は出来ないのだと分かった。
ここはシミュレーションで人と犬のハイブリッドを創ったエリアかも知れないとアリスは想像した。首を含めた体の動きを見ると、それは骨格からデザインされ、その躯体に声帯や知能が付与されている感じだった。
犬人の姿そのものには不気味さは感じないものの、その目的を想像すると釈然とはしなかったが、しかしそれを生体として実験するのではなく、シミュレーションでやったのだとしたら、それは少しはマシなのかもとアリスは思った。
こうした事はメタバリアムのエリア活動全盛期には、それこそ無数に盛大に、あちこちで展開されていたのかも知れず、ここはもしかしたら、そうした場所の一つ。残存しているエリアなのかも知れないと想像した。
そんな犬人に案内されて暫く行くと、壁は無く床と柱と屋根からなる柔らかいフォルムの小さな建物に行きついた。というかほんの少し歩いたところで、それが見えるようになったというのが、正直な印象だ。
中には複数の椅子と広めのテーブルがあり、アリスはその一つを薦められて着席した。犬人はアリスを見つめながら、明らかに何かを期待している様子だったが、戸惑っているアリスを前についに待ちきれず「今日はどんなお話ですか?」と言った。
床を拭くような勢いで尻尾をゆらゆらさせている相手を前に、アリスは悪いことをしたような気持ちになった。状況から察するに自分は他の誰かと間違われていて、相手はその誰かがするであろう事を楽しみにしている様子なのだ。
そこで苦し紛れに名前を聞いていない事を思い出し「お名前は?」と言うと「それならアリス様と、もう聞きましたよ」と、その答え方がさも普通であるように返してきた。なるほど名前は無いのだとアリスは思った。
テーブルの上には用途の知れない道具のようなものが散らかっていた。その中で四角いフレーム付きのモニターのようなものが目に止まり、アリスがそれを持ち上げると、その面にゆっくりと回転する銀河のような動画が表示された。
「これは何?」とそれを犬人に見せると「はい、記憶のお話ですね。分かりました」と言うのを聞いて、変な答え方だと思っていると「ちゃんと覚えていますよ。それは私達が生まれた星々です。星々は遠いところで、そこでは皆様とお話できないから、私達はここへ来ました。間違いないですよね?」と首を傾げて、こちらの返答を待った。
皆様、と言ったのを聞き逃さなかったアリスは、ここへは複数の人物が訪れていたのだと考えた。そしてこの場合自分の役割は多分教師だと思った。
テーブルに散らばっている色々な物について、それぞれ回答させる事でその記憶を確認していたのかもしれない。しかしここはメタバリアムの中なのだから、シミュレーションで生成されている対象の記憶力など、数値で確認するとかでは済まなかったのだろうか。わざわざ対面で会話してまでする事の意味が、アリスには全く分からなかった。
しかしそれとは別に気付いた事もある。フレームの中の回転する銀河のようなもの。それを改めてよく見ると、それは複数の生命螺旋が回転している様子だった。螺旋に閉じられた四色の光点が美しく光りながら回転する様子は、さながら複雑な星図のようだが、時々無数の光点が一斉に重なり五色目の色に変わったかと見ると、回転は続き光点は元の色に戻り、それが繰り返される事で美しく明滅する一枚の星図のように見えている。
それを眺めていたアリスは、光点の重なりに意味があるのだと直感した。重なった部分は同じ構造の同じ光点で、それは見方を変えれば複数の螺旋に共通する重複部分でもある。つまり絵は重複圧縮、圧縮して融合するというエクソダシスの考えを表していると推理した。
モノフォシスの言う融合とは、成体としての各個人の思考なり記憶なりを融合するというのではなく、生命螺旋を融合するという事なのかも知れない。でもそれなら各自の生命螺旋をデータ保存して、必要な時にプリントすればいいだけの事を、なぜそれらを圧縮融合しようとするのか。
疑問ばかりが増えていく現状で、頭が本のビブリアンとやらに会えたら、それこそ訊きたい事ばかりな自分こそが教師ではなく生徒だと思いながら、眼の前の犬人には「それで間違いないですよ」と言って星図を置いた。
さも嬉しそうにしている犬人を見ると、この先どうして上げればいいのかと途方に暮れながらテーブルの上を見ると、こまごまとした物が雑然としている中で、一箇所だけ何も無いところがある事に気が付いた。
そこは上下に金属の棒が並行して置いてあるだけで、その間には何もなく、アリスはそれを指し示しながら「これはなんですか?」と犬人に話しかけた。
すると犬人は一度アリスを凝視してからテーブルに視線を移し、上の金属棒から下のそれへと短い指を広げてなぞるような仕草をした。すると上下の金属棒の間に奇妙な絵柄のカードが一枚表示され、犬人は「占術です」と言った。
占術というのは、何かを使って適当な予想とか推理をする遊びだったかとアリスは思った。しかし念の為「占術とはなんですか?」といかにも教師らしく質問すると「占術とはカードの意味から、対象や事象についての物語を組み立てる知育です」「つまり当たり外れは問題ではないという事ですか?」「はい。占術は連想予測の道具ではありません。物語を組み立てて、その物語と対象との関係から、更に物語を組み替えていくという、物語の出発点を作り出す道具です。」
続けて犬人は言った。「これはアリス様の現在の物語です。リーディングします。塔のリバースは、変化や崩壊を恐れず、それと向き合い乗り越える時、という物語です。アリス様はこれをどう解釈変更しますか?」と言ってアリスを見つめる犬人に対して返答に困り「よく出来ました」とアリスは話を誤魔化した。
要は言葉遊びで言語力の程度判定やその向上を狙ったものだろうと思っていると、犬人は「はい。でもいつも通りここまでです。皆様のようにもっと上手くはできません」と少し悲しそうな仕草を見せた。
「他の人はどんな事が出来たのですか?」とアリスが訊くと、犬人は二つの金属棒を元よりも離して左右に置き換え、その広くなったスペースに新しいカードを表示させた。ただしそれは前とは違い三枚のカードだった。それを見ながら犬人は「私達は二枚でもダメなままです。物語を上手く組み上げられません。その点皆様はお上手で、三枚どころか五枚でも、カードそれぞれの意味を使いながら、私達には思いも寄らない物語を創って聞かせてくれます」と言ってアリスを見た。
今それをしてほしいと期待しているのだとは思ったが、アリスはカードの意味など一つとして知らず、一方犬人は意味は覚えているらしいから、ここで適当な事を言うわけにはいかないと思った。そしてどうやら以前はここに、自分のような人間が度々訪れていたのだと分かった気がした。犬人たちはその人達の来訪を楽しみにしていて、その人達の実験まがいな目的など知る筈もなく、ただその人達とのやり取りを楽しんでいたのだと。
アリスがここへ来た時に犬人が言った久しぶりですとは、メタバリアムが閉鎖されてからの時間。つまり百年以上の時間を指しているのかも知れないと思うと、居た堪れない気持ちでいっぱいになった。
人間由来ではない生命螺旋からハイブリッドをシミュレーションして、それがどんな知性を持ち、その知性でどんな物語を組み上げるか。つまり物語の創出に身体性がどのように関わるのかを、知ろうとしていたのかもとアリスは考えながら、やはりそれならシミュレーターからデータを読み出せばいいだけだろうに、どうしてわざわざ対面するのか。ここへ来なくなった人たちの真意は相変わらず霧の中だった。
そんな考えに囚われていたアリスに犬人が「どうぞ村までお越し下さい。仲間もみんな楽しみにしています」と言って、建物の中からある方角を見た。だがそこはただの暗がりでしかなく、そこに村があり犬人たちがいるとはとても思えなかった。この建物まで来た時と同じように近づけば現れるのかとも想像したが、行ったところで自分にはこれ以上、教師役は務まらないとアリスは辞退する事にした。
ここに人が来ていたのが百年以上前の事なら、その頃から既に圧縮融合と物語生成という、二つのテーマがあったという事になる。マザーシップの話では当時の人達は結果としてメタバリアムへの移住を諦めた事になっているけど、ここは諦める前に生成されたエリアで、そこがたまたま残存しているのか、それにメタバリアムのあちこちで似たようなテーマが見え隠れするのは、それらもまた共通したテーマの残存エリアなのか。
それとも、諦めていない人たちが今もいるのか。
アリスは屈んで、犬人よりも低い位置からその目を見て「ごめんなさい。私はビギナーで、ここの事は良く分かってないから、今日は見学なの。だからそろそろお暇しますね」と言った。それはあながち嘘ではないが、苦し紛れの言い訳でもあった。
なぜこのエリアが残っているのか。もしかしたらここへ来ていた人たちも、ここが好きだったのかも知れないとアリスは思った。もしもそれで消去しなかったのなら、自分が村で適当な事をしてシミュレーションに影響し、それがどんな結果になるか分からないと想像すると、自分はこれ以上関わってはいけないとアリスは決めた。
アリスの辞意を聞いた犬人はとてもがっかりして見せたが、それでも声音を変えずに「分かりました。またいつでもお越しください」と言って、暗がりの一方に視線を送った。
アリスはその意味を理解し暗がりへと進むと、来たときと同じように明かりが灯り、アリスを包む道を創った。途中で振り向くと犬人はまだそこでアリスを見送っていた。
相手には聞こえないほどの距離である事を言い訳に、アリスは手を振りながら「またね」と嘘を言った。これまでの経緯からして、もうここへは来れないだろうと思いながら、それでもそう言わずにはいられなかった。
つづく