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漢に在りては蘇武の節

「砧」(きぬた)という能舞台をご存じだろうか?

 能の一。四番目物。世阿弥(ぜあみ)作。長年帰国しない夫の無情を恨んで死んだ妻が,帰国した夫の前に亡霊となって現れる。

『スーパー大辞林』より。

この能楽の謡に、中国、漢の時代、匈奴にとらえられた、
蘇武(そぶ)と言う人物が出てくる。
「きぬた」とは、冬の衣を支度するために、
生地を叩く作業のこと。

李白の「子夜呉歌」という詩にも
「いつの日か胡虜を平げて、良人遠征をやめん」
と衣を打つ妻の嘆きが歌われている。
能の謡曲はこの辺も考慮して作られたのだろう。

「漢に在りては蘇武の節」と、南宋の忠臣、文天祥の
『正気歌』にも詠まれる蘇武。このように、
抑留されてもなお寝返ることなく忠義を貫いた人物がいた。

人の心はいとも移ろいやすいものである。

「あなたも、迎えに来ない漢の帝国など忘れて、
匈奴に従って出世なされたら良いのです。」
と、もしかしたら甘いささやきがあったかもしれない。

先に述べた文天祥は自分の祖国を滅ぼしたフビライに、
幾度も、高官の地位を以て恭順を勧められたと言う。
それでも文天祥は南宋の臣として人生を終える。

さて、文天祥や蘇武のような人生は、
コスパもタイパ(私には「たい焼きの食いさし」みたいに聞こえるが)
もあったものではない非効率極まりない生き方と
現代人の目には映るだろうか。

無理もない。寝返っていれば得られたかもしれない出世、栄達、
それどころかほんのささやかな幸福さえも手に入らないのに、
それでも、捨てられない望みの方を向いて10年でも20年でも
待ち続ける。中国には、帰ってこない夫を登って待ち続けた
望夫台という高台があるそうだ。

さて、人間の自由とはじつは、「望み薄の方に賭ける」
ということではないだろうか。
ドイツ観念論のイマニュエル・カントは、
人間の自由を道徳法則に従うことにあるとした。
動物的欲求に引きずられるのならば、
それはただ生き物と同じで、自由などない。
そうではなく、「こうすべき」という道徳的な
正しさに従うことこそを「自由」と捉えた。
自由とは険しい道のりなのだ。

私は決定論者で、この世の出来事はすべて、
前もって決定されていると考えている。
だからと言って、人間に自由がないかといえば、
そうではないとも思っている。
矛盾しているようだが、
自由とはもっと狭い、ささやかな範囲で行使できる
権限なのではないか考えている、といえば理解してもらえるだろうか。

つまり、ある事柄に従うか従わないかは、
自分の生い立ちや、因果律によって全く決定されているが、
(そう言う意味では決定論者、運命論者。)
先ほど言った「望み薄なのに賭ける」というような、
非動物的な行為にこそ「自由」という名前をつけて呼んでいいだろう、
と言う理解をしている。(重力にも逆らえるリバタリアンではない)

要は決まっている中での特定の行為を「自由」と呼んでいるにすぎない、
と言うことになるが、それでも、その行為は尊いと言いたいのだ。

人間は自分が貫きたいことは、痩せ我慢でも、
いじっぱりでも、剛情でもなんでもいいから
貫いていいのではないか、ということだ。

貫いたまま生きていこう。







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