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失う寂しさ、出会えた喜び

出会うはずのなかった本。
そしてきっと出会うべくして出会った本。

『昨夜のカレー、明日のパン』は私にとって、そしてこれを偶然読んでいるあなたにとってそんな本かもしれない。

…とここまで書いてキーボードを打つ手を止めた時、かけっぱなしにしていたBGMがディズニー映画『リメンバー・ミー』の主題歌に切り替わった。出来過ぎている。どちらも逝ってしまった人を想いながら生きる人を描いた作品だから。

♪リメンバー・ミー
 忘れはしない
 リメンバー・ミー
 夢の中で
 離れていてもいつでも会える
 ふたりをつなぐ特別な歌・・・

せっかくだから、『リメンバー・ミー』を聴きながら読書感想文を書き綴ってみることにする。

* * *

私が読む小説は繰り返し読んでいるものばかりで、新しい何かが加わることはそうそうない。だから、本来なら『昨夜のカレー、明日のパン』にも出会うはずはなかった。

そんな私とこの本を出会わせてくれたのは、北海道の小さな書店の店主さんだった。こう聞いてピンと来る人もいるかもしれない。そう、店主さん自ら当選者に一万円分の本を選んでくださるという、本好きにとってはたまらないサービス「一万円選書」の岩田さんだ。

数年前、人生に疲れて荒んでいた私に訪れた、一万円選書に当選するという僥倖。一万円選書についてや、選んでいただいた本については『いわた書店「一万円選書」当選物語』というマガジンに詳しくまとめているので、興味のある方はぜひ。

そんなこんなで、私は『昨夜のカレー、明日のパン』と出会った。自分一人ならきっと出会っていなかったであろう本に。

* * *

この本は、25歳にして伴侶・一樹を失ったテツコと、共に暮らす義父−ギフ−が周囲の人物と関わりながらゆるゆると一樹の死を受け入れていく物語だ。

何か劇的なことが起こる訳ではなく、それぞれの日常のふとした出来事、それでいて、その人その人にとっては大きな出来事が、淡々と優しく描かれている。テツコや、ギフ自身のこと、亡くなった一樹、一樹の幼馴染、一樹のイトコ、テツコの現恋人…。この本は一人一人の物語でもあり、一樹という存在を媒介にした人間模様の集積でもある。

それまでの私といえば、仕事や人間関係、そして何より自分の未熟さから心の余裕をなくし、お世話になった方の訃報すらも認めることが出来ず、お葬式への参加はおろか、弔電を送ることすらもせずにいた。

なぜあんなに激しく自分を消耗していたのだろう。なぜあんなに日々を浪費していたのだろう。周りに、いや、本当は、誰より自分で自分自身を認めることのできない自分。夢見ていた「かぞく」を手に入りかけた直前で失った自分。大切な人の死を受け入れられない自分。

この本のページをめくるうち、そういう「わたし」にそっくりな人たちがたくさん出てきた。自分を見失って、大切な誰かを失って、それでもなんとか生きている人たち。

そして気づいた。誰もがそうなのだと。私だけが「悲劇のヒロイン」ではないのだと。誰もが大切な誰かと出会ったり別れたりしながら生きている。耐えようもない激痛、はたまた、忘れたつもりがふと気づけばいつもチクリと胸を刺すような微かな痛み。程度の差はあれ、誰もが痛みと、そしてそれを癒してくれる「昨夜のカレー」や「明日のパン」のような存在と共に生きている。

* * *

この本は9つの章に分かれている。一気に読んでもいいし、好きなところから読み始めてもいい。「大丈夫、元気出そう!」と勢いよく発破をかけるような本でもなく、「悲しいよね、泣きたいだけ泣こう・・・」と一緒に深いところまで落ちていく本でもない。ただそっとそばにいてくれる、そんな本だ。

重松清さんによる解説も秀逸だったので、一部を要約してご紹介したい。

木皿泉さんが描き出す物語の愉しみは、その中にちりばめられた、大小軽重さまざまな「そうか/それでいいじゃないか」の瞬間を見つけること、そして、それを自分自身の「そうか(=発見)」へと、さらには胸の深いところまでじんわりと染みる「それでいいじゃないか(=解放)」のよろこびへと繋げていくこと。
ただし、「発見」と「解放」を、「解決」だなんて早とちりしてしまうのは厳禁。「そうか/それでいいじゃないか」のよろこびは、あくまでもつかの間のものにすぎない。僕たちは皆、一瞬の解放で肩の荷を下ろしたあとも、また新たな肩の荷を負ってしまう。みんな、また、何かに囚われてしまうのだ。だからこそ、ほんのつかの間、ほんのうたかたの「そうか/それでいいじゃないか」が、たまらなく愛おしい。

* * *

この本と出会う前、そして出会ってからの数年は訃報が比較的に多かった。心構えができていたものもあれば、突然のしらせもあった。件のお世話になった方のご主人には数年かけて、やっとご挨拶に伺えた。「もう会えないんだなぁ」という寂しさもある。「会えてよかったなぁ」と思い出に支えられる部分もある。だからこそ死も変化も「ゆるゆると」受け入れていきたい。

それでも寂しさが募ってどうしようもない時は、またこの本を読み返そう。出会うべくして出会ったはずのこの本に。偶然にめぐりあったこの曲のメロディーと共に。

♪リメンバー・ミー
 会えない時も
 リメンバー・ミー
 愛に支えられ
 いつまでも見守り包み込む
 また抱きしめる
 リメンバー・ミー
 リメンバー・ミー
 リメンバー・ミー・・・



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ありがとうございます。いつかの帰り道に花束かポストカードでも買って帰りたいと思います。