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病気は必ずしも悪いことだけではない

突然だが、わたしは

向井秀徳さん

と一緒に飲んだことがある。

椎名林檎ファンならご存知の方もいると思うが、

この曲で彼女がフィーチャリングしている人だ。

アーティストが多く集うBARに、

「躁転」

していたわたしは、

毎夜のごとく入り浸っていた。

彼も常連の一人だった。

当時のわたしは、

1995年、福岡にて彼等が結成したロックバンド

≪NUMBER GIRL≫

の元メンバー(今また再結成しているので現メンバー)

アヒト・イナザワさんの結成していた

≪VOLA & THE ORIENTAL MACHINE≫

のLIVEに行くのに夢中だった。

ので、

あんまり向井さんについては興味はなかったのだが、

そのBARで知り合いになった少女、

(BARといっても日中はCAFEつまりCAFE&BAR)

が向井さんの大ファンで、

「わーっ。向井さんがいる。どうしよう!」

と言っていたので、

「躁状態」

で恐れの知らないわたしは、

自分の飲んでいるグラスを持って、

「じゃあ彼のテーブルに行こうよ!」

と言って、彼女を連れて彼のいるテーブルに向かって

ずんずん進んでいった。

「どうもー。初めまして!」

「ご一緒してもいいですか?」

と強引に椅子に少女と座った。

<断る余地を与えない>

作戦でした。

その時、向井さんは嫌な顔一つせずに、

わたしたちを迎え入れてくれました。

ただ、他に2人ほどいたのですが、そのうちの1人、多分彼の

「マネージャー」

と思われる人は、とっても不愉快そうで、

向井さんとの会話の合間合間にわたしに毒づいてきました。

しばらくして、少女が

「写真を一緒に撮って欲しい」

と向井さんにお願いしていたら、

向井さんは

「いいよ」

と言ってくれていたのですが、

マネージャーがわたしに向かって

「おまえには絶対一緒に撮らせない」

的なことを言ってきて、

「わたしは全然かまわないから、

子供のお願いぐらい聞いてくださいよ」

とお願いした。

そして、少女は無事に向井さんと写真撮影して、

時間も時間だったので、帰ることに。

その後、向井さんとわたしはなんか話で盛り上がっていたので、

(残念ながら会話の詳細は覚えていない)

少女が帰った後も

「まだ一緒にいてもいいですか?」

と聞いたら、

マネージャーから

「我々の話の邪魔をしなければいい」

とお許しが出たので、

また一緒のテーブルに残っていた。

しかし

「躁」

「多弁」

になっていたわたしは大人しくしているはずもなく、

なんかしゃべりだしていた(笑)

で、向井さんにはじめに

「○○に住んでいるユニコと申します」

と紹介していたので、

盛り上がった向井さんに

「○○のユニコちゃん!」

と連呼されて

二人で笑っていたのを覚えている。

とても楽しかった。

向井さんは裏表のない向井さんだった。

マネージャーが向井さんのプライバシーが侵されていることに

腹を立てているのは解っていたが、

「何もそこまで」

というぐらい、わたしに毒づいていました。

最後彼らが帰る時にお見送りした時も、

マネージャーはわたしに罵倒していた・・・

向井さんは楽しんでいたのになあ。


まあ、後日BARのオーナーから間接的に、

「アーティストのプライバシー侵害」

に対する

「忠告」

というお叱りをうけましたが。


でも、それもこれも全部含めて、わたしには

「いい思い出」

となっております。


後に、TVで向井さんが椎名林檎と対談しているのを観て

「おおっ!」

ってなったし、

「躁状態のわたし、よくやった!」

って思います。


人生の半分以上「うつ」で生きているんだから、

「ちょっといい事」

っていう

<ご褒美が>

あってもばちはあたらないと思う。


だから、わたしは

双極性障害でよかった。

「躁」

は生きづらいわたしに対する

≪ギフト≫

なんだと思っている。

だって、

「躁」

になってるときって、なんかいい事が起きるんだもの!


いただいたお金は、海外で、性が<女>というだけで虐げられながら生きている「女の子」達を支援している国際NGO、「公益財団法人 プラン・インターナショナル・ジャパン」の寄付金に充てさせていただきます。 https://www.plan-international.jp/