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近づけば近づくほど遠くなる

近年のテニスの話題と言えば、大阪なおみさんでしょう。2018年の全米オープンで優勝して以来、一躍テニス界のスターとなりました。Black Lives Matter 運動への共感を示す黒マスクをして臨んだ今年の全米オープンでも見事優勝して、世界中の話題となったことは記憶に新しいと思います。大阪選手は単なるテニス選手としての域を超え、政治的なことにも積極的に発言するという新しいスポーツ選手像を示したとして非常に高く評価されました。いわば時代のアイコンとして記憶される、別次元の存在になったとすら言われています。まさに新しい時代のスターと言えるでしょう。

スポーツ選手としてのあり方についてはまた稿を改めることにしますが、大阪選手が2018年に決勝に進出して優勝するまで、日本人女性テニスプレーヤーで最も世界に近づいたのは伊達公子さんでした。1995年に世界ランキング4位(シングルス)まで上り詰めた翌年、突然引退して話題をさらったことをご記憶の方は多いと思います。

当時、なぜ絶頂期に引退するのか、どうせなら世界ナンバーワンを目指したらいいのに、とか巷では色々と百家争鳴、議論が噴出しました。まだまだ現役でやれるのに、と惜しまれつつ引退したわけです。実はこのことは、私自身にとっても非常に示唆に富む一件なのです。なぜトップ級の選手が、本当のトップを目前にして引退してしまったのか。

ここからは私の勝手な憶測なのですが、伊達公子さんは世界4位まで到達して初めて、世界1位になることがどれだけ大変なことか、1位と4位とではどのくらい距離感があるのか改めて肌で感じたのではないでしょうか。外野の人からしたら1位も4位も大して変わらない、頑張ればなんとかなると思ってしまいがちです。

しかし極端な物言いをしますと、世界ランク100位と4位の差よりも、4位と1位の差の方が大きいのです。このことは、世界4位になって初めてわかることなのです。まさに近づけば近づくほど遠くなる、このことを伊達公子さんは実感し世界1位になることは永遠に出来ないと感じ引退することを選んだのではないかと勝手に推測しています。

私自身、似たような経験をしてきました。もちろん伊達さんと全くレベルは違うのですが。

コンサルティングの仕事を始めてすぐに、私は自分がこの分野に向いていると感じました。20代後半の若輩者にすぎない私の分析や提言は、クライアント企業から高く評価され実績をあげることが出来ました。上司や関係者からも別格扱いされることが多く、リクルート社内でも有名な存在になっていきました。仕事が楽しくて仕方なく、ほとんど寝ずに仕事したり勉強したりして誰にも負けないレベルの努力もしていました。仕事に対する自信に溢れていましたし、それなりの根拠もあったわけです。そういう中で次第に、自分はコンサルティングの天才だなどと思いこみ、有頂天になっていきました。今にして思えば浅はかすぎて顔だけでなく身体中から火を噴きそうなくらい恥ずかしいのですが。

そのころ、マッキンゼー出身の経営コンサルタント、波頭亮さんと面識を頂きました。最初はトレーニングを受ける立場で、その後に一緒に仕事をさせて頂くようになりました。波頭さんはマッキンゼー時代、大前研一さんの右腕としてマレーシアやシンガポールといった国々の経済顧問をしていたほどの日本を代表する経営コンサルタントだったのですが、幸い何かと目にかけて頂き行動を共にさせて頂く機会が多くあったのです。

トレーニングを受けている頃にはまだあまり実感がなかったのですが、一緒にクライアントの案件を担当するようになって初めて、自分と波頭さんとでは比べるのもバカバカしいくらいにレベルが違うことに気づきました。社会事象に対する視点の高さ。あいまいで複雑な事象に対する分析の斬新さ、鋭さ、深さ。企業課題に対する解決提言の目を見張るような鮮やかさ。どれを取っても100年かかっても自分には出来そうもないと気づかされ、絶望的な気持ちになりました。
本物の超一流のプロと触れ合うことで、いかに自分が凡庸で大したことのないレベルなのかを思い知らされたのです。

もし私が営業の仕事をし続けておりコンサルティングに携わっていなければ、波頭さんの真の凄さは理解できなかったと思います。私自身、他人からすると狂気と思われるくらい真剣にコンサルティングに取り組み、ある程度のレベルに到達していたからこそ波頭さんの凄さが肌で分かり、それこそ戦慄するくらいの切れ味を感じ取ることが出来たのです。

このことは長い目で見れば自分が謙虚になるきっかけを与えてくれましたし、一層努力して上を目指す原動力ともなりました。しかし同時に、自分がいくら努力しても本当の天才の域には到達できないことを嫌というほど思い知らされました。

何事もそうだと思うのですが真剣に、それこそ命をかけてやってみて初めて、本当の超一流がどんなものかわかるのだと思うのです。近づいたと思うと遠くなる、この繰り返しです。永遠に到達できないかもしれないと思いつつ努力を続けること、これこそが人間として成長することだと自分に言い聞かせながら、今日も仕事をしています。

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