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本当の起業とはなにか

最近、若者や学生が気軽に「起業」をするようになったという話をよく聞きます。確かに私自身「学生経営者」「若手起業家」という人達と会うことが増えました。私が会社を創った20年前と比べると資本金や取締役の規制が緩くなり、社会的にも起業のハードルが低くなっているのは明らかでしょう。積極的に学生の起業を促している大学もあると聞いています。

個人的には、このこと自体は非常に素晴らしいことだと思っています。若いうちに色々な挑戦をし、ビジネスを立ち上げる苦労を体験することは、仮に失敗してどこかの会社に勤務することになったとしても決して無駄ではないからです。もし成功すれば経済的にも社会的にも成功することが出来ますし、色々な意味でそのあとの可能性が広がることになります。

ただ起業するとなると、多かれ少なかれ周囲の人を巻き込むことになるわけで、そのことが何を意味するのかは、しっかりと理解しておく必要があると感じます。特に、運よく事業が軌道に乗り株式公開なんてことになると「とりあえず起業してみた」というノリでは済まされなくなります。多くの利害関係者の人生を左右する大きな影響力を持つことになるからです。

数年前までコンサルタントとして学生の起業を応援するプロジェクトに関わっていました。関西の某有力社長がスポンサーとなって全国の大学生から起業アイディアを募り、数カ月にわたり色々なトレーニングを行って事業計画を練り上げていくものでした。私も毎年プログラムの一部を担当し、主に起業についての考え方やビジネス社会の常識といったことを教えていました。

毎年私自身も楽しみながら学生達に話をしていましたが、参加者の意識には大きな個人差がありました。もちろん事業アイディア自体も幅広く多岐にわたっていたのですが、本当に真剣に起業して会社を成長させたいと覚悟を決めている人もいれば、なんとなくノリで会社を創りたい、社長の名刺を持ってみたいというのが本音ではと思われるレベルの人までマチマチでした。

最終的に優秀者には出資を受ける権利が与えられ、実際にその後起業して成功していった人もいます。今はいったん終了したそのプロジェクトは毎年多くの学生達に刺激を与えたと思いますし、企画としては大成功だったと思っています。

私がその際に繰り返し話していたことの一つに、私の知り合いでカリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールの起業講座責任者で、また多くのベンチャー企業に投資して育てた実績のあるジェローム・エンゲル教授の言葉があります。「アントレプレナーシップとは、今は規模が小さくとも大企業を目指す動きであり、小企業を作ることはアントレプレナーの動きとは言えない。現在保有している資源にとらわれることなく『事業機会』を追い求めることが重要である。」

この言葉は、かのドラッカー教授が「イノベーションと起業家精神」の中で言っている言葉とまさに同じです。つまり、最初から身近な範囲だけで小規模な商売を志向しているだけの動きは、起業とは言えないということです。

例え今は資金も人脈もノウハウも何もない状況でも、満たされていない社会的ニーズの大きな穴を発見し、そこを満たして事業として成長させるためにあらゆる手段を使って資源を獲得し、事業を成長させていく。これこそが真の起業家だとエンゲル教授は言っていました。また、多くの「起業家」が少し成功しただけで満足してしまい、スモールビジネスで終わってしまう、とも。

私自身の会社も小企業なので偉そうなことは言えませんが、本当にその通りだと思います。仕事柄、多くのベンチャー企業と関わって来ましたが、本当の意味でエンゲル教授の言うような志、気構えを持っている経営者はごく一握りでした。そこまでの志、気構えのない経営者が運良く、というよりはまかり間違って株式公開でもした日にはもう大変です。自分は既に成功者であると勘違いし、高級車やマンションを買うだけならともかく、自伝めいた本を出版したりファッション雑誌にカッコ良く出たりします。志が低く、実は自信の無い経営者ほど自分を大きく見せよう、目立とうとする気持ちが強いように感じます。

事業がうまく行っている間はそれでも良いのですが、いったん業績が下降し始めると外部株主は容赦ありません。経営者のそれまでの言動があげつらわれ、株主や金融機関からやいのやいのと批判されます。ノイローゼになってしまった経営者も多くいましたし「株式公開なんてするんじゃなかった」という後悔の呟きを何度聞いたことでしょう。でももう遅いのです。

対照的なケースで学生時代からの友人で起業家として大成功している人がいます。彼はサラリーマンを10年以上続けたあと散々苦労したあげく複数の会社を立ち上げ、ある領域では日本有数の企業にまで育て上げました。会社の資産が数百億円レベルにまで成長していますが、一切そういう姿は表に見せていません。彼の名前をインターネットで検索してもほとんど何も出て来ません。目立って良いことは一つもないと自覚し、ロープロファイル(目立たないよう振る舞うこと)を保っているからです。

もちろん「正しい起業のあり方」などというものはありません。個人が自由にやればよいのです。最初から小企業を志向することが間違っているとは言いません。ただ、世界中を敵に回してでも自分の信じた道を突き進む、そこまでの覚悟がない人は、ある程度は世の中が経営者をどう見るのか、どう考えどう扱うのかを意識しておくことが大事だと思うのです。

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