Koji Mori(森 孝時)

某企業で広報・マーケティングのお仕事をするサラリーマン。ビジネス系の取材等を請け負うラ…

Koji Mori(森 孝時)

某企業で広報・マーケティングのお仕事をするサラリーマン。ビジネス系の取材等を請け負うライター&広告屋兼業の奇行種。元競馬ライター、元編集者。ボーイスカウト関係者。著書『ねぇ、競馬の話をしようよ。』(東洋出版)。TwitterやFacebookで書ききれない非日常の物語を書きます。

最近の記事

BBQでのアルコール引火事故のニュースをきいて…

ニュースで報じられている、専門学校でのバーベキューでの事故の件。正直なところ、最初に耳にしたときはあまりに痛ましく感じ、私は胸が詰まって声も出ませんでした。 なんてことを…… きっと、多くの人が思ったことでしょう。そう感じたことでしょう。 そう、多くの人は「なんでそんなことをしたんだろう?」って思ったハズです。 でも残念ながら、すべての人がそう感じたということでもないのだと思うのです。「へー、そうなんだ。そんな風になるんだ」なんて思った人も、わずかながらいることでしょう。

    • 生命を賭けている:がんばれ!ホッカイドウ競馬のコラム(第154回)より

      中山競馬場のウィナーズ・サークルの端、ちょうどコースの外ラチのすぐ脇の場所。馬場入りする馬たちがよく見える位置ということもあり、カメラマンなど報道陣のほか、調教師や助手など、多くの関係者が馬たちを確認する場所となっています。 ある日のこと、パドックからコースへと入る馬たちを見送るため、僕もその場所に立ち、ポケットから取材メモを取り出そうとしていました。そんなとき、不意にすぐ近くから大きな声が飛び込んできたんです。 「ああ、アイツ! また馬鹿なことして! あんなんじゃダメだよ

      • 第8の毛色:がんばれ!ホッカイドウ競馬のコラム(第209回)より

        [ご注意]このコラムはあえて2007年当時に執筆したままの状態で掲載しています。 1991年、財団法人日本軽種馬登録協会はサラブレッドの毛色である、栗毛、栃栗毛、鹿毛、黒鹿毛、青鹿毛、青毛、芦毛という従来の7種類に、新しく白毛を加えて8種類とすることを決めました。 同協会が発行している「馬の毛色及び特徴記載要領」によると、それぞれの毛色の特徴は、次のようになっています。 ■栗毛(くりげ:Chestnut) 被毛が黄褐色で、長毛(たてがみや尾のこと)は被毛より濃いものから淡

        • ワープロを開発した人にノーベル賞あげたいね

          今日、9/26はワープロ記念日なんだそうですね。 なんでも43年前のこの日(1978年9月26日)に、東京芝浦電気(東芝)が世界初の日本語ワードプロセッサ「JW-10」を発表したことが由来とのこと。 世界初のワープロには、なんと630万円という価格が設定されていたんだそうです。当時の公務員(大卒)の初任給は94,600円、銭湯の入浴料が155円で、週刊誌は1冊180円程度という時代のことですから、なんともオソロシイ金額です。ちなみに重さは220kgあったというのもスゴい話です

        BBQでのアルコール引火事故のニュースをきいて…

          そこにAEDがあったなら:がんばれ!ホッカイドウ競馬のコラム(第283回)より

          『ミスター・マリノス』といえば、みなさんは誰を思い出しますか? といっても、きっとサッカーファン以外の方は、なにをいっているのだろうと首をひねるばかりですよね。 マリノスとは、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)所属の横浜F・マリノスのことです。そしてそのマリノスの象徴的な選手として、歴代活躍してきた人物が、サポーターから与えられる最高の称号、それが『ミスター・マリノス』です。 その称号は、サポーターからの声によって、フリーキックの名手にして日本初のプロサッカープレーヤー、木

          そこにAEDがあったなら:がんばれ!ホッカイドウ競馬のコラム(第283回)より

          心無い野次をなくしたい:がんばれ!ホッカイドウ競馬のコラム(第289回)より

          44年ぶりの女子オートレーサーとして、多くのメディアで取り上げられ、注目を集めていた坂井宏朱選手が、2012年1月15日、船橋オートレース場で、練習中の事故により亡くなりました。 テレビで複数回にわたり密着取材が放映されたこともあり、オートレースファンではない方にも、その真っ直ぐな瞳と、ただ夢に向かって突き進む、ひたむきな姿が伝わっていたと思います。それだけに、彼女の死は大きな衝撃だったといえるでしょう。 ただ速く走るためだけに、ブレーキすらそぎ落とし、まるで研ぎ澄まされたナ

          心無い野次をなくしたい:がんばれ!ホッカイドウ競馬のコラム(第289回)より

          大山親方のファンサービスに思う:がんばれ!ホッカイドウ競馬のコラム(第227回)より

          先日ちょっとしたことがあり、友人の付き添いで都内某所の病院に行ったんです。 その病院は総合病院だったんですが、それほど大きい病院ではなくて、土曜日の午後という時間にも関わらず、それほど混んではいませんでした。 付き添いの私はその友人の後ろ姿を見送ると、受付ちかくに設けられた待合スペースの長椅子に腰掛けて、カバンから時間つぶしのために持ってきた本を取り出して、パラパラとめくっていました。 しばらくして何気なく顔を上げた拍子に、近くに置かれていたテレビが目に入ったんです。ちょう

          大山親方のファンサービスに思う:がんばれ!ホッカイドウ競馬のコラム(第227回)より

          名馬と記録:がんばれ!ホッカイドウ競馬のコラム(第90回)より

          えっ?! 僕はそのニュースを見て、我が目を疑い、思わず絶句しました。 「高知競馬のハルウララ号、連敗記録を91にまで伸ばしました……」 れ……連勝ではなく、連敗? そもそも連敗の記録で“伸ばす”だなんて言葉を使うの? と。 公営高知競馬、2003年7月27日の第4レースのことです。そこで記録、いや少し変わった記録が更新されました。その内容はなんと連敗記録! ハルウララはニッポーテイオー参駒の7歳牝馬(コラム執筆当時)なんですが、成績がはなんと(0.4.4.83)。つまり

          名馬と記録:がんばれ!ホッカイドウ競馬のコラム(第90回)より

          76th No.1 STAR:がんばれ!ホッカイドウ競馬のコラム(第278回)より

          1986年2月9日、見上げるより遥か高い夜空の先、宇宙に繰り広げられたそのショーに、天文ファンのみならず世界中の人たちが心をときめかせました。その日、約76年という長い長い時間と道のりを経て、わずかな時間だけ地球へと姿を現す星、ハレー彗星が最接近の日を迎えたのです。 ハレー彗星が現れたという明確な記録として残っているなかで最古のものは、中国の司馬遷によって編纂された「史記」に記載されたものだとされています。それによると、秦王政7年、つまり紀元前240年に、あの始皇帝が「彗星

          76th No.1 STAR:がんばれ!ホッカイドウ競馬のコラム(第278回)より

          リストラの星に願いを:がんばれ!ホッカイドウ競馬のコラム(第75回)より

          2003年1月1日、フランスのマルセイユから爆音を轟かせて、多くの車両がはるか8,576km先のゴールへ向けてスタートしていきました。目的地はエジプトのシャルム・エル・シェイク、アフリカの大地を横断する世界一過酷なラリー。いわゆるパリダカです。 そのダカールに、自らを「リストラの星」と呼ぶ男が参戦していました。そう、1997年のこのレースの覇者、篠塚建次郎さんです。 篠塚さんといえばダカール、そんなイメージが強いのですが、1971年(なんと私の生まれた年ですね…驚)に三菱自動

          リストラの星に願いを:がんばれ!ホッカイドウ競馬のコラム(第75回)より

          昔、ホッカイドウ競馬のコラムを書いていました。

          もうずいぶん前のことなんですけどね。ホッカイドウ競馬が存続議論に揺れている時期があったんです。 今でこそ、インターネットによる勝馬投票券(馬券)の全国発売が普及しまして、各地方競馬主催者の経営状況は比較的好調となっていますが、当時はあちこちで廃止議論が噴出し、実際に廃止に追い込まれる競馬場も出てきてしまっていました(個人的にはこれを昔話と呼べるほど、競馬歴が浅くはないわけですがね)。 この向きは日本における最大の馬産地である北海道も例外ではなく、ホッカイドウ競馬(道営競馬)

          昔、ホッカイドウ競馬のコラムを書いていました。