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大山親方のファンサービスに思う:がんばれ!ホッカイドウ競馬のコラム(第227回)より

先日ちょっとしたことがあり、友人の付き添いで都内某所の病院に行ったんです。
その病院は総合病院だったんですが、それほど大きい病院ではなくて、土曜日の午後という時間にも関わらず、それほど混んではいませんでした。

付き添いの私はその友人の後ろ姿を見送ると、受付ちかくに設けられた待合スペースの長椅子に腰掛けて、カバンから時間つぶしのために持ってきた本を取り出して、パラパラとめくっていました。
しばらくして何気なく顔を上げた拍子に、近くに置かれていたテレビが目に入ったんです。ちょうど画面には、大相撲の土俵が大写しされています。そしてやや間があって、字幕で「相撲健康体操」という文字が出てきました。

“おっ、相撲体操かぁ……”

実は以前、何かのテレビ番組で、この相撲体操というものを見たことがあったんです。ある相撲部屋でファンや後援会の人たちとの交流のため、こういったものを行ったところ、非常に好評だったと。
確かに相撲取りたちが行う体操は非常によく考えられていて、身体を鍛えるだけでなく、姿勢バランスを調整することもでき、しかもダイエットにも有効だといいます。

画面のむこうには春日王関、把瑠都関、片山関の3人の関取と、大山親方とが映り、相撲体操の始まりとなる「蹲踞(そんきょ)の型」から「塵浄水(ちりじょうず)の型」、「四股(醜)の型」と、その大きさからは想像もつかないよう柔軟性を発揮し、それぞれの型をこなしていきます。
力士たちの身体能力の高さというのは、僕も以前からよく知ってはいたものの、改めてそれを見て、半ばあっけにとられるような気分でいました。

“いや~、あんなやわらかくは柔軟体操なんてできないよな~”

そんなことを考えつつ、途中から僕は、彼らの身体の柔らかさを目で見ることよりも、聞こえてくる声を耳で拾う方に気持ちが向いていきました。
というのも、この3人の力士たちの輪の真ん中でマイクを持って、相撲体操の説明をする大山親方が素晴らしかったんです。

「はい、じゃあ片山さんね。片山さんは非常にキレイな四股を踏むんですよ。はい、皆さん見ててくださいね」

非常に穏やかな語り口で、3人の関取衆の名前を呼んで、相撲体操の説明をする大山親方。

「はい、次は把瑠都さんの番ね。股割りです。把瑠都さんは身体が非常に柔らかくてね。最初から出来たんですよ」

そんなことを言いながら、相撲体操を説明してきます。
今、大相撲の世界では色々な事件や事故があったり、ともすればファン軽視ともとられるようなことがあったりして、一時の人気が落ちてきているといわれています。それゆえ……というわけではないのでしょうが、様々な形で、ファン獲得のための取り組みが行われています。
ただ少なくとも僕はこの相撲体操の解説を見て、聞いて、そこには過度なファン獲得のためだけのアピールではなく、純粋な気持ちで「相撲をもっと知って欲しい」とか「もっと力士たちを見て欲しい」といった気持ちがあるように思えたんです。それは、もっとも大事な精神であり、もっともファンサービスに直結しているのではないかと思ったわけです。

競馬界では一部のビックレースを除けば、レース発走直前のレポートというのはありません。パドック解説でもその馬のパッと見の調子やちょっとした馬装の話などは出ますが、その馬の日ごろの感じや馬を引いている厩務員さんの話、そして鞍上で手綱を取るジョッキーの話などは出ないわけです(基本的には予想がメインになりますよね)。
もちろん競馬はスポーツでもあり、そしてギャンブルでもあります。公正競馬の観点から、いえないこともあるでしょう。でも見せる側の人たちが、馬をもっと見てあげて欲しい、馬に携わる人を見て欲しい、知って欲しい、好きになって欲しいという気持ちを前に出していかなければ、どうしたってファンは増えていかないように思うのです。
ちょっとだけ、そんなことやってもらえませんかね?
たとえば引退した騎手や調教師の方が、直接ギャンブルという側面では関係ないかもしれないような解説をするってのはどうでしょうか?

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テレビの中の大山親方は、時折笑顔を見せながら、解説を続けていました。

「お相撲さんはね、常に身体が柔らかいからね。こんなこともカンタンにできちゃう」

関取ではなく、相撲取りでもなく、“お相撲さん”と呼ぶところに、不思議な温かさを覚えるわけです。

「さぁ、皆さん!ここで大きな声を出しましょうね!」

会場の人たちに優しい声で話しかけ、分かりやすく説明する大山親方に、ファンの人たちも一緒になって、相撲体操をしていました。そんなことが競馬の世界にもあれば良いのにと、僕は思わずにいられませんでした。


【現代でのあとがき】
ここで書いた大山親方の相撲解説は本当にわかりやすくて、技だけでなく、力士の心理や作法など、相撲全体に渡るものだったんですよね。
私自身、そんなに好きなのか? と問われれば、いや、にわかファンですといった程度なんですが、それでも日本の伝統文化の一つである相撲は、とても魅力があるものだと思っています。
このコラムを書いたのは2008年のことだったんですが、把瑠都関はこの後すぐに小結へ。その後は怪我に苦しめられながらも大関にまで昇進しました(片山関はこのあとしばらくして引退、そして残念ながら春日王関は、2011年の大相撲八百長問題で引退勧告を受け引退しています)。
相撲の魅力を伝える方法は、きっと別の何かの魅力を伝える方法になるんじゃないかな、そんな風に感じて書いたコラムだったんですが、実際には大山親方の人柄が第一だったのかもしれない、そんな風に思っていたりする部分もあったりします。
でも競馬でも何かやって欲しいなぁ。

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