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リストラの星に願いを:がんばれ!ホッカイドウ競馬のコラム(第75回)より

2003年1月1日、フランスのマルセイユから爆音を轟かせて、多くの車両がはるか8,576km先のゴールへ向けてスタートしていきました。目的地はエジプトのシャルム・エル・シェイク、アフリカの大地を横断する世界一過酷なラリー。いわゆるパリダカです。
そのダカールに、自らを「リストラの星」と呼ぶ男が参戦していました。そう、1997年のこのレースの覇者、篠塚建次郎さんです。
篠塚さんといえばダカール、そんなイメージが強いのですが、1971年(なんと私の生まれた年ですね…驚)に三菱自動車に入社し、国内外の様々なラリー競技で活躍されてきました。しかし2002年、年齢的な理由もあり「引退して管理担当に就任するように」と三菱自動車から打診されます。
ところが篠塚さんは、ドライバーを続けたいとの想いから、三菱自動車を退社してしまいます。そしてこの年、日産自動車からダカールに参戦したのです。
日産はワークスチームとしては初のパリダカ参戦となりましたが、平地なら時速200キロは軽く出せるというVQ35エンジンを搭載したニッサンピックアップのポテンシャルは非常に高いもので、篠塚さんは好スタートを切りました。
しかし、残念ながら第8ステージを第3位で走行中に、突然現れた7mほどの段差を飛び越える形となってしまい、篠塚さんの車は25メートルほど飛んでから着地、その勢いで転倒、さらに80mほど転がって止まったという激しいクラッシュに見舞われました。
篠塚さんは一時、意識不明に陥ったとの報道もされましたが、しばらくして意識を取り戻し、数日後の報道では、病院のベッドで両手を上げて親指を立てて見せるしぐさの写真が公開されています。その姿は非常に痛々しいものでしたが、篠塚さんらしい、クレバーでありながら攻めていくというドライビングからきたものであり、素晴らしいレースだったと言ってよいのでしょう。

ところで、競馬ファンにとっては、「リストラの星」というとやはり「ドージマファイター」を思い出す方が多いのではないでしょうか?
中央競馬で5戦0勝の後、当時の足利競馬へと移籍。その後は無敗で、日本競馬史上最多連勝記録である29連勝を成し遂げた馬です。おりしもバブル経済崩壊後の不況のなか、中央からリストラされて地方競馬に移籍し、そこから死に物狂いの活躍で結果を出し続ける姿が、世のサラリーマン(私もその一人ではありますが)に共感をよんだことでしょう。

篠塚さんは三菱自動車を辞め、引き続きレースに参戦しようとしていたころ、自らを「リストラの星」と呼んでいました。でももちろん、本当はそうではなかったと思うんです。
走りたかった、その環境が欲しかった、その場所が欲しかっただけで、自分のなかにまだ燃え尽きていないものがあったから、このままでは終われないと思ったのでしょう。
もちろん愛着のある三菱自動車を去ると決めた時は、きっとさみしい思いもあったはずです。一方で、これからチャレンジをはじめる日産自動車への期待感と、まだ走れるという自負、そしてまたダカールを走れるという高揚感もあったはずです。

馬は人間にわかるような言葉を発しませんから、ドージマファイターが中央競馬の厩舎から退厩したときに、どう思ったかはわかりません。500kgを超える馬体重で、ずっと脚元に不安を抱えていた馬ですから、必ずしも走りたいと思っていたのかどうか、それもわかりません。ただ、この馬が見せてくれた輝きは「リストラされた」ことが理由だったとは思えません。あの輝き、強さは間違いなく本物でしたから。

近年、プロ野球界でも現役を続けるために、韓国プロ野球界、米国のインディペンデント球団といった、今までそれほど注目されていなかったところに、新天地を求める人が見られるようになりました。その想いも同じに違いありません。

カーレース、野球、サッカー、そして競馬……。さまざまな場所に、彼らのような星がいます。勝手な考えではありますが、どうか彼らを応援して欲しい、心の中で声が張り裂けんばかりに叫んで欲しい、手をちぎれるぐらいに振って欲しいと思います。
彼らの意思は間違いなく本物です。「強い意志」を持つものは神々しく輝き、本物の力を宿しています。そんな彼らを心から応援することが、彼らの力が最大限発揮されるためのエッセンスになるからです。

そうそう、「日本一速い男」こと、星野一義さんも正式にレース活動からの引退を表明しました。長い間、日本のモータースポーツ界で活躍された星野さんの引退は、個人的には本当に残念で。椎間板ヘルニアの持病を抱え、痛み止めを打ってまでレースに出ていた星野さん。引退に寄せたコメントでは、「33年間ずっと働いてきたから、これからは遊びに生きるよ」と言ったそうです。でも星野さんのトコトン遊ぶ姿、それもまた「強い意志」なのかもしれませんね。

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【現代でのあとがき】
ドージマファイターは日本で平地競走におけるサラブレッドの連勝記録としては、いまだに最多勝の記録を誇る馬です(ばんえい競馬ではホクショウマサルが31連勝という記録を残していますね)。
このコラムを書いた当時は、まだバブル崩壊からの不況を乗り越えたといえる状況ではない頃でした。それゆえなのか、さまざまな場所に「〇〇の星」というのが登場していたように思うのです。なかでも「リストラの星」というのは数多く登場していたんじゃないかな。
ただ彼らの光は、暗かった世界を少しでも明るくしようとしてくれていたように思います。
ちなみに篠塚建次郎さんの「生涯現役」の言葉は本当でしたね(笑)。

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