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考古学の科学革命(ノーベル生理医学賞2022の補足)

前回に、2022年のノーベル生理学・医学賞について触れました。

改めてですが、考古学者がこの賞を受賞するのは極めてレアです。

ただ、考古学には、過去にも科学革命がありましたので、今回はその軌跡と今回の受賞者の貢献について補足します。

まず、従来の考古学は、(えいやで丸めると)、化石の形状などに基づいてその時期や類似なものを分類する、というものでした。

それに対して、第一次科学革命といえるのが、「放射線炭素年代測定法」です。堅い名前です・・・。

炭素原子は通常「陽子6」+「中性子6」、合計12個の核子から構成されます。そしてその周りを電気的に中性となるよう陽子と同数の電子が漂っています。(ゆらいでいます☺)
ただ、中性子が陽子と異なるタイプの炭素原子もわずかながら存在(同位体)することがわかり、その割合が時間に依存します。

何となく手法のイメージがついたと思います。
遺物(炭素を含む有機物)の中に含まれる炭素原子のうち、中性子が12でない同位体の割合を調べることで、正確にそれがいつ生命活動を終えたのかを特定するという手法です。
シンプルにいえば、死んでしまうとそれ以降は炭素原子は生成されないのでその割合から逆算出来るということです。
但し、万能ではなく、今の計測技術では、概ね5万年以内であれば推測可能ですが、それ以上過去だと割合が低すぎて判別が困難です。

この手法は1949年に化学者ウィラード・リビーによって発見され、考古学の分野にも応用されました。後年ノーベル化学賞を受賞しています。

1960年代にこの手法が普及して、炭素以外の元素による類似手法も考案されていきます。

そして次の科学革命が、今回の受賞に関係するDNA解析手法です。
化石は核内のDNA損傷が激しくそのままだと解析(塩基配列の読み取り)が困難ですが、核外のミトコンドリアにもDNAは存在しており(大体核内の20万分の1の大きさでmtDNAと表記されることも)、その解析が進められたのが大きな進展です。

これは1980年代後半の出来事で、今回受賞者の師匠にあたるアラン・ウィルソンが大きな貢献を果たしました。(残念ながら白血病で早くに亡くなっています。ノーベル賞は生存している方のみが対象というルールがあります)

実はウィルソン氏の前の人類発生起源は、多地域で発生し進化する説が有望だったのですが、上記のミトコンドリアDNAを解析することで人類先祖の系統図が出来上がりました。
すると、歴史を遡って幹に相当する部分は、大体10万年前のアフリカのサハラ地域以南であることが分かりました。
これで従来の説が否定され、アフリカで誕生した人類が各地に移住したというモデルが1990年代になると定説化していきます。
ウィルソン氏はその説をもとに、人類共通の祖先を「ミトコンドリア・イブ」と名付けます。誤解を受けがちな名前ですが、一人のことを指すわけではありません。

この業績で遺伝学の期待は高まり、ウィルソン氏の弟子にあたるベーポ氏たちが2002年に、現生人類の知能を高めた候補となる遺伝子”FOXP2”の発見につながります。

現生人類との比較対象としては、最も系統が近く(体力ではむしろ勝っていた)亡くなったヒト属のネアンデルタール人のゲノム解析を行いました。
そしてわずかに遺伝子変異の差があることを突き止めます。(細かく言えば変異も複数あり、その3段階での違い)

このFOXP2遺伝子は、前回も触れた通り、言語能力に影響を与える可能性が高いことがわかっています。
例えば、この遺伝子を実験マウスに組み込んだところ、鳴き声も変わる実験結果も出ています。

勿論これが全てでなく、あくまで現状内での有力候補にすぎず、それも遺伝子変異が現生人類を特徴づけた、という仮説にすぎません。

このDNA解析による考古学は、以下に人類が単一でなく過去の類似ヒト属との交雑によって発展してきたのかを表し、かつ現在の人種区分の在り方にも議論に一石を投じています。

興味を持った方は、前回も紹介した下記書籍をお勧めします。
著者は、ピーボ氏によるネアンデルタール人のゲノム解析研究で呼ばれて研究に合流した方で、前半にピーボ氏の業績についても触れています。


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