鏡の中のワタシの友達 3
2階で物音がした。
かれんの部屋からだ。
私はすぐに上に行ってかれんを見た。
かれんは鏡の前で少し黒いすす?のようなものを服につけて、絵本を握りしめて泣いていた。
「カレン。」
娘はそう言いながら静かに泣いていた。
私はかれんに怪我がないか、何があったか聞いたけど、かれんは答えなかった。頭ごなしに聞いてもこれは何も言わないと、私の直感がかれんに聞いてはいけないと言った。
「もう何も聞かない。でも病院には行こう?お願いかれん。」
その後2人で病院に行った。
かれんの体に異常はなく、すすは付いていたが火傷もなかった。かれんは絵本を決して話そうとしなかったし、その後部屋に篭って何かを始めた。
食事、お風呂、それ以外は部屋で何かをしている。
「かれん何を部屋でやってるの?」
「えへへ、内緒。でもお母さんにはいつか見せるから安心して。まだ途中なの。ウィルスで外にも出れないし、ちょうどいい遊び見つけたの。」
この子は何かを作ってることはわかった。
それを見た時、私は縁というものを感じたけれどそれはまたのお話。
かれんを病院に連れて行った一週間後、2人で旦那のお墓参りに行く。
3回忌は、密になるということと、旦那も望まないだろうということで今年はしないことにした。その代わり、かれんとお墓参りに行く。
旦那との出会いは大学のサークルだった。
新歓で無理矢理飲まされて潰れた彼を、家が近いというだけで私の家に先輩達は置いて行った。
そのサークルには結局入らなかったものの、彼との交流は続けた。
彼は話をするのが好きで、自分の頭に思い浮かんだことをその日に吐き出さないと寝れないと言っては私を呼び出して思いついた疑問や仮説について必死に話してきた。
そんな色々なものに興味を持って、それを楽しく話してくれる彼に惹かれて、出会ってから迎えた最初の冬の雪の日、駅の改札だったかなぁ。
「あなたが好きです。この気持ちを持って年越せないので投げときます。年明けまでに答えを返してください。」
告白をさせられた気持ちがあって少し悔しかったから、彼に付き合うかは丸投げしてみた。
なら彼は改札から戻ってきてこう言った。
「俺と付き合って。これからは彼女として、俺の話をたくさん聞いて欲しい。それと君の話ももっと聞きたい。」
私は、嬉しかった。
感情の揺らぎが、私の目の前を曇らせ、一つの涙を落とした。
そしてその日、彼は私の家に泊まって行った。
それからは右往左往があった。
実習、テスト、レポート提出、バイト、就活。
就活は特に2人の価値観の違いに圧倒されて、ここで終わりなのかなと思ったけど、私の母が言った。
「価値観は人によって違うのは当たり前よ。私とあなたでさえそれは違うもの。違うことを恐れるんじゃないよ。違うことを楽しくみなきゃ。あとは感情をちゃんと話すことね。相手の価値観を否定してあなたの感情をぶつけないの。」
その話を聞いて私は彼と話し合った。
ここが好き、ここは私は悲しい、私の何があまり好ましくない、私のどこが好き。
その話をしたら私たちは勘違いもしてたし、知らないところもたくさんあったし、何より2人の何かが深まった。
卒業して、社会人半年経って2人で同棲を始め、そして同棲から半年で結婚をした。
しかし私たちには子供がなかなかできなかった。不妊治療にも積極的に通ったが原因は分からなかった。
旦那のお母さんが体が良くなく、早く孫を見せてあげたいと私も、旦那も、少し焦っていた。
そして孫の顔を見せることなく、お母さんは亡くなった。そして旦那は酷く消沈していた。
シングルマザーで、旦那を大学まで行かせた立派なお母さんだ。
そして就職も無事して、結婚もして、お母さんにとっても旦那は誇らしい息子だったと思う。
でも孫の顔だけ見せれなかったことを、彼は私には言わなかったが、思っていたんだと私は妄想した。私が悪いのかな、と考えて、このまま私といても、彼は楽しく生きれるのか、私が苦しめてるんじゃと考えて、離婚を切り出すかと思ったその時、
彼の部屋から大きな音がした。
彼は鏡の前で立ち尽くしていた。
そして彼の目はしっかり私を見ていた。
「ただいま。」
彼はそう話して、私は離婚の話をとりあえずポケットの中にしまった。
それから2ヶ月後、かれんを授かった。
私は嬉しさで泣き崩れて、旦那も喜び泣いていた。
妊娠から38週目、その頃に旦那は不思議な話をした。
「俺、鏡の中に入ったんだ。お袋が死んで、全てが失ったと思った時に。鏡の俺が手を引いて、俺をコテンパンに叱り散らかしてくれた。お前が落ち込んで、母ちゃんは幸せなのか?お前のことを見てくれてる存在がいるんだぞ。孫を見せれないことを悔やんだら、お前の奥さんは自分が悪いと思うとかそういうこと考えられねえのかって。」
「それから俺は子供のことを一旦諦めた。目の前の君を全力で愛することにした。そしてこの子が俺たちのところに来てくれた。俺は鏡の俺に感謝したい。でも一度もそこから鏡に入れたことはないんだよな。まあもしかしたら夢だったかもしれないけど。俺にとってはどっちでもいい。救われたことには変わらないから。それからよく鏡を見るよ。鏡は真実しかうつさないから迷ったら鏡を見る。」
その話が本当かどうかはわからない。でも私はそのメルヘンな話をすごく好きになった。
そして予定日より少し遅くかれんは生まれた。
かれんという名は私のお母さんと旦那のお母さんが生前に考えててくれた名前だった。
なぜか女の子が産まれてほしいという願望が2人にはあって、男の子の名前は考えないって言ってたことを思い出して笑った。
そしてかれんはすくすく育ってくれた。イヤイヤ期よりもなんでなんでって話をずっと言い続ける好奇心旺盛な子だった。その中色々な知識を持ってる旦那が聞かせる話が大好きだった。
しかし旦那はあの鏡の物語だけは、何故か語らず、
そして突然帰らぬ人になってしまった。
かれんが5年生になる前の春休みに入った時、旦那は車に轢かれたのだ。
会社の飲み会の帰り道で、旦那は酔っていて、そして相手は飲酒運転だった。
全てが真っ暗になった。私もかれんもたくさんたくさん、枯れては出てくる涙に打ちひしがれた。
旦那の多額の保険金、残してくれた家、色々残してくれたのに、そんなもの全てなくなっていいから、戻ってきて欲しいと願った。
しかし帰ってくるわけもなく、そしてかれんは顔には出ても、自らの口で感情の表現をすることを拒んだ。
理由はわかる。
私が打ちひしがれていた時、かれんは言った。
「お母さん、私、強くなるね。」
ただその強さはただの我慢だとすぐ気づいたけども、この子の背中を見て、これは私が甘えてる時じゃないと思い、立ち上がった。
そして今日、旦那の墓に行く。まだ足取りは重いけど、行かなきゃ。
墓地について、旦那のお墓の前に立つ。
そして、かれんが話した。
「お父さん、お母さん、私実は今物語をね、書いてるの。それはね、鏡の中のもう1人の自分に助けてもらって、強くなる女の子のお話。なんで書きたくなったのかは分からないけど、私は夢だったかもしれない体験を、忘れたくないの。」
私は耳を疑った。鏡の話。彼が、一度も話さなかったあのお話をなんでこの子が知っているのだろう。どうして書きたいと思ったのだろう。頭の疑問を聞こうとした、その時。
誰かが肩に手を置いた感触があった。
気のせいだと、何かが肩に当たっただけだと思ったけども、その感触は、温度は、私がこれまでたくさん救われた彼の温もりそのものだった。
「最初の読者はお母さんでいい?」
「うん!お母さんとお父さんに最初に読んで欲しい!まだ先だと思うからゆっくり待ってて!」
私は未来に楽しみができた。きっと旦那が救われた時も、未来が楽しみになっただろう。そしてかれんも未来をワクワクしている。
家に帰って鏡の前に座る。
2人がした体験はきっと私にはできないんだろう。ただ鏡向かって私は言う。
「2人を助けてくれて、そして私も助けてくれてありがとうございました。」
私は立ち上がって、晩御飯の支度をする。
かれんが話しかけてきた。
「ママー鏡って何を写すか知ってる?」
「知ってるわよ。せーので言ってみる?」
「「せーの。」」
この答えが2人は合っていたのか、間違っていたのか、
そんなことよりも大事なこと。
それは2人が笑って話せてる今この時間なのだから。
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