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誰よりもできるのに、人を見下さない、1番の女優になりたい天才高校生の話。

ここはとあるミュージカルスタジオ。
小学生から高校生までが、なりたい自分になれる場所として通っている。
今日はいつかの秋の火曜日。今日のレッスンは18時から。
スタジオの1番の新人である中学3年生の亜冬なずなは、いつもみんながスタジオに来る前に自主練をしている。
時刻は17時。今日もスタジオの電気は、なずなのために少し早くからついている。

今日のなずなは一人黙々と台本を読み、役作りに励んでいる。

なずな「『このまま私が、遠い海の向こうに行ってしまったら…』」

なんか違うと思い、首を傾げ、もう一度台本を読み込む。
そんな時、スタジオの扉が開く。

舞帆「おっはようございますです!!」

うちのスタジオの最年長、高校2年生の虹羅舞帆だ。
アメリカからの帰国子女で、金髪のカールのかかったロングヘアと、透き通った青い瞳を持つ。アメリカでは子役をやっていた天才少女が、なぜこんなどこにでもある小さなスタジオに来たのかは、正直誰もよくわかっていない。

なずな「舞帆ちゃん!おはよう!」
舞帆「なずな、おはようです!」
なずな「珍しい、早いね。」
舞帆「なずなが来てると思って!」
なずな「私?」

舞帆はそう言い、棚に鞄を置き、鞄から台本を出す。

舞帆「昨日桑名先生に言われたとこ、一緒に練習したいと思い!」
なずな「え!!」
舞帆「やろです!」
なずな「付き合ってくれるの?練習。」
舞帆「もちろん!」
なずな「ありがとう…!」

なずなは嬉しくて、少し涙ぐみながらお礼を言った。
舞帆となずなはスタジオを広く使い、芝居を始める。

なずな「『ここにいるって実感ができないの。私が。…誰も私を認識してない。』」
舞帆「『私はしてるじゃん! 』」
なずな「『でもムクは、私が一番じゃない。』」
舞帆「…なんか違う。」
なずな「やっぱり?」
舞帆「やっぱりって思ってるってことは、なずなも演技に嘘ついてるです!」
なずな「うっ。。」
舞帆「細かい気持ちまで決めておかないと、舞台上で絶対バレるです。お客さんは鋭いです!」
なずな「だよねぇ、…でもわかんないんだもん…」
舞帆「うーん…ミーだったら、例えば、」

舞帆となずなはその後、細かく役を作り、何度もセリフの意味を考え、何度も実践をすることを繰り返した。

舞帆「うん!だいぶ良くなったと思うです!!」
なずな「ありがとう舞帆!」
舞帆「ううん、ミーも練習できて助かったです。ちょっと、休憩しようです」

なずなと舞帆は、鞄からペットボトルを取り出し、壁に寄りかかって座る。

なずな「今日、何で付き合ってくれたの?」
舞帆「練習ですか?」
なずな「うん。」
舞帆「だってなずな、昨日の稽古、泣きそうにになってたデス。」
なずな「うげっ、ば、バレてた…?」

舞帆、大きく頷く。

舞帆「ミーの目はごまかせないですよー。そんな目見たら、ほっとけないと思って。」
なずな「そっか。ほんとに昨日はメンタルやられたよ…。自分が悪いんだけど。」
舞帆「演技って難しいですよね。誰かになるってだけで難しいのに、芸術だからそのセリフの意味の解釈とか、演じ方に正解は無くて、けど演出家とか先生からは正解を求められて。」
なずな「ほんと、難しい。」
舞帆「でも、楽しいでしょ?」
なずな「うん、とっても!…なんでだろう。」
舞帆「人はみんな、表現をしたい生き物だ、表現の仕方を知らないだけで。」
なずな「ん?」
舞帆「ミーがアメリカいた時に、大好きなactorが言ってた言葉です!」
なずな「へー、表現の仕方を知らない、か。」
舞帆「だから世界から芸術がなくならないんだって。ミーたちはactと、singとdanceで表現したいって思った。だから、楽しい!」
なずな「舞帆って、その気持ちだけで女優さんを続けてるの?」
舞帆「そうですよ!!何かを表現するのは気持ちいです!」
なずな「女優さんで1番になりたい、とかは?」
舞帆「それも当たり前に思ってるに決まってるじゃないですか!」
なずな「あはは、そうだよね。」
舞帆「ミーは誰よりも一番表現できるようになりたい。だって絶対その方が、楽しいじゃないですか!好きなものを1番表現できる人になれたら、どんなに楽しいんだろう。どんな景色が見られるんだろうって。なずなはそう思ったことないですか?」
なずな「なかった。けど、今の聞いたら、確かに1番になったらどんな気持ちになるんだろうって、思うようになってきた。」

上をむくなずな。
その様子をみて、嬉しくなる舞帆。

舞帆「楽しそうじゃないですか?」
なずな「うん、楽しそう。ワクワクする!」
舞帆「だからミーは女優さんをやりたいんです。この道で一番になったらどんな景色が見られるのか、どんな気持ちになれるのか、知りたいんです!」

気持ちが高ぶった舞帆は、その場から立ち上がり、スタジオの真ん中の方に行って、鼻歌を歌いながら踊りだした。
本当に、何も考えず、ただ気持ちのまま、楽しそうに。
なずなはそれを、羨ましいと思った。

なずな「舞帆はもう見ることができてるんじゃない?」
舞帆「それって、ミーがもう一番になってるってこと?」
なずな「うん。」
舞帆「えー!それはないです!まだまだミー、超えたい相手いっぱいいる!」
なずな「このスタジオだけでも?」
舞帆「ですです!ゆうりの役に入り込む力は本物だし、深雪は自分を見せるのが上手い、彩奈の歌を聴いた人はそのあと彩奈にくぎ付けです!」
なずな「…。」

舞帆は、次々とスタジオの他のメンバーの良い所を言っていった。
本当に楽しそうに。
なずなは、その姿を見て、やっぱり舞帆は凄いと思った。
誰よりも優れた経歴を持っているのに、だれ一人見下さない。

舞帆「なずなも!」
なずな「え?」
舞帆「なずなは誰よりもステージを楽しんでるです!本番の輝きで、なずなより勝ってる人を、ミーは見たことない!」
なずな「そう…なの?」
舞帆「知らなかったですか!?」
なずな「うん、知らなかった。。」

舞帆、なずなの方に近寄り、なずなの両手を握り、そのまま立ち上がらせる。

舞帆「ミーはなずなのこと本当にすごいと思ってるです!ミーがアメリカで舞台に立ち始めたころは緊張で、がくがくで、今でも思い出したくないくらいなのに、なずなの初舞台は、違ったように思うです!本当に、キラキラしてたデス!」
なずな「そう、かな…?」
舞帆「だってなずな言ってたデス!初舞台終わった後、「楽しすぎて覚えてない」って!」
なずな「うん、言ったし、今でも初舞台の記憶は思い出せない。」
舞帆「初めてのステージで、緊張せずに立てるのは才能です!ミー本当に羨ましいです!」
なずな「そう?」
舞帆「です!なずながいま壁にぶち当たってるのは、なずなが成長したからです!だってなずなスタジオに入ったばっかの頃は、楽しいってだけで何も考えてなかったでしょう?」
なずな「うん、考えてなかった(笑)」
舞帆「それが今じゃ、悩むようになってる。自分ができないことを理解できるようになった。それは成長です!」
なずな「そっか…!」
舞帆「ですです!さ、そろそろ練習再開しましょうか!」
なずな「…舞帆、やっぱりカッコいい!」
舞帆「お、そうですか?なずなもカッコいいですよ!」
なずな「うん、ありがとう(笑)」

なずなは、「カッコイイの意味が違うなぁ」と思いながら、舞帆にお礼を伝えた。
誰よりもすごいのに、誰よりもうまいのに、人の才能を見つけられて、絶対に人のことを見下さない彼女は、本当にカッコいい。
なずなはやっぱり、彼女に今日もあこがれた。

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