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『詩』りんごが傾いている

冷蔵庫の片隅で
真っ赤なりんごが傾いている
失われた 遥かな文明の声を聞くように
耳鳴りがする
炭酸水のボトルを取り落とすと
キャップが飛んで
一斉に泡が騒ぎ立てる
明け方の不穏な夢のように


バスに乗り遅れると
君は懸命に日傘を探している
映るはずのないブラウン管の画面の中で
評論家が
その必要はないとさとすように言っている
バス停に時刻表なんかないことを
なぜだか彼は知っている ついでに
どこかの国の偉い人が
核ミサイルの発射ボタンを失くしたことも
そしてそのことを誰にも言わず
おくびにも出さないことも
彼は知っている


遠雷が鳴っている
開けようとすると
蒸し暑さにサッシの窓が少しきし
吹き込んだ、湿気を含んだ風がブラウン管にまとわりついて
評論家の顔が
ホラーのようにゆがんでしまう


PCのディスプレイの表面では女性の政治家が
したり顔で泡を飛ばして 興奮気味に
朝から何か怒鳴っている
仕方なく こぼしてしまった炭酸水と一緒に
僕は急いで拭き上げる
クッションフロアから机の天板まで


どうしても日傘が見つからないので
君は外出を諦めると言う
すっかり顔でなくなった評論家が 笑いを含んだ声で
お出かけなさい、とぼんやりと言う
そのとたん
君は眉間に皺を寄せて
テレビのスイッチを切ってしまう
でもそれは
いつからついていたのかしら?


なんでもないのに
何かが僕らを苛立たせる
何も起こっていないのに
何かが起こりそうな気がしている
それは冷蔵庫の片隅で
真っ赤なりんごが傾いているせい?
随分時が経つというのに
提出できなかった算数の問題を
僕は不意におもいだす




何とはない、ここ数日の不安な気分を歌ってみたいとおもっていたときに、冷蔵庫の中で傾いているりんごが目に入りました。それで書いてみたものです。「〜な感じ」を伝えるのはむつかしいですね。




今回もお読みいただきありがとうございます。
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