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『詩』いつも僕の心の中には

いつも僕の心の中には
潮騒が 繰り返し鳴り響いている


鉄道線路は
小さな埠頭の先まで伸びていて
フジツボがびっしり付いたコンクリートの足場を 海水が
止むことなく舐め続けている
大きな赤いクレーンが 埠頭の先で
所在なげに長い首を伸ばして佇んでいる


家並やなみのうしろ 
空へと届きそうな石段を上がり
一際高い 古い神社の開けた境内に立つと
僕らは遠く望むことができる
湾の向こう 東から細く伸びている
半島が途切れる先の外海そとうみまで


半島の先を廻るように
甲板の広い平らな船が ゆっくりと
滑るように湾の中へ入ってくる
碇をおろし 船が湾の中ほどに停泊すると
まるで <時>を操ってでもいるかのように
ごく小さな漣すらも動きを止める


神社の裏の雑木林で
油蝉がせわしく鳴いている


首筋に灼けつくような日差しを感じ
僕が口を開こうとすると
いつの間に 少女が隣に立っていて
唇に人差し指を当てながら
西の果てにある
青く輝く大きな山塊を眼で促す


ふうわりと 鼻腔に少女の匂いを感じながら
しばらくじっと待っていると
それは遠く響いてくる
山塊の谷間の奥深くから
ディーゼルの唸りがゆるやかに
ごくゆっくりと


音は次第に大きくなって
やがて家並の向こうに銀色の
まばゆい機関車に牽引された
12輌ほどの貨車が姿を現し
埠頭の手前で
悲鳴のような軋みを響かせて停車する


積まれているのは
半透明のクリスタルのコンテナ


強い午後の日差しを コンテナは
一層強く照り返して
半透明に透き通る
薄い緑のクリスタルのなかで
何か 靄のようなものが揺れ動いているのを
眼を細め 額に手をかざして
僕はようやく確かめる


あれはなに?


あれは<夢>よ
こともなげに少女は応える
夢? あれが?
驚いてさらに眼を凝らすと
機関車は(それは実に美しい銀色の車体)
ゆっくりと埠頭の先まで進み
停泊していた船が海面を揺らして
今しも着岸しようとしているところ


背中が汗びっしょりになるのを気にしながら
半透明のコンテナが ひとつずつ船に積まれるのを
僕はみじろぎもせず 最後まで眺めていた
それは 輝いていた山塊の向こうに日が傾いて 逆光で
山が見えなくなる頃合いまで
いつの間に 少女がいなくなったのにも
気づくことがないままで


僕はひとり考える
この小さな積み出し港から
<夢>はあの船で運ばれて
どこか都会の町々で
金持ちの好事家こうずかにでも買われるのだろうか?
煌びやかな衣装に身を包んだ女性たちが
お酒のグラスを手に近寄ってきて
笑いながら 物珍しげに
覗き込んだりするのだろうか?


まぼろしのような日々⎯⎯


夕暮れが
茜に町と海を染めながら
シーツを開くように降りてくる
足がもつれそうになりながら
僕は急いで石段を駆け下りて
家並の間を抜けて埠頭まで走っていった
そこには銀の機関車も
コンテナを乗せた船も
あの長い首のクレーンもなく
錆びた線路を覆うように 雑草が
潮風に吹かれているばかり⎯⎯


そうしてふと気がつくと
いつも僕の心の中には 潮騒が
繰り返し繰り返し鳴り響いている




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