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【文学紹介】たおやかな春の酒宴に 庾信:詠画屏風詩二十五首 其四

1:はじめに

こんにちは。ご無沙汰しております。
前回投稿からだいぶ間が空いてしまいました。。

投稿をサボっている間に上海もすっかり春の暖かさになってきました。
寒い日や雨がちな日々から少しずつ変化があり、嬉しい気持ちになります。

前回と同様、今回も梅の花が出てくる詩を紹介したいと思います。

前回の詩が雪の中で凛と咲く梅の美しさを詠んだものだとすると、今回は梅の花を囲む人々の雰囲気が感じられる詩だと思っていますので、ぜひ見ていっていただけますと嬉しいです。

▽前回の紹介はこちら

2:庾信の生きた時代について

まずは恒例の作者紹介と時代背景の解説です。

庾信(ゆしん)は魏晋南北朝時代の文学者です。

庾信

南北朝時代については、前回の何遜(かそん)の記事でご説明をしたため詳細は割愛しますが、三国時代から隋の再統一までの分裂と混乱の時代の総称です。南に漢民族の政権(南朝)が、北に所謂「異民族」の政権(北朝)が成立し興亡を繰り返した時代です。

庾信は南朝の梁の時代に生まれました。
南北朝時代は戦争や血みどろの政権争いが頻発していましたが、彼の生まれた梁の時代は、末期を除けば例外的に安定していたとされています。

『世界の歴史まっぷ』より

全盛期に当たる武帝の治世では、仏教が厚く保護されるとともに文学をはじめとした文化事業も推進されました。昭明太子という人物により、春秋時代からの伝統的な詩文のアンソロジーである文選が編纂されたのもこの時代です。

庾信は15歳の時より昭明太子の東宮講読として仕え、彼が早逝すると皇太子の地位を継いだ蕭綱の下で抄撰學士となり、男女間の恋愛を歌った詩歌のアンソロジー(玉台新詠)の編纂を行なっています。

昭明太子

彼の文才は当時から高く評価されており、宮体詩と呼ばれる、女性の仕草や服飾品の描写を通して男女の情愛を詠う詩に優れていたとされています。

伝統的な詩の持つ重厚さはないものの、当時の人々からすれば洒脱で新鮮な表現に富んだ詩の作り手だった、という感じでしょうか。今回紹介する作品もこうした時代背景の中で詠まれた詩になります。

しかし庾信という文学者を語るとき、宮体詩の評価は伝統的にはそれほど高くなく、評価が高いのは別種の詩になります。そしてそれには彼の後半生が大きく関連しています。

3:時代の変化と詩風の変化

穏やかな雰囲気の中進んだ彼の前半生は、梁王朝の崩壊により突如終わりを迎えます。

548年に侯景の乱と呼ばれる事件が発生、この反乱により時の皇帝(武帝)は反乱者である侯景に幽閉させられ餓死、その後皇帝の擁立を経て、最終的に侯景自身が皇帝に即位し国号を漢と改めます。

その後侯景は皇族(蕭繹)の反攻を受けて敗走、道すがら部下に裏切られ殺されてしまいます。

彼の死により侯景の乱自体は収束を見ますが、この事件により社会は大きく混乱し衰退、またこの混乱の最中で庾信も幼子を失ってしまう憂き目を見ています。

こうした南朝社会の衰退は北朝に侵攻の機会を与えてしまいました。
侯景の乱以前から、南朝と北朝の間では融和政策が進められていたようで、庾信も何度か北朝に使者として派遣されていました。

554年、庾信は元帝の使者として北朝西魏の都長安を訪れたのですが、その最中、西魏が梁に侵攻を開始。元帝は殺され、彼が使者として北朝に滞在している間に故郷の梁は滅亡してしまいます。

侯景の乱

文学の才が身を助けたのでしょうか、梁滅亡後の彼は西魏とその跡を継いだ北周に仕え、江南屈指の文人として重んじられることとなります。

身こそ助かったとは言え、彼の苦悩はここから始まったとも言えます。

南朝梁とそれを滅ぼした北朝、二つの王朝に使えるということは当時非常に不道徳なことでした。

加えて、南で陳王朝が起こった際、長安に抑留されていた江南の人々が解放され帰国していく中、庾信をはじめ一部の人々は北朝政府からその才を惜しまれ、帰国を許されませんでした。

帰郷の念を抱きながら、また北朝に仕えるという後ろめたさを抱えたまま、彼はその後の人生を北の地で過ごすことになりますが、同時にそれは彼が新たな文学的境地を開く契機となりました。

南朝で太平を謳歌した宮廷での詩が中心の前半生と対照的に、彼の後半生の詩は「南へ帰りたい」という個人的感情の吐露が中心となります。

南朝時代の巧みな対句や典故表現の土台の上に、北朝で体験した人生の苦難や切迫した望郷の思いが合わさることで、意図せず南朝文学の打破を成し遂げてしまったと言えます。そして彼が開拓した境地は唐詩へと引き継がれていくのです。

以前ご紹介した李煜ともよく似ているかと思いますが、人生の圧倒的な苦難が文学を研ぎ澄まし、新しい境地に進む推進力となった一例だと思います。

4:次回に続く

こちらも例の如く、前置きが長くなってしまいました。
今回も記事を前編後編に分けて紹介できればと思いますので、
後編も懲りずにご覧いただけますと幸いです!

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