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ハンバーグを盛りつけるには…… ピノックの「ザ・グレイト」 

紀尾井ホールで、紀尾井ホール室内管弦楽団第134回定期演奏会を聴いた。

指揮:トレヴァー・ピノック
管弦楽:紀尾井ホール室内管弦楽団

シューベルト:イタリア風序曲ニ長調  D590
モーツァルト:交響曲第35番ニ長調《ハフナー》
シューベルト:交響曲第8番ハ長調 《ザ・グレイト》

頓知のようなタイトルをつけてしまったが、今回の演奏会の感想は△だった。

ピノックの首席指揮者就任披露演奏会は素晴らしかった。

前回とはオケの音が全然違っていた。

前回は繊細優美で、「ジークフリート牧歌」でグラデーションのようにニュアンスが移り変わるさまは見事だった。

今回はそのようなデリケートさが不足し、勢いで押す、やや粗さを感じる演奏だった。
前回のようなふくよかさや香り高さ、豊穣さは感じられなかった。
今日のプログラム全曲より前回の「ジークフリート牧歌」1曲の方が優れていたと思うし、ピノックのよさが出ていたと思う。

彼がイングリッシュ・コンサートと録音したバッハやハイドンを聴けば、彼がニュアンスの音楽家なのがわかる。
これ見よがしの表現をしない「中庸の美」とでも言おうか。
デリケートなニュアンスの中に千変万化の味わいを感じさせる音楽家なのだ。

今回音が様変わりしてしまったのはコンマスの違いなのかも?と感じた。
終演後に木管の金子さんや相澤さんが周りの奏者たちと笑顔で握手しているのとは対照的に、さっと周囲に一礼しただけで脇に下がってしまった。ビジネスライクな雰囲気を感じなくもなかった。

1曲目の「イタリア風序曲」は初めて聴く曲で、際立った特徴のない佳曲という印象に止まった。
オケの音色が若草色に感じた。紀尾井ホールのホームページ等で黄緑がよく使われるから刷り込みかもしれないが、芽吹きや春の陽光といった印象を受ける。

2曲目は「ハフナー」。「ハフナー」の名演(CD)で記憶しているのは勇壮なカザルスやウィーン・フィルの淡いニュアンスを活かしたムーティ。

今夜の演奏は音が即物的で、音楽以上の何かを感じ取れなかった。
作曲家が作曲するときって「音楽を作ろう」と思ってるのではなくて、「音楽になる以前のものを何とか形にしよう」と思ってるのではないだろうか。
私がコンサート会場で目撃したいのはまさにそれで、モーツァルトやシューベルトがこの曲を書こうと思ったときに彼らの心の中にどんな風景が広がっていたかに興味があるのだ。
今日の演奏会は彼らの心に発するものではなく、楽譜に発するものと私には感じられた。

「ハフナー」の第2楽章で長さと飽きを感じてしまった。
細かいニュアンスを工夫して聴かせようという姿勢がなく、勢いで押すの一辺倒なので、一本調子に聴こえてしまう。
前回「ジークフリート牧歌」やシューベルトの交響曲第5番が、音色が美しくてずっと浸っていたいくらいだったのとはえらい違いだ。

「ザ・グレート」も「ハフナー」と同じような不満を感じた。
そもそも、ピノックの今日のスタイルは箱庭的なこじんまりとした調和の美なんかではなく、荒ぶる魂というべきものだったので、紀尾井ホールのハコでは小さすぎるのだ。
オペラシティでやるような音楽だよ!と思ってしまった。

オーケストラの音楽の規模がハコ(会場)に合ってないことはたまにある。
ヴァントがオペラシティでブルックナーの9番をやったときはあまりの迫力で壁にヒビが入りそうだった。
それはいい方に転んだ例だが、藤岡幸夫/シティ・フィルがオペラシティでエルガーの交響曲第1番をやったときは、第4楽章の最後でオケが銭湯で弾いてるかのようなカオス状態に聴こえた。
やはり何事も「程よい塩梅」というものが存在するのだ。

タイトルに挙げたハンバーグの例で言うなら、帝国ホテルでハンバーグを注文したら街の洋食屋のようなジャンボハンバーグが出てきた感じ。
味がよければいいという話ではなく、お皿の大きさに合ったサイズのハンバーグでなければ見栄えが悪い。
ハコ(紀尾井ホール)が決まっている以上、このプログラムでやるなら箱庭的宇宙の美を目指すか、違うプログラムにしたらよかったのではと思う。

ピノックが大きい音楽をやりたいのがありありと伝わってきたので、読響あたりでマーラーかブルックナーを聴きたいと思ってしまった笑

曲のラストの和音を引き伸ばさずにすぐにちょん切ってしまったのは、いわゆる「巨匠風」のもったいぶった演奏に対するアンチテーゼか。
唐突すぎて面食らってしまったが。

前回あったアンコールもなく、ソロカーテンコールもなかったので、お客さんも指揮者も前回ほどの満足度ではなかったのかもしれない。

ピノックはモーツァルトもシューベルトも2回ともオーボエの金子さん(読響首席)を真っ先に立たせていた。
モーツァルトのときは突如オケの中に分け入り、彼女のもとへ歩み寄って賞賛していた。
楽団員としてはこんな立たされ方をしたら指揮者に心酔してしまうのではないか。
楽団員をお決まりで全員立たせるより「今日のMVP」って感じで立たせる方が私は好きだ。

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