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【戦後義務教育の音楽教育史】音楽ってどーやって教えるの?!論争-音楽愛に溢れすぎた大人と、理論きらいちゃんが量産されるこどもたち-

こんにちは、ピアノ、ボイトレの講師しながらSSWやってます左京めぐみです。
みなさんは「何世代ですか?」
今時の子はZ世代、団塊の世代だとか、さとり世代だとか色々ありますね。
わたしは「ゆとり世代」です🌷ぽわん。
と言いつつ「一個下の学年から円周率はおよそ3、台形の面積カット」というギリゆとってない指導要領の世代。
1987年生まれです😇
「昭和生まれなんです」といえば
「は?ほぼ平成やん」
と先輩方には言われ、後輩には
「え?先輩昭和なんですかププ」
と言われ板挟みのゆとりゼロ期生と自称してますw
「世代」てのは「国が作る」もんであって
わたしたちは型にはめられてる、んでしょうが、
やはり世代別にキャラクターなんかもつくられちゃいますね。
ゆとりはよく「指示待ち」とか言われます。
(これにはちょっとガルガルしたい)

「学校の改革」を目の当たりにしてきたわたしですが、
今回は「生徒さん年代別に見てて苦手分野が違うなー」とか
「音楽理論の理解がなんでこんなおっつかんのか」
とか
そんな自分の仕事中に沸いた疑問から調べて記事を書きます。

触りは無料の記事ですが、途中から有料です。
気になる方は是非購入ご検討ください!

今回は「戦後の年代別」の学習指導要領の解説と考察です。
学校の先生や音楽教室の先生にも目を通してもらいたい。
ミュージシャンの皆さんにも「どうして自分が音楽理論でけっつまずいてるのか」を認識するのにも面白いかもしれません。
みなさんの「先生」ライフ、そして「音楽」ライフに何かプラスになるお話でありますように!


◆introduction

芸術を学習にするむつかしさ

「音楽って、なんですか?」
と問えばあなたはどう答えますか?
「芸術」「エンタメ」「娯楽」「生きがい」
「仕事」「自己表現」
などなど色んな答えがありそうです。
では、
「音楽教育って、なんですか?」
としたらどうでしょう?
「心の発達」「五感の一つ聴力を鍛える」
「自己表現のやり方を学ぶ」
これも沢山ありそうです。

算数や国語であれば生活に直結しますね。
文字が読めれば新聞や本が読めます。
数字がわかればお金の計算や料理にも使えます。
「じゃあ音楽や図画工作は?」
悲しい!直結しない!!!
図工はまぁ、ほら、なんか、使えそうやん?
チラシでゴミ箱こさえたりさ…ポップ作ったりさ…
音楽て?!音楽つかう?!つかわんくない?!

そこで「迷走しちゃった音楽知ってる人たちの強欲
が、散見されるのがこの
「音楽教育史」です。
ミュージシャンって今も昔も強欲なのよ、だって音楽ってすんばらしーからさ。
それを子供たちに「伝えたい!」がすごく沢山詰まってます。
disりたいけど愛おしい、
ミュージシャンの迷走物語と言ってもこれは過言ではありませんw

日本の音楽教育はトリリンガル?!

何度か音楽理論の話でも取り上げていますが、
「ハ長調」など調名では日本語、
音名はドレミ、とイタリア語を使用し、
その後音楽に興味を持つ子供たちは軽音楽部や独学で購入したバンドスコアなどで英語音名でコードを覚えます。
高校の授業でもギターのコードなどを覚えさせられた記憶があります。
言語が統一されておらず「バベルの塔」状態。
そんなん「わっかるわけないやーん!」

クラシックを学んできた昭和生まれの子供たち、
わたしも含めますが…
その子たちは「ツェーデーエー」とドイツ音名で学習してきた方も多いはず。
アルファベットなので「英語への変換が楽」なことと
シャープフラットも「G#」ではなく
isをつけて「Gis」ギス、と呼んだり
「G♭」は「es」をつけて「Ges」ゲス、と呼んだり。
※極めた乙女ではありませんはい。
もっと「短い名前」で呼べて、「音違うよ、ミのフラット!」とか
そんな長い説明もなく「一言で指導できた」んですね。

ただそこに日本の先人たちは「日本語作ろうぜ!」やっちまったんですよ。
いやええねんけどな。ええねんけどさ。

そんな「日本版音名」を作ってしまった土台の上に
「西洋音楽を基盤にした授業」を中心とした戦後すぐの学習指導要領が爆誕するわけです。
もうカオスofカオスですよ。ほんま。
ただもう「ミュージシャンが七転八倒して苦悩しまくったラブ全開の迷走」なので、
生優しく読み進めてほしい。

戦前からのカオス


「ドレミ」唱法を採用しはじめたのは明治時代。
その前は「ヒフミ」で歌わせていたそうでw
「ハニホでもないんかいw」という。
(ただヒフミだと理論的にはクソほどわかりやすいのだけど理論わからんかったらわからんやろうな)
戦前という形で今回は書かせていただくので、トリリンガル学習になっちまった「原因」は
また次の機会に…

トリリンガルになっちまっ「てた」戦後音楽教育、
もっと遡れば闇も歴史もふかーーーい話になりそうですが、
戦後、日本が「敗戦」して海外の教育理念も入り、
我々「ゆとらされ世代」の学校改革、
実はこっそり存在していた「隠れゆとり先輩世代」の話など
カオスにカオスが重なるノンフィクション!
いざ開幕!

◆第一章 戦後スグ1947-50年初頭

「芸術としての音楽教育」

1947年編纂の学習指導要領からお話を始めます。
音楽を通して「国民的情操」を育てていきましょう。という理念が基盤です。
それは戦前、戦時下の音楽教育への批判と反省からはじまりました。
まぁ軍国主義だったからねー。
「徳育教育」 徳育とは(wiki)
の一環として戦前、戦中は取り組まれていたようです。
なので「西洋音楽」を基盤に、ということはできなかったでしょうね。
そこで、この年から「芸術」を「嗜む」知識を「西洋音楽から学ぶ」という流れがはじまります。

「芸術としての音楽の本質」「純正な音楽教育であるべき」という
「音楽美の教育」を目的にカリキュラムを作っていきます。
「音楽美を理解しよう」「音楽美を感得しよう」
そして高い美的情操と人間性を培っていきましょー!とのこと。

「音楽(芸術)は目的であって手段ではない」って考え方がそこにはあって、
「音楽をするため」「音楽を理解するため」の根本を学びます。

噛み砕いて言うと「なんで音楽って綺麗なんか理論的に学んで欲しい」し
「それ再現できる技術を感じてほしいねん!」的な。
今までは「オクニノタメ」とかも含めて
「音楽を通してこんな人や考え方になりなさい」的な徳育教育だったところから
「音楽そのものを探究して体験しようぜ」
みたいなかんじ。

ピアノの先生してても「ちゃんと練習頑張ったって事実が子供の頑張る力を育てる」とか
「挨拶や礼儀、目上の人への言葉遣いを学んで欲しい」とか
そんなんも含めて親御さんが連れてこられるケースもありますが、それが徳育教育。
「ピアノの弾き方、楽器の鳴らし方、楽譜の読み方を知って欲しい」てのがこの1947年からの考え方、と思えばわかりやすいかな?

この年次からは
リズム、旋律、和音の動き、音楽の形成を西洋音楽文化から学びましょう。となります。

57年版 生活のための音楽

「もう早速さっき全否定したことが全否定された」
音楽って生活にはなんの足しにもならんやんと前述しましたが
早速メンコひっくり返されましたうふふ。

どう言うことかと言いますと
音楽経験を通じて、深い美的情操と豊かな人間性を養い、円満な人格の発達をはかり、好ましい社会人としての教養を高める
ほう。。。
そしてこの年に早速「音楽美」て言葉は削除されました。短命の音楽美。
そして「秒速で徳育教育ぽいのんが復活してます」ね。

民主主義社会において、より能率的な生活を営みうる準備となるような音楽経験を得る

情操教育を重視していくようです。徳育教育ではなく情操教育てことですね。

47年版では「歌唱、器楽、鑑賞」を中心に
ようは「研究」的な授業だったようですが、
(国語の文章読んで文法やら漢字やら、作者の意図はなんですか、みたいな感じ)
ここに「創作的表現」「リズム反応」が足されます。
(国語でいうと作文とかプラスされた感じだろうか)

すなわち「作曲」なんかが必修になってくるわけです。
理論なんかも必然的に入ってきます。
自己表現全体を通して、創造性も育成していきましょ。
てことです。

新しく導入されたリズム反応は、
スイスのダルクローズのリトミック教育を採用し、
リズムの源泉は全て、人間の体の自然なリズムに求めることができる、てことで、
学校の音楽の授業で「リトミック」が採用されていたようです。
ちょっと楽しそう、この頃の音楽の授業。

●47年版からの「形式美」としての芸術の本質を学ぶことにプラスして、
創造力や体感を育てていくという57年版。
●音楽そのものを学ぶところから、音楽のはたらき、機能も学んでいこうと言う発展をした10年でした。

◆第二章 1958年版 共通教材ができあがる


基礎の追求

この年次からは「共通教材」ができあがります。
日本全国「これだけは学びましょう」という教科書の内容が制定されるんですね。
そこに「基礎」てのが入ってきます。
やらんとなんもできん基礎、しかし音楽嫌いを育てる基礎…
巷の教室の先生も頭を悩ませる課題ではないでしょうか?
この頃はどんな授業をしていたのか追っていきましょう。

ここから「鑑賞」コーナーと「表現」コーナー(歌唱、器楽、創作)に整理されます。

「望ましい音楽」(なんかミュージシャンとしてはモソモソする表現ですね)というのが存在しており、
「望ましからぬ大人の曲を口にすることがなくなる」ようにするため、という
なんというか、なんといいますかな理念が入ってきます。
まぁここ最近「うっせぇわ」は教育にええのかわるいのか論争にもうっかり巻き込まれてしまいましたが
昔からの課題ですねぇ。
この頃といえば江利チエミの「テネシーワルツ」や「死んだはずだよお富さん」なんかが流行っていた頃。
たしかに東京ナイトクラブも「ナイトクラブ行きたい」とか言われりゃ大人も困るのかしら。

それはさておき、いつでもどこでも誰とでも歌える曲や、愛唱歌、愛好曲を持って欲しいと、
そんな気持ちでカリキュラムを組まれたそうです。

で、ここからは前述した基礎、西洋音楽のリズム、やっぱ西洋音楽基盤なのはかわらんようで、
旋律、和音に引き続き音符や休符、記号なんかも覚えましょうと言う塩梅に。

そんな時です…

「音楽教育の会」発足

「音楽教育の会」てのが運動を起こします。
音楽教育の会のみなさん「技術主義!西洋音楽に傾きすぎ!」「習い覚える音楽ばっかりやないか!」
「音楽ってのは情操以前の生命力、ヴァイタルエナジーなんじゃ!」

と現行の音楽教育に殴り込みです。

「表出-表現論」に基づき、西洋音楽を押し付けずに日本語との関連で歌唱教育を。
わらべうたをもっと与えるべきである。
日本の伝統音感を育んでもらおうぜ
「そして子どもたちの生命力に訴えかけるような歌曲集を」と、
ここで教科書と歌曲集の二本立て案が出ます
(このスタイルは他の科目にも影響を与えたみたい)

わらべうたでソルフェージュをするなど、
音楽活動を豊かにすること(A)、それと同時に
基礎力を指導(B)しましょう
というAB二本立ての指導要領に。

70年ごろにこのやり方も衰退するのですが、
ここで大きく変わったのは「西洋音楽だけでなく日本の伝統的な音楽歌唱法を取り入れていく」という大きい改革がありました。

音大行くんか?!「ふしづくりの教育」

岐阜県の古川小学校では
「このままやと音楽知識がついていかへんやんけ!」と
なかなかパンチ力のある音楽教育をはじめます。

6年間で基礎的な能力
拍反応、模唱力、模奏力、再現力、即興力、変奏能力、読譜力、ことばとふしの結び付け
をマスターしようぜ!という「ふしづくり一本道」というカリキュラムができました。
シンガーソングライター学科やん!!

「他の科目は発見的で創造的なのに音楽の授業は教科書通りや!」

というわけで、この独自のカリキュラムと教材指導カリキュラムの二本立てに。
この「ふしづくり一本道」は30段階100ステップを6年間で行う指導計画表のこと。
おぼえる、歌い方のくふう、身体表現のくふう、を基盤に作られています。

全国一万人以上の先生方がこれをモデルに実践したものの
学校全体の指導体制が必要になり本当に大変で、
不可能ではないことは実証できても先生方の負担も大きく80年代早々に衰退したそう。

そりゃ小学校の先生て全科目でしょ…逆上がり教えるのも大変だったろうに、6年間これをするってかなり大変。
でも80年代まで残ったということはそれなり説得力のある効果的なカリキュラムだったのでしょうね。

●50-60年代は「基礎」と「表現」の二本立て期
●西洋音楽だけでなく、子どもの生命力に目を向け日本伝統音楽文化も取り入れ
●共通教材によって「望ましい」音楽を習得させることが法的拘束力をもちました

◆第三章 1970年代 技術か、ハートか?

「風と川と子どもの歌」論争

この頃から音楽を子どもたちに伝えたい大人の歪んだ愛が爆発していきますw
1970年に発売された斉藤善博氏が指導して
子どもたちが歌ったレコード集
「風と川の子どもの歌」という作品がありました。

これがまぁ「よく燃えた」わけです。
炎上しましたが時代ですね、ネットではなく新聞のイチコーナーで燃えました。
まず燃やしにかかったのは音大クラシック声楽科出身なら知ってる人も多かろう、
中田喜直氏です。ええもう彼の曲は小難しい。
ピアノ伴奏真っ黒、歌メロもなかなか鬼畜だったのを覚えています。
「髪」ちゅー曲がなかなか難儀した覚えがあります。
そんな中田さんが批評書いたんですね新聞に。

中田氏「マジこのレコード雑唱w 斉藤さん指導向いてねぇヤメロw」

時代が変わっても今と対してかわらんことがわかりますねw

そこに社会評論家の丸岡秀子さんが斉藤氏を援護します
「音楽家から見たら雑唱かもしれないけど教育者から見たら健康児の合唱や!」

そして斉藤氏「歌わされてるんじゃなくて、子どもたち一人一人が命をこめて歌ったんや!」
斉藤氏曰く「一つの既成の形に子どもをはめ込んで頭声発声にさせると、内容のない形式的な人間にしてしまう。難しい曲に一生懸命チャレンジしたことが大切」
と独自の音楽指導の理念を語る。

中田氏は「西洋音楽文化における技術の欠け」を指摘。
斉藤氏は「そこじゃない!命を込めて歌うことを目的とし、技術よりも困難な体験から得たものを重視している」と。

技術orいのち の論争があったわけです。

と、もうSNSではないのでご本人たちが論争をするのが表に出てるだけなのですが、
これは音楽教育に一石投じた案件のようです。
「命を込めてうたう」ものが「難しい」場合
無理をすると喉や体をいためてしまう、その点において「技術は必要」だし
「西洋音楽基盤に考えたところでハートも込められる」けど、
「それだけじゃない」じゃないですか音楽て。

もうこの時点で大体皆さん察されると思います。
「音楽家が求める音楽の授業、は、破綻してる」
わたしも思いましたよ、「義務教育で音楽無理あるんじゃないの」って。

●さて、この議論がこのあとどう影響したでしょうか?
よろしければ続きもご覧ください😆

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