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EP 03 激動の小曲(メヌエット)08

「くっ……」

 ヤチヨが、腰に携えていた爆発を起こすらしい物へと咄嗟に手を伸ばすが、一瞬躊躇してしまう。

 脅し程度。目眩し程度にしかならない殺傷力などないもので、ないよりはマシくらいの代物だ。人間相手であれば、確実に時間稼ぎぐらいにはなるだろうが本当に効果があるのかも不明。

 目の前にいるのは人のようにも見えるが人ではない何か。

 その上、今は室内だ。炸裂するような物を使うという事は自分達にも危険が及ぶ可能性がある。

 目の前に迫りくるその未知の存在に対抗する事が出来るであろう武器は他にはナイフ一本のみ。流石にこの武器では心もとない。

「ヒナタ……ここは、どうにかあたしが時間を稼ぐから逃げーー」
「ダメよ……。ヤチヨを1人になんかさせられない! それに……アインたちだって置いてはいけないわ……」

 
 ヤチヨは思わず下唇を噛む。

 状況から考えれば、そんなことを言っている状況ではない。
 ただ、二人で逃げるだけならばどうにか逃げられる。

 しかし、倒れている人たちをここに残していく訳にはいかないとヒナタが言うならば彼女はここをテコでも動かないだろう。

 だが、目の前の存在が何をしてくるのかもわからない。

 最善策は一刻も早くこの場から逃げることだ。
 それは分かっている。

 ヒナタも勿論、目の前の事態に命の危機を感じていないわけではない。
 本能は目の前の存在から逃げろと命令し体が、脳が警鐘を鳴らし続けている。

 その本能に逆らっているのは心だ。
 
 今、この場でアインたちを残して逃げ出せば自分たちの命は助かるが。
 これから先、そのことが原因で彼女らを失ってしまったとしたら一生後悔する事になる。

 大事な人を何もできないまま目の前で失うなんていう出来事を二度もヒナタは受け入れられない。

 ヒナタの心はこの場から動く気が一切なかった。

 遂に緑の存在が二人の眼前にまで近づき、手を伸ばせば届きそうな所まで歩み寄ってきていた。

「っく……クソどけっ!! どいてくれ!!」

 
 ソフィはただただ錯乱していた。

 先ほどまでの一件があり、目の前の存在を人と同じように感じてしまったソフィは、今握っている長剣を武器として彼らに振るうことが出来ない。

「頼む……ボクは……ボクは。行かなきゃ行けないんだ……ボクは……ボクはーー」

 《かなしい かなしい かなしい》

「悲しい……そうですね。でも、それを理解したのであればーー」

 
 ソフィの目の前で、緑の人影が両断され。その場にゴロンと転がり倒れる。

 記憶の中にある声が聞こえ。
 空中から現れたその存在。

 逆光の中でゆっくりと目の前に降り立ったその誰かをソフィは自分の目を凝らして見る。

 
「なっ……なんで!?」

 それは、ソフィがずっと会いたいと、求めていた姿だった。

「こっ、コニス!!!」

 
「……」

 
 短い金色の髪を風になびかせ。コニスの腕の一部は見間違いでなければ剣になっていた。その剣先を緑色の存在へと向けて静かに佇んでいる。

「そうですか……あなたたちの気持ちではない。ただソフィのーー」

 
 コニスに向けて、緑色の存在の何体かが一斉に触手を伸ばし、放たれる。

 彼女は空中に飛び上がり、回避するとくるくると体を回転し、そのまま落下するように一体を両断する。

 そして、着地と同時に地面を蹴り、ばねのように素早く懐へと飛び込みそのまま両足を切断する。
 緑の存在はその体を支えていた脚部を失いその場に崩れ落ちる。

「あなたたちでは、ワタシを捕らえることはできません……」

 
 そう、コニスは短く呟き。
 その腕を振ると同時に目の前の存在を一閃する。

 ソフィとコニスを取り囲むようにいた緑色の存在は、コニスによって今は動かない瓦礫のようになった。

「お久しぶりです。ソフィ」

 
 腕の剣のようなものが光となって消え、普通の手に戻る。
 コニスはソフィに笑いかけた。

「その声……その姿……本当にコニス……なのかい?」
「はい。ワタシはコニスです。ソフィが、名前をくれたコニスです」

 
 ソフィは、目の前の状況に頭がついてきていない。

 
 ソフィの知るコニスという少女は、あの日一緒に星を見た女の子。

 少しばかり変わってはいたがどこにでもいる普通の女の子であったはずだ。

 けれど今、目の前にいるコニスはソフィの知るコニスとは大きくかけ離れていた。

 
 謎の存在をいとも簡単に無力化した。
 しかもその行動には一切の迷いがなかった。

 
 彼女は、当たり前のようにその存在の命を奪ったのだ。

「コニス……君は、それが何かを知っているのかい?」
「……。ワタシの知る人たちに似ていますが。違います……」
「似て、いる……?」
「……これには何もありません……」
「何も……ない……?」
「はい。空っぽです」
「空っぽ……?」

 そう言ったコニスの目が寂しそうにソフィは見えた。
 コニスが発した空っぽという意味。
 この意味についてソフィには何もわからなかった……。

 ただ、彼らの存在の終わりをコニスはとても悲しんでいる。
 とソフィは感じた。

「コニス、君は今までどこで何をーー」
「……来ます……」
「えっ!?」

 コニスの言葉通り、先ほどまでソフィを無視して前に進んでいた緑色の存在が戻ってきている。

「ソフィ。ワタシの後ろに……」
「えっ!?」
「あなたは……ワタシが護ります」

 
 そう言うと、コニスの腕の近くに光が集まり、再びその腕を剣へと変え。
 地面を蹴って、その緑色の存在の中心へと飛び込んでいく。

「コニス!!」

 

 それは、一瞬の出来事であった。
 ソフィは、舞うように戦うコニスのその姿から目が離せなかった。
 

「コニス……君はーーうっ」

《かなしい かなしい かなしい》

 

 また、ソフィの頭に謎の声が響き。
 ソフィは思わず頭を抑え。その場に蹲った。

『何が、かなしいのですか……?』

「えっ!?」

 

 ソフィは驚き、今も戦うコニスを見た。
 彼女は、言葉を発している様子はなく。
 目の前の戦いに集中し、呼吸ぐらいしか聞こえてこなかった。

『あなたたちは何がかなしいのですか……?』

 
 一度なら、気のせいかとも思えた。
 しかし、再びソフィに聞こえたその声はコニスのものであった。

《かなしい かなしい コニス》
『やはり……あなたたちはソフィの気持ちを意味もわからないままに……ただ模倣しているだけ……なのですね……』

「ボクの気持ちの模倣……?」

『ワタシのなぜなぜすらあなたたちは持つことが出来ない。やはり、空っぽ……なのですね……ならーー』

 
 コニスが一度、大きく息を吸う。

「クラ・イ・オ・フェン……」

 

 それは一瞬の出来事であった。

 コニスの両腕の剣が、一度強烈に光輝き、緑色の剣が金色の閃光を放ったかと思えば、コニスを取り囲んでいた緑の存在は一体残らずその場に転がり、瓦礫となっていた。

 コニスは、ふぅっとまた一つ息を吐くと。
 その腕が光に包まれ、元の姿へと戻っていく。

「コニス……君は、今、いったい何を……」
「ワタシにもわかりません……ただ、彼らを救うにはこれしかありません。空っぽの彼らにはそれしかーー」

 
 言葉は、すごく冷たい言い方をしているが。
 ソフィには、コニス自身もそう言って自分に言い聞かせているように思えた。

 コニスの目にうっすらと涙が浮かんでいることをソフィは見逃してはいなかった。
 ソフィは、ゆっくりとコニスへと近づき。
 その指で、コニスの涙を拭く。

「よく……頑張ったね。コニス」
「頑張った……ですか……?」
「わからない?」
「意味は、わかりませんが。心がぽかぽかします」
「そっか」

 その姿を見てソフィは確信した。
 
 今、目の前で見たコニスに驚き、動揺はしたもののこの場にいるコニスも間違いなく自分の知るコニスと同一人物であると思える。

「コニス……彼らは、なんなのか君は知っているの……?」
「……わかりません。ただ、彼らの中には、ワタシやソフィのような【中身】はありません」
「中身……?」
「嬉しいや悲しいなどの感情です。かつてのワタシはその名前を知らずに、にこにこやしくしくと言っていました」
「そう……だったんだね」
「はい」
「じゃあ、彼らは人間では……ないということなんだよね……?」

 それは、救いを求める一言であった。
 自分が命を……人の命を殺めてしまった自分を認めたくない故の。

 そのソフィの質問に、コニスは少し悲しい表情を浮かべる。

「ソフィにとって……人間……とは、人とはなんですか……?」

 それはソフィにとって想像していなかった答えであった。
 改めて、そう尋ねられ返答に詰まる。
 
 人間とはなんだろう……?

 自分たちのことであり、動物以外の存在。
 話すことが出来、何かを考える事が出来る。
 
 と昨日までは答えることが出来た。
 
 しかし、今、ソフィはその答えに迷っていた。

 自分が人ではないと思っていたその存在に人と同じ何かを感じてしまった。
 
 それは何故そう思えたのか……。

「わからない。ボクにもその答えは……でも……声が聞こえたんだ……」
「声……ですか……?」
「うん。最初は、怖いとか嫌だとかだったのに、だんだんと許さないとかかなしいとか……少しずつその感情が変わって……だから、彼らも人と同じように感情がーー」

 ソフィのその答えを聞き、コニスはどこか嬉しそうな表情を浮かべた。

「ソフィ。それはあなたが、彼らに思っていたものと同じものではありませんでしたか?」
「えっ……」

 コニスは少しだけ遠くを見つめつつ、言葉を続ける。

「ソフィが、彼らを最初は怖いと思い。その後、彼らや自分を許せなくなることが起きて、それに対して悲しい、そう思いませんでしたか……?」

 コニスに言われてソフィも気づいた。

 確かに、最初にあの存在を見た自分は恐怖心や逃走心でいっぱいだった。
 そして、その存在を切り伏せた瞬間。

 ソフィは自分を許せないと思った。
 
 命を奪った自分に対して、許せない感情が芽生えた。
 同時に、仲間を失ったにも関わらず何も感じていない彼らに対して悲しくなってしまった。
 

「それは彼らの気持ちではありません。ソフィの気持ちをまねっこしているだけなのです」
「気持ちをマネる……?」
「彼らは知りたいと思っています。ワタシのように知らないことを知ろうとしているのです」
「コニスのように……?」
「それが、ワタシの……マザーが与えたSC-06としての役割です」
「SC-06……?」
「それが、ワタシの本当の名前。いえ、名前と呼べるものかわからないですが」

 そう言い放ったコニスは、ソフィの方を向く。
 その表情が少しだけ悲しそうにソフィには思えた……。

 やがて、ソフィは一つの結論へとたどり着く。

「本当の名前って……コニス。君、記憶が戻ったの……!?」
「全てではありませんが。大半は思い出せたと言って良いかと思います。ただーー」
「ただ……?」
「ワタシは一番忘れてはいけないことを思い出せていません。ソフィ、記憶とはどうすれば早く取り戻すことができるのでしょうか……?」
「えっ!? 記憶……記憶かぁ……」

 ソフィは頭を捻り考える。
 ソフィ自身も、忘れてしまうことは少なくはなかった。
 しかし、そんな時というものはある日突然思い出すこともある。

 むしろ、思い出そうとすればするほどに深みにハマり。
 思い出すことが出来ないと言うのがほとんどだ。

  
「あまり思い出そうとしないことかな……」
「思い出したいのに、思い出そうとしないことで思い出せるのですか?」
「そう。ボクたちは必死になり過ぎて。大事な何かを見落としてしまうから」
「大事な何かを見落とす……」
「うん……。無くしたり、忘れてしまって初めて気づくんだよ。ボクたち人間という生き物は……」
「それが……人間……」
「そう……なんだか、笑えるんだけどね」

 そう苦笑いを浮かべるソフィを見て、コニスはまた難しい顔をして悩み始めた。
 そんなコニスを見て、ソフィはふっと優しい笑みを浮かべ。
 コニスの頭を優しく撫でた。

 コニスは少しだけ驚き、ソフィの方を見上げる。
 
 そして、ソフィの柔らかな笑みを見て、コニスも思わず小さく笑う。

「ソフィにそうされるとワタシの胸がぽかぽかします」
「嬉しい……ってこと……?」
「わかりません。嬉しいよりも、ぽかぽかします」
「そっ、か」
「はい」

 コニスは目を細め。ソフィに向けて笑顔を浮かべる。
 その表情を見たソフィの胸の鼓動が少しだけ早くなった。

「思い、出せるでしょうか……」
「きっと。思い出せるよ」
「……はい」

 そう言って、夜空を見上げた時のように二人はしばらく静かに佇み。
 あの日の草原とは異なる緑色の瓦礫が拡がる景色の中、視線を再び結んでいたのだった。


つづく



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