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環境はどこから来る?進化心理学の限界・発展(ニッチ構築)と、学問の消費の仕方

コロナが起きてから、進化心理学のアプローチはこれまで以上に注目を集めてきました。だけど、進化心理学は正しい理解を得るのには少々ややこしく、ゆえに非常に誤用(悪用)されやすい分野です。今回は一例を通して、進化心理学の正しい理解とその弱点を補う考え方を、自分自身の研究を通して紹介し、そして進化心理学のこれからと、さらには学問の消費の仕方について提言します。

進化心理学のロジック

進化心理学では、研究したい心理的概念や説明したい行動を、人間が進化してきた環境下で自然淘汰によって選択されてきたと仮定した上で「機能的役割」という部分に焦点を当てて研究します(進化心理学では、大体30万年前くらいの石器時代あたりの環境を想定しています)。

例えば、差別的な態度や、偏見といった行為は、人間が病原菌やウイルスから身を守るために適応する過程で獲得した機能的な行為だと説明できます。なぜ機能的かというと、新種の病原菌は見慣れない外部の人間(外集団)と接触した場合の方が感染する可能性がずっと高いからです。逆に言えば、同じ地域にずっと住んでる同じ種族の人間や家族からは、すでにある病原菌への抗体ができやすいので、接触しても感染するリスクがずっと低いのです。つまり、見慣れない人や種族を目にしたときに「危険な奴らだ」と認知した方が、結果として、子孫を残す確率が上がったのです。この特徴を自然淘汰の観点から説明して、以下のようなプロセスを仮定します。

① 差別的な態度や偏見を持っていなかった個体は、感染リスクの高い外集団との接触を頻繁に行なってきたために、感染症により淘汰された。

② 差別的な態度や偏見を持っていた個体は、感染リスクを回避することができ、現代まで祖先を残すことに成功した。

これらのプロセスを通して、現代人は本能的に差別的な態度を持ち合わせているという訳です。我々の先祖が、差別的な態度を持ち合わせていたので、淘汰されることを回避でき、それが機能として現代人にまで受け継がれている、というロジックです。つまり差別や偏見には、感染リスクの高い環境下で感染を回避させてくれる機能的役割があります。

このロジックに沿って、進化心理学は感情、認知、恋愛、陰謀論などさまざまな現象を、それぞれにどのような機能的役割があるのかに焦点を当てて説明しようとします。

進化心理学でコロナ禍の行動を説明する

進化心理学のロジックを示すわかりやすい社会現象の一例に、コロナ禍での差別的発言や行動があります。

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進化心理学では、コロナ禍の差別行動を以下のような構図で説明できます。

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まず、全人類には共通する進化したメカニズムが存在します(Species-typical evolved mechanisms)。そして、ある一定の刺激を受けると(Cues), ある一定のメカニズムが引き起こされます。その結果、ある一定の行動が引き起こされます(Outcome)。

パンデミックという感染リスクの高い環境が(Cues)、人類に共通する感染リスクを回避するために進化した適応メカニズムを引き起こし(Species-typical evolved mechanisms)、その結果、差別や偏見といった行動に繋がる(Outcome)ということです。このロジックは、パンデミックやテロリズムといった時系列で変化する状況にも応用されます。また、地理的な特徴で、感染症リスクの高い社会や文化での排他的な態度や行動を説明することにも応用できます。

この進化心理学のアプローチの利点は、「人間が進化してきた過去の環境を特定・想定することで、現代と未来の行動を予測できる」点にあります。実際に、多くの進化心理学者は(自分も含め)、新型コロナウイルスが報告されてから、差別や偏見が社会現象レベルで、もっと言うと、アジア人を対象とした差別が横行するだろう、そして保守的な傾向が高まるだろう、と明確な予測を立てることができました。

このインプット(状況)とアウトプット(行動)の関係には規則性があり、繰り返し観察できるので、確かな予想を立てることができます。このように、説明したい行動の機能的役割を一旦考えてみると、それに関連した状況を特定することができ、事前にある程度の精度で予測を立てることができます。人間の適応的な行動は基本的には昔から変わらないと仮定すれば、このアプローチは相当強力な予測ツールになります。

進化心理学の限界

進化心理学の限界を考えてみましょう。まず、現代の環境と進化心理学の想定する適応環境には大きな違いがあります。一番大きな違いは、現代人は自分自身が作りだした複雑な社会構造や物理的環境の中で生きているという点です。進化心理学の想定している石器時代では、高層ビルも立っていなければ、マクドナルドもありません。しかし、これらの新しい環境は現代人の行動にとても大きな影響力を持っていると言えると思います。

この考察からより浮き彫りになる進化心理学の根本的な問題点は、「環境がどのように作られているかを無視している」という点です。進化心理学の基本的な考え方は「環境→適応→行動」という一方通行の因果関係です。

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しかし、環境は何も無いところからいきなり出来上がるのでしょうか?環境はなぜ存在しているのでしょうか?

生物は環境に適応する過程で様々な機能を獲得するという考え方の根本には、「生物は受動的で、消極的な生き物だ」という悲観的な仮定が伺えます。ここには、生物の主体性や意図は仮定されていません。この仮定は、進化生物学を心理学に応用してきた背景がある進化心理学にもよく当てはまります。生物学などの分野では、科学に対する自然主義的な考えがあります。自然主義では、生物を意志を持たない物質として捉え、物理法則を研究するのと同じように生物を研究できるという前提があります。この自然主義に沿って人間の研究に応用したのが進化心理学ですから、「環境→適応→行動」のプロセスに意志や目的などは介入しないものとして捉えます。

しかし、おそらくこのような前提では現代に起きている複雑な現象を説明するには無理があります。例えば、パンデミックの発生には、人口増加や都市拡大により野生動物と接触する機会が増加していることが関係していると言われています。他にも、都市化による大気汚染、温暖化、生態系の変化なども大きな問題です。性感染症などは、そもそも人間が積極的に性行為を行わなければ起こり得ない病気です。このように、公衆衛生の研究者たちが昔からさんざん忠告してきた健康問題があります。これらすべての問題には、人間の環境を自ら変えてきた影響が大いに関係しています。つまり、現代人が適応しようとしている環境の大部分は、人間自身が作り出してきたものだとも言えます。

しかし進化心理学では、環境は既に存在するものとして仮定しているため、環境の変化がどのように起きるのかを説明できません。パンデミックが起きた後の差別的行動は説明できるけれど、そもそもなぜパンデミックが起きるのかは説明できません。しかし、パンデミックを防ぐための原因を理解することも、パンデミックが起きた後の行動を説明するのと同じくらい大事なことではないでしょうか?進化心理学では、この重要な問いを完全に無視しています。

ニッチ構築理論

進化心理学のアプローチは人間の社会や行動を説明する上で重要な基礎になることは間違いありませんが、『それだけ』では人間社会の複雑さを到底説明できる訳ではありません。そこで、その弱点を補完してくれるのが「ニッチ構築」の理論です。

ニッチ構築理論とは、「生物が作った環境が、その生物自身と他の生物の進化に影響を持つプロセスを理論化した考え方」です。

人間の有名な例で言うと、家畜とラクターゼ活性持続症(乳糖不耐症)の関係があります。

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家畜は12000年くらい前に発明されたと言われていますが、そもそも人間が自らの生活に役立つように野生動物を飼育して繁殖させる行為です。

そこで、たまたまヒト以外の乳糖を消化することができた(ラクターゼ活性持続症をもつ)ヨーロッパ人が、自分達がさらに生活しやすいように牛を家畜化し、酪農を生み出しました。そうすると、乳糖を消化できる遺伝子に自然淘汰がかかり、結果的に乳糖を消化できる体質をもつヒトが多く繁殖していきました。この自然淘汰の結果、ヨーロッパ人の多くがヒト以外の乳糖を消化できる遺伝子を持っています。こういう背景があって、ヨーロッパ大陸では乳製品が中心の生活になっていたり、またアジアでは意外と牛乳が飲めない人が多かったりします。

酪農によるラクターゼ活性持続症の自然淘汰のプロセスは、進化心理学では説明できない重要なポイントがあります。それは「乳糖を消化する遺伝子の自然淘汰を起こした環境は、そもそもヒトが自ら適応しやすいように創り出したと言う点です。家畜と酪農はニッチ構築でよく使われる歴史的な例ですが、我々が住んでいる現代社会を見渡すと、実は環境のかなりの部分が自分達の先祖が自ら作り出した環境だと実感できると思います。

ニッチ構築の理論を進化心理学の理論に融合させると、以下のようなプロセスで適応を捉えることができると思います。

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この図では、「環境→適応→行動→構築→環境....」という一連のサイクルの中で、社会の変化や行動を説明できるようになります。ニッチ構築の理論では、「生物は能動的で、積極的な生き物だ」と言う楽観的な仮定が伺えます。ここには、生物の主体性や意図が仮定されています。このような生物観は、進化心理学の想定する仮定とは非常に対称的です。環境はただ何となく存在していているのではなくて、その環境もまた、ヒトの行動によって積極的に変化しているのです。

進化心理学の発展

現在、コロナウイルスのパンデミックにより、社会や文化、ヒトの行動は大きく変化しました。進化心理学によると、感染症という環境の変化により、様々な行動が説明できます。しかし、感染症のリスクはどのように発生するのか、またヒトの行動がどれくらい感染症のリスクの増加に関わっているのかを考える必要があります。

こう考えると、次のパンデミックを抑えるためには、どのように社会全体で能動的に、積極的に環境に介入していくべきかを議論するべきなのではないかと思います。結局、現在の進化心理学の考え方には、ニッチ構築の仮定(生物の主体性や意図の概念)が欠けているため、根本的な問題(パンデミック)を防ぐ手段を提供できていません。ヨーロッパ人が適応に有利なように家畜を始めたように、将来起こりうるパンデミックや他の問題をどのように防いでいくのかについての、規制や行動原理についても理解していくことが大事なのではないでしょうか。

学問の消費の仕方

最後に、学問を消費者としてどのように向き合っていけば良いのかについて、研究者のはしくれとしての個人的な意見を提案します。

進化心理学のように比較的新しい分野が最初にやることといえば、ある程度度が過ぎるセールストークをして、そのアプローチの長所だけを全面的に押し出すことです。これは確かに最初の段階では仕方のない方法かもしれませんが、時にはその弱点について議論する機会がなくなってしまうため、正しい理解を促すことを難しくします。自分には、コロナ禍においてこの傾向が顕著に見られました。

さらに進化心理学に限って言えば、差別や偏見を正当化するために使われている例をしばしば見かけます。これは完全な誤用です。メカニズムを理解することができれば、むしろそれを止めるように使うこともできます。ジェレド・ダイアモンドの名著を借りれば、物事の原因(鎖の仕組み)を理解すれば、ストップさせることができます(鎖を外す)ことができる。つまり、差別の仕組みがわかれば、それをどうストップさせるかについて議論をするべきであり、そのために規制や文化を意図的に作り上げることの方が、進化心理学の正しい使い方だと自分は思います。ニッチ構築理論が示すように、我々の先祖はいつもそうやって、社会や文化を変化させてきました。

進化心理学を例に説明したように、どの学問も人間や社会の複雑さを説明するには、独立したままでは不完全です。学問を正しく消費していくには、すべての学問は不完全であることを自覚しなくてはいけません。

じゃあどうすれば良いのかというと、色々な学問を多角的に採用していく方法があります(研究用語ではこれを学際的と言います)。一つのアプローチだけで全ての問題を解決しようとするのではなくて(若い学問のやりがちなセールストーク)、自分が興味のある問題に対して解決するのに最適なアプローチをあるだけ選ぶ努力をすることが、より正確な方法であるように思います。一つのアプローチを使っていかに多くの問題を解決するのかではなくて、知りたいことにどれだけ多角的なアプローチをして正確な答えが導き出せるかに集中します。

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この方法を採用すれば、それぞれのアプローチの短所が相殺され、より確信を持てる回答にたどり着けるはずです。こういう複合的なアプローチが、学問を応用する側の消費者だけではなくて、研究者にも浸透していって欲しいなと思っています。

以下、より詳しく知りたい人のために参考文献です。

Kusano, K., & Kemmelmeier, M. (2021). Cultural change through niche construction: A multilevel approach to investigate the interplay between cultural change and infectious disease. American Psychologist, 76(6), 962–982. https://doi.org/10.1037/amp0000860
Lewis, D. M. G., Al-Shawaf, L., Conroy-Beam, D., Asao, K., & Buss, D. M. (2017). Evolutionary psychology: A how-to guide. American Psychologist, 72(4), 353–373. https://doi.org/10.1037/a0040409
Tooby, J., & Cosmides, L. (1990). The past explains the present: Emotional adaptations and the structure of ancestral environments. Ethology and Sociobiology, 11(4–5), 375-424. https://doi.org/10.1016/01623095(90)90017-Z
Odling-Smee, J., Laland, K., & Feldmann, M. (2003). Niche construction: The neglected process in evolution. Princeton University Press.
Roche, B., Garchitorena, A., Guégan, J. F., Arnal, A., Roiz, D., Morand, S., Zambrana-Torrelio, C., Suzán, G., & Daszak, P. (2020). Was the COVID-19 pandemic avoidable? A call for a “solution-oriented” approach in pathogen evolutionary ecology to prevent future outbreaks. Ecology Letters, 23(11), 1557–1560. https://doi.org/10.1111/ele.13586

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